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建築家 潤 の『独断と偏見』

「酔龍の独り言:その008」

先月の1月30日のこと、30年前に一緒に仕事をしていた方からの年賀状が来ていなかったので、入院でもしているのでは・・・と少し気に掛かっていたものだから思い立って電話をしてみたところ、本人が出て「あ~潤さん、久し振り。年賀状を貰っていましたね・・・」とスマホの向こうから元気そうな声がするではないか。
取り敢えず病気や怪我をしていたわけではなかったのだと安堵し、少し雑談をしていた後
「潤さん飯食いに行きましょう」と言うので「あ~良いねえ」と快く返事をして予定の入って無い日を選んで日時を決め電話を切った。
 会食の当日彼が18:00過ぎに事務所を訪れてくれ、馴染みの店があるからそこに行きましょうと言う事で一緒に出かけた。
彼の案内に従って馴染みだと言う居酒屋風の店へと向かい、久し振りの再会に祝杯を挙げて、歓談していたのだが、酒が入って少し悪ふざけが過ぎたのか、横に座っていた彼が私の肩を少し押したところ、高い椅子に座っていた私は均衡を失い椅子ごと真横に倒れ込んでしまった。
倒れ込んだときは何事もなかったのだが、起き上がろうとした時に足を滑らして、椅子の背もたれの部分で胸の左側面辺りを打ち、少し痛いな との感じがしたけれど酒が入っているせいもあり、大して気にもせずにそのまま飲食を続けた。
少し時間も経ち、酒と料理でお腹も満腹に近くなった頃「潤さん、もう一軒行きましょう」と言うので「いいねぇ~行きましょうか」と又もや快く返事をして、次は私の馴染みの店へと案内して二時間余り飲んだろうか・・・「もう一時になるから帰りましょう」と店を出てタクシーを捕まえ家路に着いた。
翌朝のこと目が覚めてベッドから起き上がろうとした時のこと、左胸の肋骨部分に急激な痛みが走った。
「あれっ何故?あっあの時に転んだせいで肋骨が折れたのかも・・・」と記憶が甦り、痛い思いをしながら朝食を済ませて支度を整え会社に出かけた。
 当日は10:30に約束事があって、依頼者と共に司法書士事務所を訪ね、打ち合わせを終えた後に直ぐタクシーを拾って市内の外科行院へと足を運んで診察を受けた。
レントゲンを撮り写真を見せて貰うと7番目の肋骨が折れていると言われ「折れ方と折れた場所が良いので?三週間もすれば治るでしょう」とのことであったが、胸に湿布薬のようなものを貼った程度でそれ以外は特別な治療もなく、ただコルセットを胸に宛がうだけの処置で終わりました。
その後は「咳」と「くしゃみ」に悩ませられながらの日々を過ごしています。
「咳」が出ると300ボルト「くしゃみ」が出ると500ボルト位と思われるような電圧の衝撃に近い痛みが胸の横辺りへと伝わり突き刺さるような感覚に襲われる。
やれやれ、七十年間生かされて来て初めての骨折が肋骨か・・・と、この起こった出来事を避けることが可能な状況があったのか、なかったのかを思い出しながら振り返ってみた。
しかし、飲食に誘われたことを断る以外に、いずれかの選択肢があったとしても、避けられなかったのだと自覚した(電話を入れたのは私の方であり、飲食の日も予定のない日を選んだのも私だからねぇ)。
つまりこの日は私が生まれ出でた時に持って出た私の人生の脚本に骨折をする日と決められていた日であり、その予定に従って骨折したという以外の何ものでもない事柄であると納得して痛みに耐えているが、なに高々後三週間の辛抱だ。

 今日は先日テレビのニュースで見た内容が、ひねくれ者の私の心に少し引っ掛かったのでそのことをお伝えしてみたいと思います。
平成十年に台風10号が中国地方を襲い岡山県にも大きな水害が起こったときのこと、津山市の牧場で飼育されていた子牛が何頭も濁流に飲まれ流されたが、その内の一頭(生後六ヶ月)が90㎞ 離れた瀬戸内海の離島(黄島)に漂着していたそうである。
その約一週間後にこの子牛が発見されると行政を含めて報道者達は「奇跡の牛・元気君」と名づけて飼育されていた牧場とは別の場所で育てられ市民から愛され、惜しまれながら令和2年1月14日に天寿を全うしたということであった。
齢21歳(人間に換算すれば100歳を超える)で死因は老衰と言うことであった。
 何故発見された後に元の牧場に戻さず別の場所で育てられたかについては、その牧場は食肉用に子牛を飼育している牧場だから、そこで育てるわけにはゆかないという事になって、食肉にしないのであれば、観光用?として別の施設で育てようと言う事になったに違いない。
本来であれば数年後には屠殺場に送られて、これまでに奇跡の牛にあやかろうと見学に来ていた人達の胃袋にも入っていたかもしれないのだがねぇ。
さて、この子牛は屠殺場に送られての天寿が良かったのか、飼育されて21年間生かされた天寿が良かったのかについては(丑年生まれの私でも)牛ではないから解かりようがないけれども、余りにも勝手の良い人間の都合に少し違和感を覚えていると言うことです。
 子供の頃に見た映画「十戒」では神の子「モーゼ」を主人公にした物語の中に愚かな民が「金の牛」を作り偶像として崇め神の怒りを買った場面があったように記憶している。
もしかすると今回は「生きた子牛」を偶像化(商品化)したのではあるまいかとの疑念が湧いてしまったのです(愚かな民の表現は映画の中での話をしただけで、念のため申し添えます)。
昭和の30年代の頃まで「牛」は農作業などの労力の担い手として人と共に生活をしていて、個室?まで与えられ、人は牛もわが子のように慈しみ大事に育てていた。
その牛が病か老衰かで死んだ後は食用にしたのか肥料として使ったのかは知る由もないけれど、人と共に生活をしていた頃の牛は幸せであったのではなかろうかと想像する。
牛の労力が耕運機やトラクターに取って代わられてからは、乳牛(雌のみ)は乳を搾るために生かされ、黒毛和牛は食肉用へと用途を変換させられてしまった。
つまり、現在の黒毛和牛は一部闘牛としての用途を除けば殆どが食肉用としてこの世に生まれさせられる訳である。
牛に限らず競走馬を除いた馬も鶏・豚など全てが育てられた数年後には食用とされるその宿命から逃げられない定めを負ってこの世に生を受ける。
人は牛・馬・豚・鶏を殺してまで食べなくとも生きてゆける生き物であるにも拘らず、これら生き物の生殺の与奪権を行使してまでの傲慢さは如何なものであろうかと心が痛む。
それも高々「美味しさ」の追求から始まったものが多いのだから本当に人間の「欲」とは始末が悪い。
 キリスト教では「牛・羊」は人間が食用とするために神が与えた生き物であるとの話を聞いているが「十戒」での話の内容が本当であれば「金の牛」がもし「金の鯨」であったなら神の怒りを買うことはなかったのであろうか?との冗談交じりの疑問が生じる。
取り留めの無い内容になってしまいましたが、牛や馬の限らずこの世の全ての生きとし生けるものは「感情」を持っていることを知っている人は少ないであろう。
例え虫けらと言え「感情」はあるのだが、残念ながら人にはその声が届かないが故に無視されているだけである。
その声が人に届けば人は食用として牛・馬・羊・鶏などを食用目的だけに飼育することはなかったのではないかと思うばかりである。
このようなことを言う私でも黒毛和牛は食べるし宮崎地鶏は大好きな食べ物である。
ただ願わくは、生きている間はその鳥の卵を頂き、その鳥が天寿を全うして後に、その肉を戴くのが自然な生き方であろうかと信じているだけある。
でも労働力として使うことが出来なくなった黒毛和牛はどうする?の疑問に対する答えがない訳でもないのだが、現実的ではないので、残念ながら科学の発達が生んだ悲哀として片付ける以外にないのかも知れません。
 これを言うからいけないのは解かっているのですが、言いたくなるのが私の悪い癖で、「奇跡」を言うなら、若い方はご存じなかろうと思うけれど昔「坂本九」と言う歌手がいまして「上を向いて歩こう」の大ヒット曲(アメリカでのそのレコード名はスキヤキとして発売され大ヒットとなった)を歌った戦後の復興期を代表するような素朴な感じがする青年であったが、惜しいことに飛行機事故でなくなってしまった。
飛行機が墜落した山の名は「御巣鷹山の山頂」だと記憶しているので、インターネットで検索すればこの事故ことが詳しく出ていると思います。
亡くなられた多くの乗客に中でただ一人怪我を負いながらも助かった方(女子中学生だったか高校生だったか)がいました。
当時は同じく「奇跡」と言われていましたがマスコミに出ることを拒み続けていたとの記憶もあり、きっと未だご存命だと思いっています。
人を含め生きとし生けるものの生死は天(自然界)が定めるもの、この世に生まれ出でた時に死ぬ日と死に方まで決まっていると捉えた方が良く、つまり「奇跡」ではなく「定め」に従わされただけと捉えると全て(不幸な事故や奇跡と言われること)が解決します。
信じるも信じないもその方の価値観人生観に拠りますが、数秒の差や乗り物の座る位置で
生死が分かれている状況を見ればご納得頂けませんでしょうか。
尤も易学の大家や霊能力の優れた方にはある程度判るようですけれど。
雑学の一つとして捉えて下さい。
 「双龍物語」も校正を加えながら時間のある時を使って書き続けています。
次回は「双龍物語」の続きを掲載します。



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