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建築家 潤 の『独断と偏見』

「双龍物語:第二章・帰還 その6」

 瀞子と二人きりになった誠は戦地へ行っている間に家で起こった出来事などを聞いていたが思い出したように「そう言やぁ田畑を買うように手紙と金を送ったが、それはどうなった?」と聞くと、米を研ぎ終えた瀞子は竈に向かつてご飯を炊く支度を始めながら「ここからちょっと上のほうに田んぼと畑を買うちょるんよ。それでお父ちゃんが毎日畑の世話をしよる」と言うので、誠はそれなら何とか食べることに困ることはなかろうと少し安心して「それはどの辺にあるんかいのう」と聞けば「瀬戸に焼き場(露天の火葬場)があるじゃろう、そこから少し西の方で、西村医院のそばの川を上へ上った辺よぉ」と言われて、何となく田畑がある辺りの見当がついた。
それから暫くは親戚の話や親しい人に加えて大本の信者の人達の様子を聞いていたところへ、ヲトミと修子が両手に持った買い物籠から溢れそうなほどの買い足しを済ませて帰ってきた。
帰るなりヲトミは「修子あんたは野菜を洗いんさい。瀞子は人がようけ来るんじゃけぇ膳の支度をしんさい」と言うやいなや直ぐに夕餉の準備に取り掛かり、あたふたと動き始めた。
暫くすると近所の手伝いに出かけていた文子(ふみこ・次女)と幸江(さちえ・三女)も帰ってきて、誠の帰還と失った利き腕のことで、もう大騒ぎとなってしまったが、それを見ていたヲトミは「うるさい!口は動かさんでええけぇ手ぇ動かせ!」と一喝して「幸江おまえは酒を買てこい。三升はいるじゃろうけぇ文子おまえも一緒に行けぇ、それから(金が無いので)附けにしてくれと言え」と指示をだす。
 ヲトミと妹達は祝いの夕餉に向けて漁協から求めた新鮮な瀬戸内の刺身に煮付け、すき焼き・散らし寿司を用意して皆が来るのを待った。
日が落ちかけた頃になると声掛けをした親戚や大本信者・近所の親しい人達がそれぞれ祝いの酒や品物を手にして三々五々集まってきて、ヲトミに「良かったねぇ、よく生きて帰れたもんじゃねぇ、フィリピンじゃったんじゃろう。兎に角長男が無事じゃったんじゃけぇ何よりじゃ何よりじゃ」とこれまでの苦労に対する労いの言葉を掛けてくれた。
最後の招待客は徒歩三十分以上もかかる遠戚の主人で、迎えに言った乙次郎と一緒に帰ってきて、皆が揃い席に着いた。
誠は戦地に赴く前に使っていた背広を着て上座に座り、皆が揃うのを待っていたが、誰も誠の右腕が無いことに気付かず、無事の帰還に対する労いと祝いの言葉を掛けてくれていたところへ、乙次郎が下座に座り「え~本日は突然ではありましたが、お忙しいところ長男誠の帰還の祝いにお集まり頂き有難うございます。粗酒粗肴ではありますが、誠の帰還の祝いをして頂ければあり難いと思います。誠何か言え」と乙次郎が開宴の口火を切る。
 誠は「皆様お忙しいところ私のためにお集まり頂き有難うございます。大変な戦地へ行きましたが、何とか帰って来ることが出来ました。これも皆さんのお陰と感謝しています」と懐かしい顔ぶれを見ながら話し始めたところ感激の余り少し涙声になってしまったのだが、皆が「よぉ帰ってきた。良かったのう」と口々に声を掛けてくれたので、心が楽になったのか戦地での話を少し語ったところで「何とか親不孝をせずに済みました」と締めくくった。
 誠の話が終わったところで乙次郎は寺の住職を名指しして「それじゃあ上川さん、乾杯の音頭をお願いできるかのう」と振ったところ、上川さんは待ち構えていたかのように「え~それでは僭越ではございますが、え~三田家の長男である誠君が戦地より無事に帰還されました。え~先ほどの話では戦地でのご苦労は大変なものであったようですが、こうしてまた誠君の顔が見れたことを何より嬉しく思います。それでは皆さん乾杯しますので、ご唱和お願いします。乾杯!」の声に引き連れられて一斉に「乾杯」「誠ちゃんおめでとう」「「誠さん良かったね」「誠さん何よりじゃ、何よりじゃ」の声で祝いの宴が始まった。

 宴が始まるや否や皆が次々に誠の前に来て酒を勧めるので、余り酒の強くない誠は少し困りながらも酒を注がれる度に一口ほど口に含んでは応対していたのだが、左手で猪口を差し出す誠を見ても誰一人未だ利き腕を失っていることに気付いていないようであった。
やがて、皆が料理を口にし、宴も盛り上がり始めた頃、料理に箸をつけない誠を見ていた乙次郎が誠の前に来て「誠おまえも食え、今日はおまえの祝いじゃ」と料理を勧めに来た。
誠は「う~ん」と言いながら左手で箸を持ちぎこちなく料理を摘もうとした時、誠の背広の右腕がだらりとしたままで袖口から手が出ていないのを見て「誠!お前右腕はどうしたんか。無くしたんか!」と乙次郎が声を荒げた。
その声を聞いた皆は一斉に誠の方を見て、今まで気付かなかったが背広の袖口の先から手が出ていないことに気付き、場は騒然となったが、誠は「黙っていようと思っていた訳じゃあないんじゃが、ちょっと話し辛うてねぇ・・・つい言いそびれちょったんじゃ」と伝えて、利き腕を失った経緯を皆に話し始めた。
話を聞いた皆は「日本兵に撃たれて米軍に助けられたんかぁ~そりゃぁ不思議なことじゃったのぉ~、そんで正夢まで見るようになったとはのぉ~」と言い、大本信者は「そりゃぁ絶対に聖師さんのお陰じゃぁ、利き腕はのうなった(無くした)が、生きて帰れたんじゃけぇ、えかった(良かった)と思わんにゃぁいけんじゃろう」と、それぞれが想いを口にする。
暫くすると騒ぎも落ち着き、利き腕をなくしたことは残念ではあったが、生きて帰れたのだからと皆も喜んでくれた。
誠は「身体髪膚父母よりこれを受く、あえて毀傷せざるは孝の始まりなり」を思うと利き腕を失ったことの後ろめたさは消えなかったけれど、これも定めだと言い聞かせ、死んでいればもっと親不孝であったのだから・・・と心で折り合いをつけて、誠は母ヲトミが作ってくれた懐かしい料理の味を喜び噛み締めながら感謝と共に体に収めていった。
やがて祝いの席はお開きとなり、皆を見送りした後にヲトミと姉妹達が後片付けを始めた姿を見ていた乙次郎は誠の傍にやってきて「誠や、おまえこれからどうするんか?何か考えちょることはあるんか?」と聞いてきたが、誠は「う~ん・・・今は何をしたらええんかがようわからん。取り敢えず落ち着いたら聖師さんのところへ行ってお礼を言おうと思うちょるくらいかのう」と言葉を返すと、乙次郎は「そりゃぁそうじゃのう、まぁこれからのことはまたゆっくり考えようや。今日はもう寝たらええ。あ~それからのう、田んぼと畑はもう買うちょるけぇ心配せんでええけぇ」と誠の行く末を心配しながらぽつりと言い「ほんじゃぁわしはもう寝るけぇの」と二階の寝床へ向かって行った。




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