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建築家 潤 の『独断と偏見』

「酔龍の独り言:その010」

 新型コロナウイルスによる緊急事態宣言が4月7日に発令されて一月半が経とうとしているところへ、感染者数が減少傾向にある県への緊急事態宣言がやっと解除された。
街中を歩けば・・・電車・バスに乗れば乗客の全てがマスク姿で、マスクを着用していなければ、まるで犯罪者のような目線で見られる異様な社会が出現している。
前回の「酔龍の独り言:その009」でマスクの効果や有効性について述べましたが、今日の日本に於いて毎日約1億人がマスク姿を呈している情況は常軌を逸している様に思えてならない。
 そもそも何故マスクなのかを考えてみると、新型コロナウイルスにうつらない・うつさないと言うことなのだろうが、相手は自然の産物?なので避けようとしても、これには限界がある。
解かり易く言えば、台風・津波・火山の噴火・大地震も自然であり、これらは数百億年前から地球上で繰り返されて来ていることは皆様もご存知のことと思いますし、各種のウイルスも同じ様に地上に棲息している人間を含む動物に寄生して進化を繰り返しながら存在してきたようだと言われています。
顕微鏡のお陰で病原細菌が発見されて百六十年余、電子顕微鏡が出来てやっとはっきりとしたウイルスの存在と病気の因果関係が発見されてから高々百年に満たない数十年程度であろうかと思われる。
 これまでに、他のウイルスであるオタフク風邪や風疹・麻疹など大人へ成長するためへの関所としてほぼ全員が罹患し、長く人類と共存してきた歴史があるが、致死率はゼロではなかったけれどかなり低かったとのではないかと思っています。
では今回の新型ウイルスの致死率(死者数710人)はと言えば、昨年12月から今年の5月までの感染者数5054名(1年換算すれば11,020名)から割り出すと14%程度のようであるから、感染者の致死率は決して低いとは言えないと思うが、一方日本における昨年度の自殺者数は過去最低となっていても2万人いて、コロナ感染死亡者数を1年換算してみると1,550名となるので、なんと13倍近い人が死んでいることになるし、交通事故の死者数は3,215人で、これもコロナ死者数の倍以上となっている。
交通事故に遭い負傷した人の数は46万715名でコロナに感染した人数の何と42倍近い割合である。
自殺者は自らが死を選んでいるため比較対象にはならないかもしれないが、交通事故は自らが望んで遭っている訳ではなく、注意を払いながらも遭遇してしまっているのだから、コロナ感染と同じであるとも言える。
感染するウイルスと交通事故を同じ土俵に上げて論じるなと言われそうだが、これを自然界が人を間引く手法の一つだと捉えれば本質的には変わりはないと思えるのですねぇ。
何故この様なことを言うのかといえば、自殺者・交通事故死者の数の方が遙か多いのにも拘らず、こちらは余り問題にせず、何故新型コロナばかりを騒ぐのかと言うことにある。
騒ぎ過ぎる余り緊急事態宣言などを発したものだから、外出自粛で子供は親から「外に出てはいけないのだからTVゲームでもしていなさい」と言う。
この間までは「TVゲームなど止めて勉強しなさい」と言われていたのに、大人の身勝手さは一体何なのだと思ったことだろうし、景気対策で金を使え、金を使えと言っていた政府が外に出るな、飲食するな(金を使うな)と言い始めたのだから、さて良く似た話ではないでしょうか。
しかしここまで日常生活や経済を冷やすどころか冷凍にしてしまっては、もう直ぐに元のような状態には戻れまい。
小さな商店や飲食店などは廃業に追い込まれ、やがてコロナ倒産やコロナ自殺者が増えてきて、感染死亡者の数を上回るようなことになったら、本末転倒な政策であったと笑われそうであるが、そうなりそうな気配が既に漂ってきている。
日本の税法は税先取りの酷税となっていて、事業者に金銭的な余様を持たさないから、この様な事態に遭遇すれば事業者はひとたまりもない。
僅かばかりの金額を支給して貰っても大火のコップ水で、どれほどの役に立とうかと思うばかりであるし、これは国民の借金となるのだから何と言えばよいのかねぇ。
天下り先に垂れ流す莫大な金額と無駄とも思える部分がある高額な議員報酬・大企業並みに優遇されていても市民の為には働かない公務員の待遇に加え特定の業者にのみに工事などを発注する仕組みこそコロナ以上に国民を苦しめていることを当然の権利としている間は「国民の為・市民のために働いている」とは言うな!と言いたいし、この金を国民に還元していればこの様な事態が起こっても何とか持ちこたえる事も出来たであろうに。
しかし、私にとって良いこともありまして、それは新聞の折り込み広告が毎回1・2枚になったので処分が楽になったことでしょうか。

話を元に戻しますと、過去のことを言えばコレラなどの病原細菌の致死率の方が遙かに高かったけれども、現在では病原細菌による病は科学と化学の発達により殆ど克服してしまい、月に行って帰れるほどの技術力を持つ様になったものだから、人間が思い上がってしまい、何でも出来るし世の中全てが安全で安心なのだと錯覚しているだけである。
確かに化学や科学の力である程度の自然を克服することは出来たが、如何に化学や科学が発達しても自然に逆らうことは出来ないことへの自覚を失くした悲劇であろう。
その証は津波・洪水・ガケ崩れ・大地震よる建物崩壊などで多くの死傷者を出したのは記憶に新しい、つい最近のことですよ。
そしていつも言われることが「想定外でした」であるが、想定外の事を起こすのが自然であることを忘れているのである。
75年前に終結した大東亜戦争で死亡した数は300万人を超えるが、それでも日本は滅びなかったではないか。
決して人命を軽視しているわけではなくて、人が自然と共に共存して行く中では今回のようなことが起こること事態が自然なのだから、過度に騒いだり過剰な反応をしてはいけないと思うだけである。
どのように注意しても気を配っていても人は病に罹るときは罹るし、死ぬ時には死ぬ。
病になりたいと願ってみてもなれない、死にたいと望んでみても死ねないのが人であり、地上の生きとし生けるもの全ての定めである。
それは命そのものが自然であるからに他ならないのだから、人は覚悟と自覚を持って生かされている間の生を全うする以外に道は無いということである。
取り留めの無い文になってしまいましたが、十億単位の金銭を使ったと言われているアベノマスクの2枚が未だ届きませんし、たった2枚で何日持たすのだろうか・・・。
そう言う私はマスク1枚を1週間使い回していますが、何ら不自由も異変も感じません。
 もう一つおまけに異学説を唱えてみます。
欧米での感染者はアジアに比べると圧倒的に多いようであるから、その差は何によるものだろうと考えてみた。
日本でも人口が集中している大都市に感染者が多いのも事実で、比率から捉えればある意味当然と思われるが、北海道を除く山陰側に感染者が少ない(人口も少ない)のと、岩手県は感染者が一人もいないのは何故だろう・・・と素朴な疑問が湧いた。
世界的に見ても性別・血液型による感染者の比率を調査し発表しているところはないようだから、関連性は薄いのかもしれないが、そこで、異学説です。
感染者が多い欧米や日本の大都市では「乳製品の発酵食品を食する人が多い」方や山陰地方などでは「野菜・魚貝類の発酵食品を食する人が多い」この食習慣による体質と関連しているということは無いのだろうか?チーズやバターなどを日常的に食している人の体質は新型コロナウイルスに好まれ、漬物や味噌・醤油などを好んで食している人の体質は新型コロナウイルスに嫌われるのではなかろうかと思いましたが、何の根拠もありません。

反社会的思考に近い酔った龍の戯言になってしまったかも・・・お気に触ればお許しあれ。




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