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建築家 潤 の『独断と偏見』

「双龍物語:第六章・思春期の三」

「中学二年生で起きた災難」
 
 僅か一年で再び地元へ戻され、大畠中学校へ通うことになった潤は、懐かしい顔を見るに連れ嬉しく感じていたのだが、中学生になったせいなのか小学生の時に良く一緒に遊んでいた悪ガキ仲間達の雰囲気が少し変わっているなと感じ、漁師町に住む十数人は近寄りがたく以前と違って何となく大人びているようにも感じたけれど、それなりに仲良く学校生活を送っていた。
そうしている内のこと、ある時ホームルームの時間に担任の先生が「机の前後ろで相手のことについて何でもいいから何か書くように」と言われて用紙を渡された。
潤の席の前に座っている同級生は漁師町の子で、まだ小学生気分が抜けないのか毎日学校へおもちゃを持ってきて遊んでいた。
日頃それを見ていた潤は「やれやれ、中学生になってもまだおもちゃから離れられないのか・・・」と思っていたこともあり、渡された紙に「もう中学生なんだから学校へおもちゃを持ってこない方がいいよ」と他愛なく書いた。
これが災難の切っ掛けになろうとは思ってもなかったのだけれど、数日経ってからその子が「三田、お前のせいでわしは先生から怒られた」と言ってきたのだが、潤には何のことかさっぱり判らないので「わしが何かしたか?」と聞いてみると「お前が学校へおもちゃを持ってこない方がええと書いたけぇ先生に呼び出されて怒られたんじゃ」と言うのだ。
潤は「何だそんなことか、別に告げ口のつもりで言うたんじゃないんで、気にせんでもええじゃないか」と言ったのだが、相手の気持ちは治まらなかったようで、それからが壮絶な虐めが始まったのである。
休み時間に廊下に連れ出されて殴られ、時には便所に連れ込まれて殴られる日々が始まった。
一対一の喧嘩なら負ける気などしなかったけれど、いつも五、六人の仲間と一緒にやってくるのだから始末が悪い。
その他の者はただ黙って見ているだけで、手を出してくるようなことは無かったが、こちらが手を出せば、黙ってはいないだろうと我慢をする以外なかった。
恐らく日常生活で感じる不満のはけ口にされたのだろうと想像をしていたが、毎日のように続くので、気が滅入ってしまい死にたい気分にもなったことも何度かある。
学校の先生達は漁師町の子供の背景にいる者達を恐れて萎縮し、手や足はおろか口も出せない気持ちになっていたようである。
と言うのも、その後一年近く経った頃に朝礼で校長が「警察とも相談し、もう私達は恐れません。今後ちゃんとした指導と教育を行いますから」ときつい口調で挨拶をした時に、そうだったのか、あいつ達を恐れていたのか・・・と感じたのがその理由である。
それほどまでに学校内は乱れ荒れていたことの証で、漁師町の生徒は授業中でも教室後ろにある作り付け収納棚の上に寝そべって漫画を読んでいたり、勝手気ままに教室を出入りし、数人が寄って雑談をしている姿が日常的な光景であったにも拘らず、その生徒達に注意をすることなど無かったのだから、そう言うことだったのであろう。
殴られる潤にしてみれば別段痛くは無かったのだが、痛いようなフリをしておかなければ、気が収まらないのだろうと思って「ウッ」と小さい声でうめき声を上げておいたのだが、潤の心の中は屈辱的で耐えられなかった。
 ある時に思い余って誠にこの状況を伝えたところ何と言ったか・・・信じられない返事が返ってきて、それは「お前ら、腕力でなくて勉強で来い!と言うたらええ」である。
もう目眩がするような気分になり「この親はダメだ何も判っていない」と心で呟き第一回目の親を見捨てたような気持ちが生じたと思う(この後も形を変えて何度も同じようなことが起こります)。
子が曲がりなりにも困っているからと相談をしたというのに解決方法を深く考え模索するわけでもなく、対処方法が環境の悪い漁師町で育ち、心の中は恐らく己の境遇に不満だらけで勉強など全くする気もない相手に「勉強で来い!」とは的外れも限度があろうというものである。
結局潤はこのような状況に対してどのように心の中で折り合いを付けたのかと言うと「なに、このような状況は何十年も続くわけではないのだから、もう少しの間辛抱していれば何てことはないわ」である。
この考え方の転換が功を奏したのか、もう別段気にすることもなく、学校に通っていたところ、ある日この悪ガキ共が一目置いていた比較的体格が良く悪ガキで名が通っていた一年年下の朝鮮人(当時は社会がそう呼んでいたのでそのように表記します)を何かの弾みで顔を殴って怪我(前歯を折った)をさせてしまった。
殴った相手とは好意的な間柄で別段仲が悪かったわけではなかったから、今から思えば何が原因だったかはっきりしないのだけれど、恐らく何かをからかわれたのではなかったかと思う。
しかしどうあれ、相手に怪我をさせてしまったのだから親御さんにお詫びをしなければと思い夕刻になるのを待ってから家を訪ね、母親に「今日息子さんを殴って怪我をさせてしまいました。ごめんなさい」と話したところ「どうせ家の息子がまた悪さでもしたんじゃろう。潤ちゃん気にせんでもええよ」と言って貰ったのだが「でも前歯を折ってしまって・・・」と治療費のことあろうと思い神妙な顔つきで言葉を返すも「でも潤ちゃん気にせずにこれからも仲良くしてやってよね」と言われて「わかりました。申し訳なかったです」と言葉にして家を出たのだが、帰りの道すがら、大した原因ではなかったと思われるのに思わず手が出てしまったのは、自分にも何らかの鬱憤が溜まっていたのではなかろうかとも感じた。
しかし、怪我をしたのは相手だけではなく潤も握りこぶしに傷を負い、歯による雑菌で化膿して腫上がり二週間ほど包帯の世話になってしまった(今でもその時に付いた傷の痕跡は微かに残っている)。
その事があったせいか、潤を虐めていた悪ガキ達の見る目が少し変わったように思えたけれど、虐めが止んだわけではなかった。
当時一世を風靡した舟木一夫が唄う「高校三年生」や三田明の「美しい十代」の歌謡曲が日本中に流れていた一年後で丁度東京オリンピックが開催されていた時のことである。



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「酔龍の独り言:その019」

 新型コロナウイルスの影響で飲食店は軒並み時短営業・休業要請を強いられて、効果が期待できないアルコール消毒設備にマスク・アクリル板設置を強要され、設備費は即出てゆくし、家賃と社員の給与は毎月支払わなければならないのに保証金は一向に入金とならない状況であると飲食関連の方々のボヤキが聞こえています。
これらの設備を設置しなければ保証金を支払わないと言うのだから飲食店に関連する業種は悲鳴を上げている現状であるにも関わらず、根本的な救済・解決策を見出せない無能な政府はもう救いようが無いと国民は思っているだろうから、きっと今度の選挙では自民党は惨敗するのでは・・・との予感がする。

 私の業種は飲食店ほど直接的な影響を受けているわけではないけれど、そのお陰で家に篭もり、テレビでも見ようと朝刊のテレビ番組欄を調べるのだけれど一向に見てみたい番組が見当たらない。
この状態はもう何年も続いていて、仕方がないからBS番組欄から昔に放映された勧善懲悪と人情を主題とした時代劇を録画してみているのだけれど、これが結構面白いのである。
若い人に言わせれば、最後は決まった展開だからつまらないと言われそうであるが、しかし「鬼平犯科帳」「盤嶽の一生」「御家人斬九郎」「江戸の旋風」「八百八町夢日記」などなど多くの作品を見ていて思うことは、権力の座にある者がその地位立場を利用しての悪事不正を主人公が正す中においての人情裁きを見ていて、人とはかくあるべきとの想いがいつも湧いてくる。
作られた時代劇と比較しても仕方がないことだけれど、現在は「何と窮屈な社会になったものだ」と溜息が出る。

 話が横道に逸れました。
主題としたかったのはBSテレビでは必ずと言ってよいほど健康に関する宣伝が多く流されていて、その宣伝内容が目に余るほど詐欺的なものとなっているのではないかと言うことです。
時代劇を見ているのは恐らく高齢者ばかりであろう・・・との認識を持っている薬品会社などは流石に目の付け所が違うものだと感心するが、その殆どが髪・(顔の)皺・目・肩・腰・腰・足など健康に関するものばかりである。
へそ曲がりで疑り深い私が問題だと思っているのが次のような一節である。
○○○の症状は△△が不足してくることが原因かも知れません・・・そこで×××は□□が有効である(効果がある)と報告されている。
そして成分については「承認基準の最大量を使用しています」とも言うのである。
このような言葉と共に小さな文字で書かれた注意書きのようなものが数秒間画面に映し出されるが一行すら読めたものではない。
ここで、何が問題なのかと言うことになりますが、その不都合な症状の原因はあくまで「△△かも知れない」と言っているのであって、これは「△△ではないかもしれない」を含んだ言葉であることの認識を持たなければいけないと思うのだが、そのような雰囲気に聞こえるような話し方など決してせずに、すぐさま「□□が有効であることが報告されている」
と、あたかも権威がある学術誌などの報告であるかのように想像させて「承認基準の最大量を使用している」と効果が絶大であるかのような事を言いながら、更に間髪を入れず商品の大幅値引きを謳って締めくくり「今すぐお電話を!今から30分間オペレーターを増員してお待ちしています」と購買意欲を掻き立てるのである。
そして昔売れていた芸能人を引っ張り出して「私も愛用している・・・」などと言わせて効果の信用性を高めようとするほどの念の入れようである。
売らんが為の宣伝内容を纏め、荒筋を組み立てると次のようになる。
(  )には裏の言葉であると認識して下さい
「現状の辛い状態を少し大げさに表現して不安を煽る(年を取れば誰でもそのような症状が大なり小なり出てくる)。
続いて、あたかもこの商品は良いもので、辛さが緩和されますよ(薬事法により治るとは絶対に言わず、効果には個人差があると必ず書かれているそうですから、当てにはならない)と、あたかも治るが如くのように話し、この商品は有効であることが報告されている(誰が何処に報告して、どの程度有効であるかを言わないので、もしかすると薬の開発担当者が家に帰って女房にでも報告したのかな?それとも会社の上司に報告したのか?)と安心感を植え付ける。
そして、早く電話すれば大きな値引きがあるから得だよ!送料も不要だよ!とたたみ掛けた後に「この商品は売り上げNO,1」だと言うところもあれば「これまでに数十万の方に愛用されています」と売り込みをかける(売れている=良い製品であることは限らないのだけれどね)。
最後に「承認基準の最大量を使用している」は承認基準の基は恐らく厚労省であろうと思われるが「承認基準」があるということは使用量を定めていることなので「発がん性物質・毒性がある有害物質」に近いものであると認識した方が良いはずだが、言葉をうまく掏り替えていて、人の良心的心理を巧に突いた宣伝となっている(承認基準があるものは出来る限りその使用量が少ないほど人体に悪影響を及ぼさないことは子供でも判る)。
 と言うのも昭和の三十年代だったと記憶しているが、○ッカレモンと言う商品が爆発的売れていた(これが売り上げNO,1であり、多くの人に愛用されている)ということで、天然果汁100%との謳い文句であったが、どこかの組織がその成分を調べたのであろう、何と「天然果汁は一滴も入っていなかった」と新聞記事にされてしまい、その会社は倒産寸前まで追い込まれたけれど、これを機に販売姿勢を反省したのか組織改革を行ったのかについては判りませんが、現在も継続営業をしているようである。
その後も同じような事件を大手の食品会社などが起こしてきたが、倒産もせずに相変わらず継続営業が出来ているところをみると、日本人は本当に良き人ばかりなのか、それとも危機感がとても希薄なのか、いや若しかすると単なるお馬鹿さんなのかもしれないと思ってしまう。

 余計な事を話してしまいましたが、次のように言い換えれば誰でも解かる事なので、如何思われますかね。
・髪の毛が抜け始めたから「よし!では人の髪の毛を食べればきっと髪は生えてくる」。
・骨が弱くなってきたと言われたので「それなら人の骨を食べればきっと骨が強くなるはずだから人の骨を食べよう・・・しかし人の骨を食べることは出来ないから牛や馬の骨を食べることにしよう」。
・歯が抜けたので「歯を食べれば必ず歯が生えてくる・・・いやそれは出来ないから歯と同じ成分を補えばきっと歯が生えてくるはずだ・・・まさか」。
・筋肉が衰えてきたから人の筋肉を食べる???それは出来ないから牛や羊・馬の筋肉を食べると必ず衰えた筋肉が復活する・・・まさかねぇ」。
でもこれと同じような内容の宣伝ばかりですよ、少しご理解いただけましたでしょうか。



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「酔龍の独り言:その018」

 依頼されている業務を上手く纏め上げるのに手間取ってしまい、若い時ほどに根気が続かず、気力も衰えたようにも感じながら、思うように時間が取れずブログの更新が気になりながらも、何とも申し訳ない気持が心を憔悴させてしまっています。
またもや急ごしらえの更新です。

 新型コロナの感染拡大が止まらない。
新型コロナの発症が確認されてから早2年になるが、新型コロナウイルス対しては世界中の科学者や化学者・医療関係に関わっている優秀な人達が知識を駆使し、持てる限りの知恵を出してみても根本的な解決策を見出せないまま今日まで来てしまっている。
また先進国と言われている日本での医療体制というものは開けてみると実はとても脆弱である事も露呈してしまいました。
何度も言うようだけれど、ウイルスは「生命体」ではない不思議な存在で、現在地球上を席巻しながら大活躍している。
 「生命体」でないとは一体どのようなことになるのかと言うと、学者で無い私でも次のようなことくらいは判る。
まずウイルスは「殺せない」と言うことなので、これは人間にとって致命的なことがらですからね、新型コロナだけでなく人間がウイルスと戦をしようにも相手が「殺せない」のでは最初から戦の体をなしていないことになるから戦いようが無いのである。
ただ、これまでに天然痘や麻疹・肝炎・インフルエンザなど多くのウイルスをある程度克服してきた経緯はあるが、天然痘は牛の世話をしている人達の感染が非常に少ないことに着目した医師が牛を使って開発したワクチンのような物から、癌の治療薬として開発されたインターフェロンは、たまたまC型ウイルス肝炎を併発していた癌患者の治療中に肝炎の症状が改善されたことによるものであって、ある意味いずれも偶然に発見できたようなワクチンの類ということになろうか。
今回の新型ウイルス(細菌兵器用にと人為的に開発されたとも言われているが)に対しては全く打つ手が無い状況のようである。
その根拠はアメリカではワクチンの接種率が70%を越えているというのに感染者の減少に繋がっていないし、その傾向は世界中でも同じように起こっている。
 日本では新型コロナの感染者が入院して治療が受けられないことなどに報道者が騒いでいるようであるが、よく考えてもらいたいのは入院治療の内容である。
「殺せない」ウイルスに治療方など最初から無いのだから、治療とは言えないはずである。
そして、重症化した後のワクチンは効かないのだから、やはり治療にはならない。
報道陣が治療と言っているのは、せいぜい呼吸困難な状況を軽くする為の酸素吸入とエクモと呼ばれている高度の呼吸困難症状に対しての補助装置であって、これも治療とは言えない。
 本来「治療」とは細菌に感染した後に薬で細菌を殺す事を意味し、大量の出血を止め、骨折などを適切に処置することは治療ではなく「施術」と言うのではなかろうかと思うが、いまは両方とも治療と言っているようだから、少し違和感を覚えるのだが、では新型コロナウイルス感染により重症化した後に生還した人達は何が巧を奏したのかといえば、肺炎となり呼吸困難の症状を機械によって少し軽くした後に本人の体力と生命力が勝った結果であり、医師・看護師はその補助装置を提供しただけであると捉えるのが本質である。
このように言うと身も蓋もない話になってしまいますが、実際のところ本質はこのようなものなのだから他に表現のしようが無いのです。
 やっと今頃になって政治屋達が「新型コロナは自然災害です」と言い始めたが、それまでこの輩達はきっと「(細菌による病に近い)病気」とでも思っていたに違いない。
厳密に言えば、洪水も大地震も火山の爆発も細菌やウイルスによる災厄は全て自然災害である。
ただ僅かばかりの細菌類を科学や化学の知識と力で克服してきたことで人類は巨大な力を持ったので安心安全な社会を手に入れたと錯覚しているだけである(ほんの一部ではあるが、部分的にその力が認められることの否定はしない)。
地震の予知も台風や竜巻の進路変更も叶わず、降雨も思い通りに扱えず、大気の気温や湿度すら自由に上げ下げできないのだから、これを無力と言わずに何と言うのか。
今世界中が「火」と「水」による自然災害に見舞われている。
欧州では「大規模な山火事」と「洪水」の両方から攻められている映像を報道番組で見た。
「火」と「水」はこの世の二大元素であって、生命の維持に欠かすことの出来ないものであるが、更にこの両方の「調和」が取れていなければならない原則がある。
人間の命の存続も「体温」と「水分」とその「調和」が不可欠であり、他の生きとし生けるもの全てが同じ要素で生命を維持していて、この三つの内のどれが欠けても、生命の維持は出来ないことが自然なのである。
さてここでもう一つ本質の話をしようと思う。
これも何度か同じ事を言うようだが、政治屋も医療関係者も金科玉条のように声高く叫んでいるのが「マスクの着用」「手指の消毒」「アクリル板の設置」「密を避ける」である。
これを殆どの国民はこの二年間守ってきたにも拘らず、コロナ感染の拡大は止まらなかったのだから、意味を成さない予防であることはこれではっきりしたはずである。
「密」については人との距離の関係であるから個人的な感覚に差が出ようというものだが、人が社会生活を営む上で「密」を全て避けていたら社会生活は出来まい。
 大きさ十万分の一ミリのウイルスには「マスク」は役に立たない。
 目の前のアクリル板など室内の空気は絶えず対流を起こしているからこれも無策。
 手指のアルコール消毒も生命体でないウイルスには何ら効果を発揮しない。
ただ「密」を避ければ確かに感染を避ける効果はあると考えるけれど、感染者は外見で判断が付かないのだから、四人以上の会食の制限(五人目からがコロナに感染すると言う意味かな?)やアルコールを午後七時以降提供しない(生命体ではないコロナウイルスがアルコールを好み、夜行性と言う事になるから、これは全く意味が判らない)などの中途半端な「密」を避けるのではなくて完全「密」を行う以外にない。
前文( )内は行政が余りにも無策なので嫌味で書いているだけです。
とすれば、外国への出入り・外国人の入国を止め「完全に自宅から一歩も外に出ない」を行い「感染者が出れば直ちに隔離する」を同時に行えば一ヶ月でコロナウイルスは日本からは消滅するはずだが、出来ないよねぇ。
という事だから、打つ手は無いと言うことになるのです。
自然界に生かされている自然な生命体である人間は生かされるも殺されるも定め(運命)に従っているに過ぎないと言うことがお解かり頂けましたら、必要以上にじたばたしないことが良策であろうと思います。
ただ、この二年間の新型コロナによる死者数は一万六千人余りで、一年に換算すると八千人になります。
近年に於ける日本の自殺者数は一年で一万5千人を超えているのですよ。
自殺者より少ない新型コロナ感染ばかりを騒いでいて、よいものでしょうか。

  双龍物語は少しずつですが書き進めているので近い内に掲載予定です。



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「双龍物語:第六章・思春期のニ」

 式が終わり、振り分けられた教室に入ると席にはそれぞれの苗字が書かれた紙が机の上に貼ってあったので、その席に着いて周りを見渡と、別々な小学校から来ている生徒達であろうと思われる数人のかたまりがいくつか出来上がっていて、ワイワイガヤガヤと話している声が聞こえていた。
その光景を眺めているところへ担任の先生が教室に入ってきたので、皆が席に着き先生の挨拶の後の話に耳を傾けた。
数校の小学校から来ている生徒がいるので、まずお互いを知るための自己紹介から始まり、次は学級委員の選定となったのだが、まだ生徒同士のことがよく分からないだろうという事で先生の推薦の通りにそれぞれの委員が決まったように記憶している。
そして、教科書と時間割が配られた後に学校生活の諸注意を言い渡されて始業式の全ては終わり、朝家を出る時に従兄弟と話しを合わせて、帰りは一緒に帰ろうと約束をしていた場所に向かい家路についた。

 こうして潤は遠く故郷を離れた中学一年生の生活が始まったのである。
日常の生活はと言えば、朝一番にすることは顔を洗ってから鶏小屋に行き卵を採取して、鶏に餌をやり、朝食を済ませて学校へ通う毎日であった(鶏は白色レグホンと茶色い色をした鶏が混ざり合っていたが五十羽以上いたようである)。

大隅家での事を少し触れれば、誠に感化された「スガ子」も大本信者となっていたが、神棚は祭っていなかったから誠のように朝夕の礼拝は行っていなかったように思うが、時折夕食に出されるカレーに牛肉は用いず、代わりに鶏肉が入っていた(しかしカレーは牛肉の方が美味しい)。
「大本」の教えの中には「牛・豚」は食べないというのがあるそうで、神棚は無くとも教えを忠実に守っていたということであろうか・・・。
しかし一方の「三田家」ではカレーに牛肉を入れていたけれども、朝夕の礼拝は欠かさず行い、月に一度の「月次祭」も欠かさず行っていたから、形態重視と本質重視の差が現れていたような現象が起こっていた。

内気な性分を持ちながらも屈託がなく比較的明るい性格の潤は、近所に住んでいた一学年上の先輩と気が合って直ぐに仲良くなると、お互い釣りが大好きであることがわかり、釣に連れて行ってもらう約束をした。
釣竿や釣り糸・釣針は予備があるから道具は買わなくていいと言ってくれたので安心して釣に行く日を楽しみに待った。
いよいよ釣に行く日がやって来て、連れて行かれた先は海ではなく山の方へ向かうから「何を釣るん?」と聞くと「行けば判る」と言いながら、途中で餌のミミズを掘るというから、どうやら鯉か鮒だと確信した。
着いた先は小高い山の裾より少し高いところにある池で、どうやら灌漑用水の溜め池と思われ、いかにも鯉や鮒が居そうな感じがするのである。
ワクワクしながら釣り支度を整え水深を測って底を決め、針にミミズを付けて糸を垂れてみるが暫く経っても浮きが沈まないので「ここには魚がいないんじゃないの」と言うと「直ぐには釣れんよ。餌の匂いを辿って寄ってこなければ釣れるもんじゃない」と言われて、それはそうかと納得していたところに浮きがすぅ~と沈んだ。
間髪容れずに竿をしゃくると、ぐぐっと来る手応えがあり竿がしなる。
水面より覗いている倒木の方へ逃げられないように慎重に魚との攻防戦を行った後に釣り上げたのは15センチほどの鮒であった。
それからは頻繁にあたりがあり、鮒を釣り上げたり餌を取られたりを繰り返している内に段々と周囲が薄暗くなってきたので先輩が「もう帰ろうか」というので「うん分かった」と返事をしてニ十数匹の鮒を釣り上げていたけれど、持って帰っても入れるところが無いのでバケツに入れておいた鮒を池に放して帰途に着いた。
その帰り道で周囲を見渡すとあちらこちらに灌漑用水池が目に入るから「この辺りは池が多いんだなぁ余り雨が降らないのだろうか・・・」と感じたものだが、水辺が大好きな潤にはとても良い所だと思えた。
 その後も何度か鮒釣に出かけたけれど、灌漑用水池では鮒しか釣れないので、少し不満だった潤は海釣に挑戦したが、ここは本当に釣れそうだな・・・と思うところを捜しては糸を垂らしてみたけれど釣れないのである。
釣に親しんだ故郷の海辺とは勝手が違ったように感じたけれど、何度も挑戦してみたが、余りにも釣れないので釣り大好き潤も牛窓での釣を諦めてしまった。
 
 学校生活では次第に気の合いそうな友達も増えてきて親しくなり、お互いの家に遊びと勉強で行き来するようになっていたが、潤は勉強が楽しいとは思えず、また好きにもなれなかったけれど、何とか普通に付いて行けていたようで、成績は中の上程度であったように記憶する。
また時折ではあったけれど、大畠の両親が手紙を添えた小包を送ってくれた。
中を開けるとお菓子などが沢山入っていて、手紙を読みながらその菓子を口に入れると有難い想いの感情なのか、子を想う親の気持ちが伝わってきたのか自然と涙がこぼれ落ちてきた。
 それなりに楽しく牛窓の学校生活を送っていたのだが、好奇心旺盛で、とても悪戯好きな性分を持っていたために、少しやんちゃと悪戯が過ぎたのであろう、一年目で大畠に還されることになってしまったのである。
しかしこれがその後大変な目に遭う序章になるとは夢にも思っていなかった潤であった。

 余談を少し話せば、それから数十年後、仕事で岡山に行くことが多くなり、久し振りに訪れる岡山で感じたことは、やはり本当に灌漑用水池が多くて、現在市街化となっている地域にまで用水路がいたるところに張り巡らされているのを見ると、中学生の時に感じた記憶が再現してきた思い出がある。



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「双龍物語:第六章・思春期」

 小学校六年生の終わりが近づいた頃に両親が「潤坊お前は岡山の牛窓へ行って向こうの中学校へ行け。あそこはお前と同じ年の巌夫(いわお・従兄弟)がおるけぇ丁度よかろう。」と言い出したのである。
突然そう言われた潤は、全く友達がいない所へ行くのか・・・と戸惑う気持ちと、従兄弟達がいる牛窓かぁ行ってみたいような・・・との気持ちが交錯する中「なんで?」と聞いてみると、漁師町の地域が荒れに荒れていて悪い連中が沢山いるから・・・と言うようなことであった。
確かにこの地域はこの近郊でも悪名高い評判の漁師町で、まだ子供の潤にとってはそのような話は風評程度で耳に入ってくるだけだから、大して気になることではなかったけれど、両親の心配は極度に達していたようである。
どうやら教諭をしている滋子が他校を含めての地域の会合で聞いた話であろう、暴力団の構成員や準構成員が多くいて、それに従っている若い者と子供達が一緒になって暴れているので、学校は荒れ放題となり、先生方が恐れてしまって何もできない状態になっていると言うことのようであった。
まだ小学生の潤には両親が心配する状況の的確な把握が出来ないままではあったが、余りにも親が強く勧めるものだから、段々とその気にさせられてしまい、潤が牛窓行きに納得すると、すぐさま潤の必要な荷物を纏めて牛窓に送り、転校の手続きをしている間に春休みに入っていった。
この休みを利用して大隅家の長女・喜美子(大学生)が潤を迎えに大畠まで来てくれたのである。
喜美子と共に山陽本線上りに乗車し、広島駅で乗り換えて岡山駅に到着したが、今と違って蒸気機関車が引っ張る列車は遅くて、力が不足しているからであろう、西条駅の手前にある坂が上れなくて何度か止まり、その度にレールに砂を撒いて動かしていた。

岡山駅から天満屋(デパート)に併設しているバス発着場まで徒歩で向かったように記憶しているが、十五分近くかかっただろうか・・・そこは田舎者の潤にとって始めて見る大きなバス発着場で十台以上のバスが停車していたように記憶している。
終点牛窓行きのバスに乗り車窓を眺めていると岡山市内の大きな建物は徐々に目に入らなくなり、段々と田園風景が続いて行くので「なんだあこれじゃあ大畠と変わらない田舎じゃあないか」と思いながら終点牛窓に近づくに連れてその思いは一層強くなった。
バスが牛窓に到着して従姉に連れられ叔母の家に向かったが、そこは平地から小高い丘を越えて十分ほど歩いた所にある瀬戸内海に面した小さな町であった。

牛窓町には郵便局員をしている「大隅 田次郎」のもとへ誠の姉(長女 スガ子)が嫁いでいて、大隅家は家の近くに小規模な養鶏場を持ち、食品販売と鶏卵販売の店を自宅の玄関先で営んで生計を立てていたようであった。
大隅家の家族構成は長男が東京農業大学・長女(喜美子)は京都女子大に在学中でそれぞれ東京と京都で下宿生活を送っており、ここには高校生の次女(米子)・三女(喜代子)と次男「巌夫(同じ年)」が同居していた。
大隅家の家族は潤が来た事を歓迎してくれ、この日の夕食は賑やかでとても楽しい時間であった。
入学式までにはまだ少し日にちの余裕があったこともあり、伯父は郵便局で払い下げになった自転車を二台従兄弟と潤の通学用にと購入してきてくれて、赤色の自転車に黒色のペンキを塗って
くれたのだが、正直言ってカッコ悪い自転車で、気乗りはしなかったがしかし、そのような事を言ってもいられず、この自転車に乗って近くの商店街や海水浴場などを回って近隣の地形を頭の中に書き入れた。
最終の転校手続きで一度牛窓中学校へ出向いて、担任となる先生と主任に挨拶を終えて、いよいよ入学式を迎えることになった。



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「双龍物語:第五章・幼少期の六・可愛くなかった幼少の潤」

 他に幼い頃の記憶と言えば、誠は朝の出社前と就寝前には必ず神棚の前に座って祝詞を唱えていたが、滋子の方はそこまで熱心ではなかった。
共に宗教「大本」の縁で結ばれた二人ではあったけれども「教へ」の捉え方と考え方には大きく差があったようで、その差は日々の生活の中において顕著に現れていて、まだ子供であった潤にもはっきりと判るほどであった。
誠の方は生真面目でお祈りは毎日欠かさず行っていたので、形態と形式を重んじる型であったのであろうと思われるが、滋子の方は教えの中身を自分なりに都合よく解釈して「聖師さんの教えを守って生活している」と自負していたけれども、余りにも自分に都合が良すぎる解釈をするので潤はまだ子供あったが、少なからず疑問を感じていた。
 
 誠の考え方(価値観)には一貫性がなく調和を欠いていた証としてはこのようなことがあった。
ある日の朝のこと、弟が小学生の二年生の頃だったと思うが、朝全員が出かける支度の準備をしていたときのこと、弟がまだ布団の中に潜ったままで何やらぐずっている様子の中、傍に立っていた両親が口論を始めたのである。
口論している両親の話の内容を理解した潤は呆れてしまうほどの言葉の遣り取りに驚いて、耳も目も疑った。
誠「崇が菓子を食べんと学校へ行かん言いよるんじゃけぇ菓子を買うてきちゃれぇ」滋子「何を言いよるんね。さっさと起こして学校へ行かせたらええじゃないか」誠「そう言うても、泣きながら言いよるんじゃけぇ買うてきちゃれぇ」と子供の躾にはとても厳しいはずの誠の言葉とは思えぬような遣り取りが始まっていたのである。
まだ早朝であるから思わず潤も「そうは言うても菓子を売っている店はまだ開いてないじゃろう」と口を挟むと誠は「ええけぇ兎に角菓子を買うてきちゃれぇ」と怒り出す始末である。
滋子は早朝からこのような不毛でつまらない言い争いをすることに嫌気が差したのであろう、無言のまま菓子を求めて家を出ていった。
潤は「この親はダメだ。こんな事をさせていたら子供がダメになる」と感じながらも家を出て小学校へと足を向けたが、恐らく今頃は商店の玄関戸を叩いているのであろう滋子の姿を想像して情けなくなった。
その後、崇に菓子を食べさせてから学校へ行かせたか否かについては定かでないが、困った親だとの印象だけは深く心に刻まれた。
しかし、これと同じようなことがこれから先まだ数十年も続いたのだからねぇ、やれやれではあったけれども、しょうもない不出来な親子がやることなので、途中何度も親の方を諌めて見たが、いつも都合のよい言訳ばかりが返って来て、過保護は一向に治まらないまま如何ともし難く、結局どうにか出来ることにはならなかった。
だから自分勝手で不可解な誠の持論はこれからもまだまだ続いて行くのである。 

小学生最後の思い出としては、科学図鑑を見ている内に顕微鏡で見た写真が掲載されているのに興味を持った潤は駄目元で顕微鏡を買ってくれとせがんでみたところ、比較的ケチだと思っていた誠があっさりと承知してくれてオリンパス製で百倍・二百倍・三百倍のレンズが三つ付いた顕微鏡を買ってくれたのである。
顕微鏡のレンズを通して見る世界、それは今まで見たこともない神秘的で美しいものに思えた潤はすっかり顕微鏡の虜になり昆虫の複眼・触角・魚の鱗や鰭(ひれ)・蝶や蛾の鱗粉・ミジンコ・川藻・海草などを覗き、肉眼では見えない世界に魅了されていった。 
丁度その頃に誠が子供新聞(確か毎日新聞であったように記憶している)を取ってくれていて、
潤は毎日子供新聞に目を通していたところ小学生最後の夏休み前の頃に顕微鏡観察コンクールの記事が出ていたので、これに応募してみたいと誠に言うと「そりゃあええことじゃ、やってみたらええ」と言うので、夏休みの間に顕微鏡を抱え込むようにして色々なものを顕微鏡で捉えて画用紙に書き写した。
コンクールに提出した作品は描いた画用紙数点の内のモンシロチョウの鱗粉を同じ円内に倍率を変えて描いたものが評価されたのであろう佳作となり応募作品名「モンシロチョウの鱗粉ほか」と子供新聞に名前と共に掲載され、賞状を貰ったのである。
学校の担任にこの新聞を見せたところ、先生の方が驚くほどに喜んでくれ、すぐさま校長に報告して新聞を学校の廊下にある掲示板に貼り付け一ヶ月ほど掲示された。
佳作の賞を貰った潤は然程嬉しくもなく大した感激も感じてはいなかったのだが、誠がこのことについて何と言ったかというと「大した内容とは思えんかったんじゃが、まぁ倍率を変えて描いたところが珍しくて、評価されたんじゃろうて」とそっけなく言うのである。
それは確かにその通りだと感じてはいたけれど、全国から募集したコンクールで佳作とは言え自分の息子が賞をもらったのだから少し位は誉めても良かろうと思った記憶である。



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「酔龍の独り言:その017」

 依頼されている業務が終わらない内に次々と新しい依頼や相談事が重なってしまい、頭の中と老体が少し悲鳴を上げそうな状況下になって、思うように時間が取れないままでブログの更新が儘ならず、双龍物語の続編を書きたいのですが、如何ともし難く重ねてお詫び申し上げ、急ごしらえの更新です。

 令和3年4月25日・先週の日曜日のことです。
北海道・長野県・広島県で衆参議員の補欠選挙が行われましたが、いずれも過去最低に近い投票率で、自民党が惨敗した。
私が住んでいる広島市では選挙の結果を待たなくとも、恐らく自民党は当選しないであろう・・・との予測はついていたが、だからと言って、以前民主党に政権を委ねた時の比類無きお粗末さを忘れるわけにもゆかず、広島県の選挙民は苦悩したであろうと想像する。
勿論、河井案里と夫の克行(共に元議員)が選挙買収で日本中を騒がした事件も間違いなく大きな要素だと思われるけれども、既に選挙民の心の中では官僚の姿勢と政治に対して何とも言いようのない不満が溜まりに溜まって不透明感を拭えないまま今日まで来ていることの理解と自覚が政権与党に無いことこそ思い上がりと言わざるを得ない。
尤もこのような議員を選挙で選んだ選挙民に大きな責任があることは言うまでもないことではあるけれど、見た目の容姿の良し悪しや印象による好き嫌いで選んでみたり、人との付き合いの中で依頼を断れ切れず、また所属している党のしがらみ等によるものであったりするものだから、人物の質を見極めて投票しているわけではない結果であることに疑いの余地はない(質の悪い議員が多すぎて目に余る)。
候補者の学歴や経歴で選んでみても、このような事柄など全く選定の対象にならない事くらい人生の経験値から十分判断が付こうと言うものであるが、その人物と親交がなければ判断の材料すら持てないのが現状である。
候補者を推薦している各党は党利の為に推薦しているのであって、決して日本国や国民(選挙民)のことを慮って推薦しているわけではないことは明らかであり、官僚は国益など省みもせずに、省益最優先と公益法人とは名ばかりの省益法人作りに血道を上げて、定年退職後の安定を図ろうとし、税金は我が物だと錯覚して、使いたい放題で巨額の税金をドブに捨ててもその責任を取ろうともしない。
予算が不足すると言いながら財務省は消費税を上げ、厚労省は厚生年金・社会保険料などを値上げする為に法まで作る有様である。
法とは国民の安全・財産の保護・福利厚生を十分に得られようにと定められているはずだし、税は国民の為に使い道を定めるべきものなのに、法文はそのままで官僚の為にと巧みに本質が掏り替えられているから、これではまるで詐欺にあっているような気分である。
その上で、年金は毎年のように少しずつ減額され、取りはぐれの無い様にと介護保険料まで年金の支給額から徴収するのだから、これではまるで暴力装置である。
その暴挙を政治家が止められないのでは何のための国民の代表なのかと言いたい。
今の政治家は勉強不足の上に資質が悪くお粗末極まりないとの表現以外に何かあろうか?。

 このような時節の中、ある意味で気の毒に貧乏くじを引いてしまったのが菅総理だろう。
新型コロナの渦中にあり、打つ手が全て上手く作動せず、全てが裏目々に出てしまい、国民の信頼を失っている中で、選挙の惨敗だからねぇ。

前総理が国民に食べさせた「もり(森友)そば」に「かけ(加計・賭け)そば」に加えて「桜(見る会)餅」は不味くて不快感が残る味のまま心の隅でくすぶっているところへ新型コロナだから、菅総理が気の毒で仕方がないけれど、引き受けたからには英断して解決していただかなくてはならないが、解決する問題の本質が判っていないのだろうから期待など出来るはずもないか。
 しかし、新型コロナの発症があってから1年が経とうとしているが、一向に感染者は減少せず増加している状況下となっている。
これだけ化学や科学に医学が進歩している(愚かな人類がそう錯覚しているに過ぎない?)にも拘らず、この有様である。
本当にワクチンは効くのか?についても疑問が残るし、世界中がこのウイルスを持て余している状況を見ていると、原発事故と同じようにも思える。
便利優先・効率優先・経済最優先など目先のことばかりに心を奪われてきた結果の付けが回ってきたのだろう。
為政者が真にやらなければならないことは「将来を見据えた現在ではまだ目には見えない危機察知能力」と「総合的(偏らない)な洞察力」「学問以外で解決できる方策・施策」「学歴・経歴などに惑わされない人事」「前例の無い事象が起こったときに対処・解決できる能力」などであろうか、日本は単一民族で千年以上の歴史と高度な文化を有する世界一誇れる国であるから、何も質の低い欧米と比較して優劣を論じる必要など無いのである。
永田町にいる数百人の高給取りさん達にこの意味わかるかなぁ。



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「酔龍の独り言:その016」

 現在依頼されている業務の処理と仕事の依頼が重なっている中、次年度への準備に加え、年度末の決算処理(税務対策)に追われ、思うように時間が取れず更新が出来なかったことお詫び申し上げます。

 さて、日々の生活の中で私が読書に当てる時間は乗り物乗っているときです。
新幹線・電車・バスなどに乗車した時を唯一の読書帯にしていまして、時間にして十数分から一時間前後を毎日の習慣として当てています。
しかし最近の車内を見渡すと乗客の八割方は手にスマホを持って俯き、指で操作をしています。
読書をしている人を見るのは稀で、手に本を持って広げている人は私のような老人か資格取得の問題集に取り組んでいる人や受験生と思われる人達です。
問題集や受験生が開いている本を読書と言うのは少し抵抗を感じないでもないけれど、僅かな時間をも無駄にせず自分の知識を深め、能力を高める行為に繋がって行くのですから読書で良いのではないかと思います。
 手にスマホを持って何かを検索している人達の殆どは「遊び」に分類してもよい内容と思われるもので、これを毎日積み上げてゆくのですから、年を重ねる間には知識や能力に大きな差が開いてくることは歴然としている。
最近話題になっているSNSとかラインと言うアプリ(私は未だにこの横文字とカタカナを日本語に訳した意味が判っていません)を使っている人達の情報が閲覧できる状態になっていたとかで、これらを運営している日本法人の社長が陳謝している映像が流れていた。
以前からこれらのアプリは朝鮮(現在では韓国と言いますが、朝鮮の国名はかつて中国から門まで造営して拝礼を行い朝鮮という国名を授けてもらった歴史がありますので朝鮮でよいのではと思っていますし、北朝鮮はそのままその名を使っています。そして地理上ではあの半島は朝鮮半島と言っていますからねぇ何処か可笑しくないですか)に運営本社があり(現在は中国に売却されたのですかね?)自分を含め繋がっている人達全ての情報が漏れる危険があると言われてきたにも拘らず、スマホ保有者の殆どがこのアプリを使っているようです。
便利とか楽だとかの裏側に潜んでいる危険に蓋をしてまでしなければならないものではなかろうと思うので、今からでも遅くありませんから、よく考えてそのアプリ削除されたほうが良いと思います(きっと余計なお世話と言われるでしょうが、スマホが使えない年寄りの僻みではありませんよ)。

 話を変えます。
購入していた本を全て読み切ったので新しい本を買いに行きまして、少し悩んだ末に「佐藤 優」氏のマルクスの著書を基にした講演の記録で、いま生きる「資本論」と言う本を手に取り購入した。
少し悩んだ訳は、私の頭の中ではマルクス→社会主義→共産主義と言う概念しかなかったものですから、このような本を読んで意味があろうか・・・との悩みです。
しかし、氏の本は今までに何冊か読んでいて、書かれている内容に納得はすれども違和感などなかったので「まあいいか、一つ読んでみよう・・・今までこのような内容の本を読む機会もなかったし、何かしらの勉強にもなろうと言うもの、無駄にはなるまい・・・」と脳が購入の指令を出した。

 佐藤 優氏についてはご存知の方も多かろうと思いますが、同志社大学を卒業して外務省の職員となるも、背任と偽計業務妨害の有罪判決(執行猶予)を受けた方です。
私は仕事柄、経済・資本論などとは無縁の生活を送ってきたものだから、読み始めてからマルクスが書いている文の難しさに閉口した。
このような文字の羅列が理解できる人の脳の構造は一体どのようなものなのであろうかと己の無学さ勉強不足を置いといて唖然としてしまった。 
この本は講演をした記録を纏めたもので、文中に「宇野 弘蔵(今まで知らなかった名前)」などマルクス以外にも多くの日本人学者?の名前が出てきて、彼らの言葉や記録を文にしていたけれど、いずれの文も主語・述語が無い訳ではないけれど、一つの文がとても長く、
悪いことに文の途中で抽象的な装飾語?が余りにも多く挿入されているものだから、何が言いたいのかさっぱり解からない。
この本を読みながら主だった所はマーカーで印を付けておいたので、読み終えて付けておいた印の周りを再度読み返してみたが、やはり良く解からない。
このような文章が脳の中で処理できて理解が出来る人は素晴らしいと感じ、文の読解力においても人はこの世に生まれで出でた時、既に備わっているのであろうと思わざるを得なかった。
しかしだ、私のような読解力が劣った人間の為に、もう少し解かり易い文にてもらえればどれほど嬉しいか・・・そういう意味では学者さんは独りよがりである。
自分が解かっていることは人も解かっているはずだ・・・という思い込みから物事を始めるので、勉強不足の者にとっては、磨かざる宝石の原石を貰ったようなものなので残念であるが、仕事を持っている身では今更の勉強が追いつかない。
生まれつき大した努力などせずとも字の上手な人と同じようなもので、ある程度の努力をすれば下手くそ字も何とか上手くはなるようであるが、やはりどうにもならない域はある。



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「双龍物語:第五章・幼少期の五・可愛くなかった幼少の潤」

 寒くなり始め、日の落ちるのが早くなる季節であったと記憶している。
学校から帰ってランドセルを放り投げ、友人たちと夢中になって遊んでいたが暗くなってきて皆が口々に「もう帰ろうやぁ」と言い出したので、潤も仕方なく家路に着いた。
両親は共働きなので、この時間ではまだ家に帰っていないことが判っている潤は「やれやれ、家に帰ってから何したらええかのう・・・」と心の中でつぶやきながら「ただいま」と声を出して玄関の引き違い戸を引いて家に入ってみたが「お帰り」の声は無く、家の中は真っ暗である。
「そりやぁそうじゃろうて・・・」と思いながら掘り炬燵に足を突っ込んで少しの間一人茶の間で待っていたが炬燵の中は冷たくて暖が取れない。
自分で練炭に火を熾してみようと考えてはみたが、練炭火鉢は重く、まだ火の扱いが上手く出来ない潤は瞬時にこの考えは捨てた。
止むを得ず火の気の無い掘り炬燵に掛けてある布団から顔だけ出して両親が帰ってくるのを待っていたが、残業にでもなっているのであろうか中々両親は帰ってこない。
暫く辛抱すれども、やはり火の無い炬燵は寒い上に段々と腹も減ってきて「早く帰って来いや!」と叫んでもみたが、野良犬の遠吠えに等しく何らかの良き変化などが起こるはずも無く、ひもじさと寒さで少し涙が滲んできた。
小一時間も経っただろうか、相次いで両親が帰ってきて滋子は「お腹すいたろう・・・直ぐ支度するけえね」と言ってくれたが、その時の両親の苦労など解かるはずも無い潤の口は「いつまでこんな生活が続くんかねぇ」と口にしてしまった。
瞬時に滋子から「何を言うかこの子は!親が一所懸命に働いちょるいうのに!」ときつい口調で言葉が返ってきた。
恐らく親自身が潤と同じような感覚を持っていたのだろうと感じ、少しバツの悪い気持ちでいたところ、夕餉の支度をしながら両親が話をしている中で「○○さんのところがねぇ、・・・」と○○さんの家で起こった大きな不幸について話し始めた。
話を傍で聞いていた潤は思わず「そんなに可哀想じゃ言うんなら、助けて上げたらどうなんね」と口にした。
するとまたもや「何を言うかこの子は!私らぁに助けられるわけがないじゃろう」と又きついお言葉が返ってきたので「助けられんのなら可哀想々言うてもしょうがないじゃあ」とまた余計な口が滑った。
恐らく親にとっては痛いところを突かれた気持ちになったのではなかろうかと想像するが、この時に潤は「ふん、それならワシは大きくなったら助けられるようになってやるわい」とまるで根拠ない妄想を描いたが、その日の夕飯は喉を通り難くまずかった。
しかし、この時にはもう妹と弟が生まれていたはずなのだが、傍にいた記憶が無いから、この日は祖父の家で叔母達に面倒を見てもらっていたのかもしれない。

 夕飯を食べる時に誠はよく戦争の体験談(序章にある不思議な体験に加え、いかに優秀で勇猛な兵隊であったかの自慢話)と聖師「王仁三郎」に纏わる話をしていたが、性格は一概で意固地なところがあり、価値観や考え方の調和が取れず、どこかが欠けているように潤は感じていた。
と言うのも、ある時の夕食が大御馳走のすき焼きで、ワクワクしながら食べ始めた時、野菜籠の中には白菜や大根・葱などの他に春菊が入っていた。
春菊は苦味があるので子ども達は手をつけないでいたところ、誠が潤に「春菊は旨いんだから食べろ」と言いだした。
「これは苦いから食べれん」と言ったところ誠は「こんな旨い物が食べれんのんか」と上から目線(これは親だから仕方が無い)で春菊が食べられないことを卑下したように言ったものだから、そう言われた潤の口から思わず出た言葉「それじゃあ お父ちゃん、お父ちゃんが(「あんた」と言った様な記憶があるのだが)ワシと同じような子供の頃にこの春菊を食べて、これが本当に美味しいと思ったんかいね?」と反論したところ、子供の頃を思い出して美味しくなかったことの記憶が甦ったに違いなく黙ってしまって何も言わなくなった。
潤は「まだ子どもの口じやぁ美味しくないんよ。大人の口になったら美味しいと思うようになるんじゃないかねぇ」と付け加えた。
「あぁ旨かったよ」と言えないところは誠が正直者である証ではあるけれど、自分が良かれと思っていることは見境無く相手に無理やり押し付けるところがあったものだから、潤はこの後も少し苦労をさせられる羽目なるのだが、春菊については三十代辺りから食べて美味しいと思えるようになり、今では鍋物に春菊が無ければ物足らないように感じるまでになりました。

 余談になりますが、誠の珈琲好きは間違いなかったようで、休日の朝は必ずパーコレーターで入れた珈琲とパン食であった。
パーコレーターから漂ってくる珈琲の香は子供の潤にとってもそれは悩ましいほどの良い香がするのだが、いざ口にすると苦くてとても飲めたものではなかったので砂糖を沢山入れて飲んでいたように記憶している。



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「酔龍の独り言:その015」

 新型コロナウイルスの感染は中々治まる気配を見せません。
政府は相も変わらず飲食店に対して、酒類の提供は夜7:00までとし、店の営業は夜8:00までにして欲しいと要請をしている(やはり政府はコロナが夜行性と断定している?)。
飲食店に入ると、テーブルの隣席間には高さが50㎝程度のアクリル板が立てられ、カウンター席においても一人一人となるように、その間にアクリル板が立てられている。
これは明かに異様な姿を呈していると私は感じています。
確かに飲食をしながらの会話における飛沫感染防止には効果があろうことは理解が出来るし、事務系の職場に於いても同じ様にアクリル板を各机間に立てている映像をこれまでに何度も見た(飛沫感染に加え空気中に漂うウイルスによる感染予防ということらしい)が、しかし、外部然り室内に於いても空気は温度差や圧力差に加え、人などの動きに連動して循環していることは誰もが知っている事実でありながら、これに関しては何ら対策が講じられていないのが現状である。
これはどういうことなのかといえば、結局根本的な感染防止対策は出来ないからである。
人は何かの対策を講じる場合は限界がある事を知っているから、敢えて触れない、語らずで、適当な措置をもって誤魔化していると言うことであろうか。
つまり、気休め程度の予防にしかなっていないと言うことの証でもある。
以前から言っているようにアルコール・次亜塩素酸消毒などウイルスの不活化に少なからず効果はあるように聞いているが、マスクの着用と同様やはり気休め程度であろう・・・。

 生命体でないウイルスに対しては、まだ人間の浅薄な知識では対処できない相手であるという以外に表現のしようが無い。
熱湯消毒では効果がなく、薬品で持っても細菌と違って殺せないのだから始末が悪い。
では数千度の高熱で焼却すればどうなるのか調べてみたが、高熱焼却についてのはっきりとした解答は出ていなかったけれど、地球上における高温多湿の地域環境下では活性化(流行)し難いとの調査結果はあるようだった。
そうであれば熱湯消毒(正に高温・多湿環境下である)で何故死滅しないのか?が解からないし、何故このような事を言うのかと言えば、新型コロナウルスに感染して亡くなられた方の遺体を焼却すれば体内に残っていたウイルスが死滅するのか否かの疑問が生じているからです。
若し死滅しないのであれば、焼却の煙に混じって大気に放出されることとなるから、それによる感染もあり得る?のではないだろうかとの疑問です。
 まあいずれにせよ、何か得体の知れない未知の何かがいることは100年間前に判っていたようですが、ウイルス自体が電子顕微鏡によって発見されて僅か60年程度ということですから、まだまだ人の手に負えない存在であることに違いはない。
調べてみて解かった事ですが、種類によってはウイルスの発見よりもワクチンの開発の方が早かったのだと言うのですから、人間の英知もあながち捨てたものではありませんねぇ。
天然痘のワクチンが最初のようで、200年も前に開発されていますが、病気の感染者と非感染者の観察による推察からイギリスの医師が見つけ出したと書かれていました。

しかし問題なのは政府の対応である。
新型コロナウイルスに感染したのはある意味不意に交通事故や自然災害に遭遇したような出来事で、自らが十分な注意をしていても、目には見えない、マスクの布を通過する、手指の消毒も完璧ではないのだから、このいう表現以外ないと思いますが、政府は感染者に対して、入院勧告などに従わない場合は刑事罰を課す法律を作ろうとしています。
新型コロナに感染して入院を拒否する者が本当にいるのだろうか?現在でも検査すら受けられず、入院など出来ない状況下でこの法律を作ろうとしている本音の部分は一体何なのかは疑がってかかるべきで、本質を検証しなければならない内容である。
 罪を犯したわけでも無い自国民(自分達の生計の原資を生み出している人達ですよ)に罰を課すとは・・・これでは新型コロナに感染することが罪であるに等しいではないか。
このような事を平気でやろうとする上級国民?に国を任していては日本国が危うい。

 病気と言うことに関しては、井沢元彦氏の逆説の日本史で得た知識ですが、かつて日本国では江戸時代(武士階級に多く将軍までも罹患していたと記載がありました)から「脚気(かっけ)」と言う病が大流行していました(庶民は麦飯を食っていたから病にならず)。
そうです、足を宙ぶらりんにして膝関節の間を小さい木槌のような物で軽く叩くと反応して瞬時に膝が伸びる検査方法がある病です。
現在ではビタミンB1などによる不足が原因で起こる病と判明していますが、当時(明治から大正時代)の陸軍では細菌説にこだわり麦を食せば脚気は治る事実を知りながら、頑として受け入れなかったため、日清戦争・日露戦争における陸軍では戦死者の数より脚気で亡くなった数の方が圧倒的に多かった(その数十万人だったと記載されていたと思います)そうです。
海軍は麦飯を食して脚気を克服したとありましたが、この差は一体何でしょうか?当時の陸軍軍医最高責任者であった森林太郎(森鴎外)の東大閥による権威を守らんが為と記されていたが本当のようで、今から僅か100年前の出来事である。
 今回の新型コロナウイルスによる感染拡大も、もしかすると乳製品を多く食する国と日本でも乳製品を多く食する年代に偏っていることは、事実だと思います。
意外に食生活により、もたらされる体質が感染を引き起こす要因ではないかとの疑問が払拭できませんと言う、かなりしつこい性質を持つ私の異学説を再々度唱えておきます。 
業務が重なり昨年の12月から昨日まで正月を返上して設計を行っていまして更新が遅くなりました。お詫び申し上げます。



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