FC2ブログ

建築家 潤 の『独断と偏見』

「双龍物語:第四章その3」

            四ヵ月
 
 げんのしょうこ 飲んだのが大へんよくきいた様で、お母さんの気のつけ方が悪かった為に腸をこわしてしまってすみませんでしたね。三月二十九日に大畠のお祖母ちゃんが可愛いゝ夜着や、袖なしを縫って持って来て下さいましたよ。

四月四日
 腸がすっかり直って大へんよいお便所でした これですっかり安心しました どうぞ順調に育って行って下さいね。此の頃大へん気元がよくて大きな声でお話をします。三日の日にお父ちゃんがおもちゃを買って帰って下さいました。あなたはしっかり握ってうれしさうにふってゐましたが、すぐお口へ持って行くのですよ。お母さんが今この日記を書いてゐる傍らで あなたは何やら分からぬ言葉でおしゃべりをしてゐました。・・・おとなしくなったのでそっとのぞいてみますと 気持ちよさそうにねんねしてゐます。可愛いこと。
 あなたが始めての子供であるため、お母さんはいろゝとあなたについて研究をしてゆかねばなりませんでした 何分 合ったことがないので 心配が大へん強いのです。(空白は原文のまま)
 暖かくなってのみがいるのに可愛さうです。早く寝台にねんね出来るようにして上げます。

四月八日
 柳井で例祭がある為に帰へりました。あなたの大きくなったのに皆びっくりされました。
どうか順調に育って下さい。もう笑ふときにもこえが出ますし、おじらがいへる様になりましたのよ。

四月廿十七日
 今日は久賀町の回向といふお祭りでしたので、柳井のお祖母ちゃんが来て下さいました。
 又會社のお父ちゃんのお友達がいらっしゃって、潤ちゃんにワンヽとかざぐるまを買って下さいましたよ。

五月五日
 今日は端午のお節句ですよ。あなたの初端午なのよ。
皆よろこんで下さって 金太郎のお人形を二つ立派なのを祝って下さいましたよ。
一つは末沢さんのお家から、も一つは会社の人々からですよ。
又、藤井さんといふ方からね、内のぼりの立派なのを祝って下さいましたよ。
柳井のおぢいちゃんはかぶとのかけぢくをもって来て下さいました。
又ね、大畠のおぢいちゃんはね、澤山に祝って下さって、ちまきや、おこわのご飯をつくって大祝いして下さいました。
空には他家からいただいた大きな〝まごひ〟や〝ひ〟こいがたくさん五月の風を腹一ぱいすいこんで勇ましく泳いでゐます。どうか立派な元気な子供になって下さい。

              五ヵ月
                    初節句親の喜ぶ鯉のぼり
 潤ちゃんの発育は大へん順調です。

五月七日
 御夕飯の時でした お父ちゃんとお母さんはお食事をしてゐました。潤ちゃんはお乳を澤山のんで一人で遊んでいましたが その様子が大へんうれしさうで大きな声を立てゝよろこんでゐました。お食事がすんでお母さんが どうしてゐるかとのぞいてみたら あなたはねかさせられたフトンからとび出て疊の上に出て手足をばたゝさせてよろこんでいるのにびっくりしました。お母さんはお父さんがそんな風にねせられたものと思っていましたが さうではなかったのよ。貴方は大へんな活動性を発揮できる様になったのです。お母さんは大へんうれしく思ひましたね。  
 
五月十日
 運動がはげしくなった為か お乳が不足らしい様に見えましたので練乳を補足してあげました。
 一日、一・二合位、混合榮養児になったのですね。お乳はよく体にふさう様でした よい便でしたよ。

五月十三日
 お父さんが柳井へ出張なさいました。

五月十七日
 大畠の森一家が東京へ行かれるのでお別れに大畠へかへりました。
えどは大きくなって会ふのですから しっかり見おぼえてもらはねばね~。
お祖母ちゃんがおもちゃを買って下さいました。少し風邪気味です。

五月二十日
 少し風邪がひどいので心配しましたが 漸く治り大事に至りませんでよかったね。

五月三十日
 とうとう五月もすんで 潤ちゃんも 丸五ヶ月が迎へられました。順調な発育で結構ですね。

             六ヶ月

六月
 月日の来るのは早いもの、あなたもすくゝと延びて健康です 少しお乳が不足なので哺乳しています。でもよく肥えています。
夕方の赤いお空を見て貴方は手足をばたゝさせてよろこんでゐました たくさんの男の子が遊びつかれてそれぞれ夕餉の家に帰ってゆきます。
でも皆元気いっぱいですよ、はやくあんなになったらね
オシッコもさゝげればよくする様になりましたよ。どうか神様潤坊の上に幸多くお恵みを下さいませ。
◎夕やけを 背にあびながら 帰り行く 子等の顔に 明るき笑顔あり。
◎産褥を はなれて むつきを洗ふ せわしき中に 喜びの深めり。

二十二日
 昨日ころねがへりしそうになってはようせずにもがいていました。
 もう少しよ、ホラと思ふ様になっていましたら、たった一日で今日から、一人でくるっとかへる様になりましたよ。ほんとに不思想なような気が致します 今日からもうかへれるようになりました。一度かへれる様になったら不思議ですね 何回でもかへれる様になるのです。頭をもたげてゐるのがつらくなったのでせう、たゝみにおでこをコツンとぶっつけて休んでゐます。
 お父ちゃんがねがへりが出来る様になって大へんよろこんでいられます。
はやくはへればよいですがね。

三十日
 面白いやうにくる々かへれるようになりましたよ。
座敷中をごろゞころげ廻ってゐるのでちつとも油断出来ませんのよ。今そこにいたかと思って  
ももうあちらの方へ その早いこと、少しも油断のならない様になってしまったので お母さん 
はおんぶしてお仕事をしてゐます。
暑さも加わって来るのできついでせう。あなたに可愛い夏服を縫ってあげました。可愛いです
よ。

           七ヶ月

何時の間にかもう7月よ、いよゝ夏になって暑いね。
潤ちゃんも夏衣にかへりましたよ。

二十三日
 七月の始め頃から少し咳をしてゐましたが どうもきつい様子になりましたので周東病院へ 行きましたが、どうも咳がひどくなり百日咳が流行してゐるので気になって 今度は小野病院へ参りましたら 百日咳と云うことでした。家に遊びに来る子供のがうつったのですね。お母さんの注意が不足だったのです。何卆か許して下さい これからはよく気をつけます。咳をする時はほんとうに可愛い想です。病院へ毎日通って注射をしてもらってゐます。
 二十二日急に熱が出て大騒ぎしました 三八度二分 先生 百日咳の熱と仰言いました。解熱薬や注射を致しました。
 一週間後には平熱となり 又三八度九分になりました。又先生がいらっしゃって下さいました。
  大畠のお祖母さんは歯の生える為ではないかと仰言っています。
◎今日からあなたはいよ々はふ格好が出来て前方の物をつかまふとしてゐます。両手でかいて両足でたゝみをけり面白いようです。
 早くどんゞはへるとよいがね。

二十四日
 夕方から少し熱がありましたが 夜中一時に三九度一分もありお父さん、お母さんびっくりしましたよ。そしてひやしたりすかしたりしてやうやく落着いて休みました。どうも歯の熱でせうか。
 お醫者さんは百日咳の熱と仰言いますが。

二十七日
 朝方から少し熱はありましたが おひるから下つてゐましたが 夕方五時頃から又三九度、七時に四十度と高い熱でした。早速雨の中をお醫者様が見えました。解熱と咳と両方の注射をなさいました。
咳をする時はほんとうにひどいです 傳染性の病気ですがお母さんの注意の足りなかったことを心からおわび致します。
夜中、一時、二時半、三時半、五時に起きましたが だんゞ熱は下がるやうでした。朝八時、六度八分です。

二十九日
 大畠のお祖母さんが心配して見えたが もう今日は平熱でした。
 百日咳で熱の出るのはよくない様です。お祖母様はお不動様の信者ですので、朝早くと夜中と二回〝水ごり〟を取って潤ちゃんの病気のよくなる様にお祈りになりましたよ。
 大体あなたは気嫌のよい子で熱が高くてもあまりむづがりませんでしたが、あまり高い熱の時はやっぱり心配でした。
 お不動様のお陰をいたゞいて大へん輕くなりました。又〝相知百日咳の薬〟と云ふのがよかったのでせう大へんかるくなって ホッと致しました。
でも油断は大敵なので毎日お醫者さまに通っています。

八月十二日
 白石さん

八月十四日
 大畠へ どんゞはふ。

と「滋子の育児禄」は八ヶ月で終わっているので、粗方気が済んだのか、忙しさにかまけて書く時間が取れなくなったのではなかろうかと想像する。
しかしこと、百日咳に関して、当の「滋子」から聞かされた話では「潤」が生まれて数ヶ月が経った頃、近所に住む子供を連れた母親が「お子さんを見せて欲しい」と尋ねて来たようで、応対した「誠」は「滋子」のところへ行き「潤坊を見たいと言って近所の人が尋ねて来ちょるんじゃが、ええじゃろう」と言ったところ「滋子」は「子供が変な咳をしているのが聞こえるから帰ってもらって欲しい」言ったにも拘らず「誠」はもう嬉しさのあまり、「滋子」の言うことなど聞きもしないで、背中に子供を背負い両手に子供の手を引いている女を「潤坊」のところへ案内したのである。
どうやらこれが百日咳に感染した原因のようで、兎にも角にも病気が治るまで三ヶ月(約百日)かかったと言うから本当に百日咳だと思ったと言っていた。
また高熱が三ヶ月も続くので、この子は死んでしまうだろうと思っていたと話していたが、どうやらこの時も二回目の闇に世界からの危機を逃れることが出来たようである。
 
 この育児禄は潤が嫁を貰う時のこと、嫁の家族と同居するため広島に転居することになり、荷物の整理をしていたとき偶然見つけて「へぇ~こんなものを書いていたのかと」と思いながら頁をめくった。
読みながら母が子を想う慈愛の深さと言うか優しさに触れて涙が留めなく溢れてきた。
嫁になる相手にも読ませたがやはり涙した。
そして、この物語に育児禄を書き写している時にも何度となく目頭が潤ってくるのである。
滋子と潤の親子間の個人的愛情というより、男親には解かりようがない母親という性の役割の中にある「母性」とはこいうものなのだろうという事に心が反応し、震えたのである。




ブログランキングに参加しています。賛同して下さる方はクリックをお願いします→ クリックをお願いします


コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事へのトラックバックURL
http://junblog241224.blog95.fc2.com/tb.php/334-bd1f498e

 | HOME | 

文字サイズの変更

ブログ内検索

FC2カウンター

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

QRコード

QRコード

プロフィール

潤の『独断と偏見』

Author:潤の『独断と偏見』

カテゴリー

Template by たけやん