FC2ブログ

建築家 潤 の『独断と偏見』

政治家とヤクザ

賛同して下さる方はクリックをお願いします→ クリックをお願いします


 表向き立派?と言われている奴と、社会では鼻つまみ者扱いされている職業?である。どちらがそうなのかと聞けば、誰もが同じ答えを出すと思っている。
 
 しかし、それは表層上の答えに過ぎない。
あるとき私の知人(松下電工の系列会社の女性管理職で、私が舌を巻くほどに頭が良く、道理を弁え、女性でこんなすごい人がいるのか・・・と感じた方)がある時こう言った。

「ヤクザと政治家は根本の部分は同じ様なもので、ええ格好はしたいが勉強はしたくないし、女にはもてたいし、その上、金も欲しい」と・・・言われてみればその通りだ・・・と納得した。真摯にこの世を優い活動しておられる政治家の方には大変失礼なことと思うが、全般的にはそうであろうと思うのは私だけではあるまい。

 利権がらみの収賄に始まり、政治資金の集金方法や使途、国政の要職にいる国会議員の交際女性の覚醒剤、使用捜査情報の漏洩問題等で、国会議員から地方議員まで、毎日のように記事に取り上げられない日が無いくらい酷いものである。

まともな政治家なんて本当はいないのではないか?と思いたくなるし、先日も、ある自民党の官房長官が記者会見の場でやたらに横文字を多用して話していたら、記者から「今の意味は日本語で的確な言葉はありませんか?」の質問に何と答えたか、皆さんテレビ見ました?

「いや~なんとなく雰囲気でこんな使い方するでしょう」と言う意味合いの返答だった。質問した記者は立派と言うか、“やたらと横文字を使って話しているけど、本当に意味を分かって言ってるんかいな?”と思って言ったに違いない。よく言った!と思っているし、本来記者の姿勢はこうでなくてはならない。

しかし、聞いた私は米国内のテロ事件の速報映像を見たときよりも驚いた。一国の官房長官の発言の内容は、実は言っている本人すら理解していない事柄であり、それを平気で国民に向いて話しているということの恐ろしさに、この国はこのままではダメだと確信した。

日本国民であり、立派だと思われている政治家が自国の言葉すら満足に使えず、横文字を並べたてて「俺はすごいだろう」と思わせねばならぬほど、心が粗末な人物が国民から選ばれ、国会議員となって、その上自民党の要職に就いているので、中身は聞いている方が恥かしくて笑ってしまうほどおかしいが、平気で無責任な発言が出来る人格が国民の代表の一人であることは、笑い事では済まされない。

 利権と損得だけで、票を投じた国民が悪いのか、質が悪くとも立候補する人物が粗末過ぎなのか、まあ共に同罪であろうが、一つ聞いて欲しい事がある。

政治家は「国のため、国民の為・・・」と表向き声高らかに叫び、自分は悪いことはしていないと思っていながら、“俺は偉いし、議員だ!皆が頭を下げるから許される”と勝手に思い、実はこっそり陰でやっている。(実るほど頭を下げる稲穂かな。李下に冠を正さず。を教わらなかったのだろうか?)

ヤクザは自分たちが悪い事(違法)をしていると、はっきり自覚している。まさかヤクザが国の為国民の為に・・・と覚醒剤を売ったり、人を恐喝したりしているとはとても思えない。

決してヤクザの肩を持つ訳ではないが、人間の質としてはどちらが上等なのであろうか?今一度思考の組み替えを行って考えてみて頂きたいし、これは“形態と本質”の錯覚であると考えている。
“形態と本質”については又後日お話したい。

少し余談を・・・・・

ヤクザの事について少し思うことを書いてみる。
皆さん、三十、四十(年令)になっても、算数(足し算・引き算)も出来ず、文字もろくに書けない人がこの世に少なからずいることを知っていますか。

教育のせいではなく、素質として出来ない能力でこの世に産み出された人・・・(精神薄弱等ではない)。当然雇う会社も無いだろうし、皆さんも友人として進んで親しい仲間に加えることもしないでしょう。

どこにいるかと言うと、土木か建築の現場労務者として働いているか、又はヤクザの組織の中にちゃんと組み込まれて雑用などをやらされているから、人目につかないだけなのです。

コツコツと地味に努力を重ね、勉学に励み、資格も取得し・・・と通常一般的な人はこれに従うが、算数や読み書きは出来ても、コツコツと地道に・・・がどうしても出来ない型の人間(よく観ると程度の問題はあるが、割合に身近にいる)もいて、極度に社会に適応できない場合、ヤクザの組織に入っていく。ヤクザも一つの組織であり、ある意味しっかりと統制がとれていて、一般社会より随分厳しい掟(ちょっとした不注意でも指が落ちる)がある。

 一般社会に適応出来なく産まれてきた人間は、働く場所が与えられないなら悪事を働くこと以外に生き延びる道はないし、国は身障者ではないので面倒は見ない。

野放しにすれば必ず犯罪を犯すようになるが、ヤクザの組織に組み込まれ、礼儀作法を躾けられ、ヤクザの組織に入れば、この種の人間は悪いことには使えない(頭が悪い)から、主として雑用係だと思っているが、生きる場所を与えている。つまり国の代わりに面倒を見てくれている、そういう受け皿になってくれている事も事実として受け止めなければならない。

 ヤクザは元々は博徒だから、博打打ちである。一昔前までは世間でヤクザの賭場が開かれていたようで、負けた客が警察へ駆け込み摘発された新聞記事を今までに沢山見て来た。
負けた客の多くは商店主などで、土地や建物を取り上げられた・・・等の話も聞いたことがあるが、負けた客は自ら進んで好きで賭場に行っていた筈で、強制的に連行され博打をしていた訳ではあるまい。取り上げられたのではなく、自分で捨てたのだ。

民法では賭博そのものが違法であるから、その約束事は無効である・・・。の下りがある。この法文を盾に取って、負けた客は泣きを入れ、ヤクザは摘発される。客は勝った時もあろうが、その時は都合よく黙っているとは随分と利己的ではないか。

ヤクザの方が男らしく、客のほうが卑しく思える私は、やはり非常識であろうか?競輪や競艇、競馬で家畑を失った人の話も沢山聞いた。なぜ警察に駆け込まないのか?美しい競走馬の育成だ、エンジンの開発だ、と、いくら綺麗事の謳い文句を並べても、所詮博打である事に変りはない。であれば、パチンコ屋も非合法の適用をするべきだ。

利権に群がる官僚と政治家の自分勝手な都合と欲の為に国民を犠牲にしている現状は許すべきでない。又、警察も必要以上にヤクザを取り締まるべきではないと思うこともある。
ヤクザにも生きて行く道を残さねば、本当に社会に対し悪い事(弱い者いじめ)をしなければ生きて行けなくなるではないか。現状がそうなってしまっている。

 税金を払えば、賭場を大目に見る程度の事をしてもいいのでは。工夫すれば方法はいくらでも考え出せるだろう。客は好きで行っているんだし、そうでなければ、いくら法律で定められているとは言え、賭場が違法で競輪、競艇、競馬等が合法なら、誰が考えても法がおかしい。

人間の体力を含め全ての能力が一律でない以上、必ず社会からはみ出る者は出てくるから、どんなに警察が躍起になって取り締まっても、こういう組織が無くなる事は無い。

地球を主体で考えて、全ての生き物の中で例えれば、人間がヤクザに等しい。いくら不必要な生き物だと思っても、それは自分勝手な都合判断かも知れないではないか。例えば毒蛇や蚊、蝿などこの世に害をもたらすばかりで良いことは何一つない生物だと考え、全て駆除しても良いと思いがちだが、実は、“この世”ではない“人間にとって”なのであって、地球の生命形態の調和に於いて、私たち人間が無知故に真に存在する意味を未だ理解できていないだけなのであろう。

不要な生き物がこの世に生存している筈はないし、人間の体も雑菌だらけだそうだ。この雑菌全て不要だと取り去れば、人間の体が不調をきたす・・・と、本で読んだ事がある。

※ 真にこの世から駆除しなければならないものは唯一つ。人間の卑しい心である。

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事へのトラックバックURL
http://junblog241224.blog95.fc2.com/tb.php/34-c7b0a05e

 | HOME | 

文字サイズの変更

ブログ内検索

FC2カウンター

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

QRコード

QRコード

プロフィール

潤の『独断と偏見』

Author:潤の『独断と偏見』

カテゴリー

Template by たけやん