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建築家 潤 の『独断と偏見』

「酔龍の独り言:その037」

                [ 少子化対策その二 ]

 本文に入る前に少しお伝えしたいことがあります。
今、藤原正彦氏の「日本人の真価」と言う本を読んでいるのですが、その中に面白い一節がありましたのでご紹介してみます。

2020年5月中旬に米外交誌『フォーリン・ポリシー』が、「日本の新型コロナ対策はことごとく見当違いに見えるが、結果的には世界で最も死亡率を低く抑えた国のひとつである。奇妙な成功」と評しました。

オーストラリアのABC放送は「日本は、満員電車、高い高齢化率、罰則なしの緊急事態宣言、低い検査率など、イタリアやニューヨークの二の舞になる全てを揃えていた。封じ込め成功はミステリー」と報じました。英紙ガーティアンは「衛生観念の高さと、ウイルスに対する国民の静かな決意が賞賛される」と書きました(と本の中の記述にあります)。

この文の中で「日本の新型コロナ対策がことごとく見当違い・・・」の下りには思わず笑ってしまいました(政治家と官僚の無知に医師会の狡猾さが揶揄されていますよね)。

さて、それでは前回の続きを書きます。
前回お伝えしたように、かつて日本が持っていた良き社会構造を崩壊させてしまった今、日本の若い夫婦に子沢山への道が残されているのだろうか・・・と考えてみても、現状の政策では否以外の言葉が出てこない。
子供を沢山産んで育てられないと言うことの裏には、多くの理由があると思っていますが、前回に続き今回はその内の二つについて書いて見ました。
一つは「子育てに金が掛かりすぎる」二つ目は「子供が成長した時に、学歴が無い者には職業の選択肢が極めて少ない資格試験制度にある」と考えています。
ただ、現在の日本における社会構造は一見すると、便利で安全で快適に見えていますが、その裏面に隠されている本質の部分にその原因があり、それが複雑に絡み合っているから、これとこれでだから、これさえ直せば小子化の問題は解決しますと言うことが本当に難しいので、それぞれを繋ぎ合わせて推測していただければと思います。
親が子供を産んでも、現状で破綻寸前となっている年金制度や、上がるばかりの税制に加え、負担が増え続けている医療保険などを鑑みると、親としては子供の教育、子供の将来に対して不安ばかりが覆い被さり、心を痛めるようになってしまうので、一人か二人を育てるのが限界であろうと思うことの方が自然の流れではないでしょうか。
 もし将来に希望が持てるような社会構造になるとすれば、親は子供を多く産んで育てる意欲も持てるだろうが、今のところその兆しすら見えてこない。
かつて国民である勤労者が積み立てていた厚生年金基金の莫大な金を使って、官僚が天下り先として多くの施設を造った後に、経営が破綻寸前(民間からは持ち上げられ、国民を見下している輩に事業など出来るわけが無いのに)になったと言いう理由で他企業に土地と建物を二束三文で売却した経緯があるけれど、官僚達は一切の責任を取らずにお構い無しとなっている。このようにして官僚達が国民から金を吸い上げて、都合の良い大義名分をかざして余剰金が生じると使いたい放題使っておきながら大金をドブに捨てた件(これは明らかに事件ですけどね)はこれに限らず今までに数多くあります(厚労省は何十年も前から日本の将来は小子化となり年金制度が破綻することを知っていたのだから、それなら今のうちに使ってしまえ・・・と思ったに違いない)。
このようなことが許される国の制度下では国民に希望が持てる社会であり、信頼できる国であるとは到底思えるはずも無いから、将来が悲観的になっても仕方があるまい。
何故官僚達が国民の金を好き勝手自由に使った上に失敗しても「お咎め」を受けないのかについては「行政のやった仕事の結果に対して上手く行かなかった時に責任を取らせたら、役人が萎縮して十分な仕事が出来なくなるから」だそうです(何かの本で読んだ知識ですが・・・民間企業ではありえないことですけどね)。
しかし、これはなんと恐ろしいことでしょうか、日本一頭脳が優秀だと言われている霞ヶ関の集団が失敗を前提にして仕事をしてよいとの免罪符を与えられているのですからねぇ気楽なことこの上なかろうし、我田引水・牽強(けんきょう)付会(ふかい)・唯我独尊などの言葉は与えられた権利だと腹の中で主張し、朝令暮改などを行っては官僚にとって都合のよい法律ばかりを作り、言葉巧みに法の改正と謳いながら、本質は改悪を平気でやるのだからねぇ、国民が黙して辛抱していることを良いことに、やりたい放題であるが、これを正す機関が日本に無いことが淋しいし、諸悪の根源となっているように思う。
ただ唯一あるとすれば、国会だが政治家達は皆勉強不足で、もし官僚にそっぽを向かれると国会運営が上手く行かないからねぇ、ここには手を付けない、いや付けられないのが本音だろうか(しかし、官僚の人事権は官邸が握るようになったのではなかったかなぁ~)。
このような流れでは、上に立つ者が国や国民のための政治や行政を行っているとは、とても思えなく、逆に国民からは官僚の為に税の搾取をされているような感覚になる。この辺りが是正されれば国民の心に中には役得や不公平感が無くなり本当の意味での安心・安堵感が生まれてきて、将来に対する希望が持てるようになるはずだから自然と子供を多く産んで育てたくもなるように思う(政治家や官僚が信頼に値するようになればの話です)。 

『公務員は刑事事件を犯さなくても、国や国民に対して背任行為に近いことを行えば、必ず責任を取らせる』制度を設けなければ日本の国は良き方向に向かうことは無い。
このことは多くの国民が心の中で思っていることだろうと思うので、文にしてみました。

 子育てするのには金が掛かるだろうから、金をやれば子供を産むだろうと政府は子育て支援金などと言うものを出そうと企んでいるが、所得制限無しに一律に支給するとか、制限を設けるべきだとかで言い争っているようでは、やはり的が外れたことばかりに目が向いていて本質が見えていない証拠であろう。
 国から金を貰うと言うことの意味が判っていないのである。政府は国民全員が乞食だと思っているのではないかと思えるほどで、金を配ることができるのなら最初から各種の税を含めた負担を少なくすれば良いことであって、一旦強制的に召し上げておいてから後になって「恵んでやるから有りがたく思え」では国民の心の中は燻りしこりが残る。
 国民の殆どは自分の力で子を産み育てたいのであって、補助金を貰わなければ子供が産めず育てられない社会だというのは、どこか軸が狂っているとしか思えない。

 文が長くなってしまいましたので「子供が成長した時に、学歴が無い者には職業の選択肢が極めて少ない資格試験制度にある」は次回にさせてください。






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