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建築家 潤 の『独断と偏見』

「双龍物語:第五章・幼少期」

 何とか病魔から逃れることが出来た潤のその後は、誠が闇市で購入してきた粉ミルクや練乳で母乳の不足を補いながら、すくすくと成長していった。
そして数年後、父親の誠は久賀営業所の所長から課長に昇進し、柳井支店勤務を命じられたので、
取り急ぎ両親と妹五人が住んでいる大畠の家に居を移して同居することにしたのである。
この頃にはもう三歳となっていた潤坊は、同じ村内にあって、お寺が経営している幼稚園(保育園だったかも)に通うことになった。
季節は夏を過ぎ秋になった頃、幼稚園では運動会が催されるが、今と違って当時の小中学校を含む運動会と言えば村内の一大行事で、弁当を作り朝早くから運動場を囲むように筵を敷いて、それぞれの家の陣を構え、爺ちゃん婆ちゃんを始め家族全員が参加するのが一般的で、もうまるで祭りのような騒ぎであった。
運動会が間近に迫った頃、誠は潤坊にと新しいズック(運動靴)を買ってきていた。
真っ白な新しい運動靴で運動会に出してやろうとの親心であるが、日曜日となった運動会当日の朝、新しい靴を出して履かせようとしたところ潤坊は「先生が新しいズックやら運動着を着てきちゃあいけん。いつもと同じものを着て来い言うて言いよったんじゃけぇ、こりゃあいらん」と言って靴を履こうとしなかったと言う。
それでも誠は嫌がる潤坊の足に無理やり新しいズックを履かせて幼稚園へと向かったのである。
半べそとなっていた潤坊は嫌々ながら皆と一緒に運動場に腰を下ろし座ったところ、左右に見える足の靴はいつも通り薄汚れたズックで、自分のズックが真っ白いのに違和感を覚え、心の中で「それみろ!」と自分の言う事を親が聞いてくれなかったことに対しての不満が募った。
運動会の式次が次々と進んで行き、お遊戯が済んで、いよいよ駆けっこの時がやってきた。
しかし、走る順番が来たにも拘らず潤坊は「新しいズックはいけん言うて、先生がそう言うたんじゃけえ走らん」と駄々をこねはじめた。
親と先生が潤坊をなだめるのだけれど頑として受け容れない。
先生は「私が余計な事を言ってしまいましたか・・・」と困惑している中、誠は思い立って自転車に飛び乗り家まで古いズックを取りに戻ったのである。
古いズックに履き替えた潤坊は顔に笑顔が戻り、それは一所懸命走ったそうな。
そのときの記憶はうっすらではあるが残っていて、親は真面目過ぎるのか頑固なのか、やれやれと思ったそうである。
大畠村の大半は漁業と細々とした農業で生計を立てている家庭であったため、先生は余分な出費に対する配慮をしたのだろうと思われるけれども、潤坊にとってはやさしい親の配慮が仇となってしまったようである。

 この頃の滋子は二歳年下で生まれていた次女・栄子と潤坊の世話に掛かり切りの中で、舅・姑・小姑五人との共同生活をする大所帯の中では随分と気を遣いながらの毎日であった為、気持ちの休まるときがないように感じていた。
いくら大きめの家であっても大人七人と学生二人に子供の潤と乳飲み子の栄子を入れて総勢十一人が住むには、やはり窮屈であったのだろう、誠と話し合い、思い切って誠の勤務先のある柳井町へ居を移そうとの結論に至った。
新しい住まいを探していたところ、ちょうど売りに出ていた柳井町の銀天街入り口付近にある店舗付きの住宅(平屋で間口が二間半、奥行きは六間半の面積十六坪余り)を運よく購入することが出来た。
この店舗付き住宅は表に衣料雑貨店が借りて営業しており、店舗の裏に四畳半と一間の土間を挟んでその奥に六畳の畳部屋を持つ建物で、六畳の間は柳井川(満潮時には海水が上がってくる川)に足(石柱)を立てて架けだしした造りとなっているもので、土間からは直接柳井川へ下りて行ける構造になっていた。
ただ便所はあったが風呂が無かったので、親子揃って毎日のように銭湯に通っていた記憶が甦る。
 ただ当時の記憶として鮮明に残っているのが昭和二十九年八月の台風5号(グレイス台風)による恐怖の出来事である。
大量に降った雨で柳井川が増水し、大潮で満潮時期と重なったのであろう家の土間にまで水が上がってきて、川に張り出して造られた六畳の間が今にも浮いて流されそうになったのである。
誠と滋子は子供たちを手前の四畳半の間に避難させて叔母に預け、自分達は膝まで水に浸かりながら六畳の間に置いてある家財道具を運び出そうと懸命に動き回っていた。
濁った水で溢れている土間を行き来する両親を見ながら子供達は家共々両親が川に流されるのではないかの不安と恐怖で「お母ちゃんそっちへ行っちゃあいけん。流されるけぇ!お父ちゃんもこっちへ来んさい!」と泣き叫んでいる内に何とか両親は大事な物だけは運び終えたようで、
全員が四畳半に身を寄せて暫くした頃に土間の水が引き始めたのを見て安心した思い出がある。




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