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建築家 潤 の『独断と偏見』

「双龍物語:第二章・帰還 その5」

 誠を見るなりヲトミは嬉しさの余り「あっ~」と声を上げ裸足で土間に駆け下りて誠の体を抱きしめたが途端、一瞬の間を置いて悲痛な叫び声を上げた「誠の手が無い!誠!手はどうした!」と言いながら、誠の肩を両手で掴んで揺すり始め、小さな両拳で誠の胸を叩いていたが、膝から泣き崩れ落ちてしまった。 
 利き手を失った誠はそのことを告げないまま帰宅した負い目からか「只今帰りました」の言葉も出せず玄関先に立ったことを後悔したが、ヲトミは狂ったように泣き叫ぶばかりで、妹達も誠の姿を見て泣き始めていたのだが、気を取り直して玄関先に行きヲトミの体を抱きかかえて座敷へと連れて上がった。
 ヲトミの心をなだめ、落ち着かせるのには暫くの時間が必要だったが、やがて落ち着きを取り戻して、誠の無事の帰還を喜び「今日は誠が帰ってきたお祝いをせにゃあならん。修子(しゅうこ四女)・瀞子(きよこ・五女)一緒に来い」と妹達を連れて食材を求めに出かけていった。
残された綾子(あやこ・六女・末娘)は「兄ちゃん、疲れただろうから、風呂に入りんさい。疲れが取れるよ」と誠のために風呂を沸かし始め、戦地ではどのような状況であったのか、どうして手を失ったのかを聞いてきたが、誠は「皆が揃った時に話すから、それまで待ってくれ。ただな、それは一口で言えるようなことじゃなくてなぁ、・・・本当に大変だったんだ」とだけ伝え、久し振りの我が家(とは言っても借家である)に帰れた安心感から、仰向けに寝そべり目を閉じて、これまでのことを思い返しているうちに、うとうとと眠ってしまった。
「兄ちゃん、お兄ちゃん!風呂が沸いたけぇ入りんさい。浴衣は出してあるけぇ」と綾子の声で目を醒ました誠は「お~そうか有難とうさん。じゃぁ風呂を貰おうか」と下駄を履いて台所と隣り合わせにある風呂場へと向かった。
綾子が沸かしてくれた五右衛門風呂に身をゆだねながら、誠はとてもフィリピンから生きて帰れるとは思っていなかったが、こうして家に帰れたし家族にも会えたのだと思うと自然と涙が出てきて止まらなくなったけれど、これもあれも全て「聖師さん」のお陰だと改めて思い返し、声を出して天津祝詞(あまつのりと・仏教で言えば経のようなもの)を唱え始めた。
天津祝詞を唱えている途中で何やら外から話声が聞こえてきたので、そちらの方へ少し聞き耳を立てると、どうやら父乙次郎が帰ってきた様子である。
突然風呂場の扉が開いて「誠!おまえ無事だったんか!よお帰ってきてくれた。てっきり死んだと思うちょったんじゃが、そりゃぁ良かった!良かったのう」と懐かしい父の声を聞き、顔が見えた途端、誠は湯船に浸かったままで突然溢れてきた涙と共に「お父ちゃん只今戻りました」と声にならないような声で帰宅の挨拶をした。
乙次郎は直ぐに扉を閉めて「さあ~て、こりやぁ今夜は祝いじゃ!祝いをせにゃぁいけん。ヲトミは何処へ行った。ヲトミは何処か?」と綾子に話しかけると「おかあちゃんはお姉ちゃん達と買い物に行った。兄ちゃんの祝いをするんじゃ言うて」それを聞くなり乙次郎は「そうかそうか、もう買い物に行ったか・・・」と呟きながら座敷に上がり八畳の部屋を熊のようにくるくると回りながら思案を巡らせ「そうか、それじゃあ親類にも言わにゃあいけんのぉ。え~と、それから、あそこと、あすこにも・・・いや、あそこはええか・・・」と言いながら土間に下りて下駄をつっかけ、そそくさと出かけていった。
 誠は体を洗って風呂から出てきたが、肩まで湯船に浸かっていたせいで、乙次郎は誠が利き腕を失っていることにまだ気付いていないし、綾子もそのことを伝える余裕もなかったようだから、祝いの席を思うと憂鬱な気分になったが、今更どのように願っても手が生えてくるわけでもなく、どうにもならないと腹を括って夕餉の時を待つことにした。
 暫くしてヲトミと妹達が買い物から帰ってきて「ただいま、お兄ちゃん、今日は大ご馳走よ!お母ちゃんがねぇ、お兄ちゃんが帰ってきた祝いじゃけぇ奮発するんじゃ言うて、特別に牛と鳥と卵とねぇ・・・」と嬉しそうに伝えてくれる。
 綾子は「お母ちゃんが出た後でお父ちゃんが帰ってきて、お兄ちゃんが帰ってきた祝いをするんじゃ言うて、親戚の家とかを呼びに行ったよ」とヲトミに言うと、ヲトミは「それじゃあ足らんわぁ、こりゃあもうちょっと、ようけ(もっと沢山)買い物して来にゃあいけん、修子、もう一回行こう、瀞子あんたはご飯の支度をしよりんさい」と言いながら、あたふたと買い足しに出かけていった。




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