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建築家 潤 の『独断と偏見』

「ちょっと一息の16」

 韓国で修学旅行の生徒を乗せた船が沈没し、多数の犠牲者と行方不明者を出している。
実は日本でも同じような事故が昭和三十年にあった。
私がまだ小学生で低学年の頃ではあるが、うっすらと記憶があったので当時の事故のことを調べてみた。
 船名は「紫雲丸」で当時の宇高連絡船(岡山県宇野港と香川県高松港を結ぶ)である。
事故が起こったのだから、それには必ず人による過失か何らかの原因があるはずだが、今回の事故と共通している原因の一つは共に「濃霧」によるものだ。
自然が起こす現象を甘く見た結果や、慣れによる過信もあったのであろうと想像するが、私のブログは事故の原因や究明ではなく、別な視点で捉えての話である。
 韓国で起きた事故の船長はいち早く救助船に避難したそうだが「紫雲丸」の船長は退船勧告を拒否し、船と共に運命を一にしている。
また、紫雲丸乗組員の懸命な浸水防止活動や救助活動に加え、修学旅行を引率していた教員の中には一旦別な船に避難しながらも教え子の救助に向かう為に再び紫雲丸に戻り一命を落とした方までいるのだ。
今から約六十年前の出来事ではあるが、当時の日本人の持つ志と責任感の強さに敬服する。
しかし、現在欧米思考と化した日本で、もし同じような事故が起きたらどのような結果となるのであろうか・・・。
 それにしても、韓国の若い女性乗務員は自身が泳げないにも拘らず、救命胴衣を子供たちに配り続け一命を落としたことは気の毒でならないが、このような気高き人物が韓国にいることは人類の誇りでもある。
人間という生き物は土壇場になるとその人物の本性が顕わになるもので、幾ら能力の差があるとは言え、
高給を食んでいた船長と薄給であったと思われる女性乗務員のことを思うと胸が痛むし、この世の不公平を嘆かずにはいられない。
加えて、この遭難海域には急げば日本から数時間で到着できる距離だ、日本の救援要請を断った韓国政府の対応にも疑問が残る。
現場での指揮系統や船舶の混雑を回避したかったのであろうとは思うが、この様な国に日本が非難されてはかなわない。
いずれの国においても国民の中には立派な人物がいるのに、為政者たちはそうでもないようですね。

 今日はもう一つ明治時代の古い話になるが、田中正造(今年で没後百年になります)の記述の一部をご紹介してみたい「田中正造文集(岩波文庫)」。
「真の文明は山を荒らさず、川を荒らさず、村を破らず、人を殺さざるべし」とあり、「古来の文明を野蛮に回らす。今文明は虚偽虚飾なり、私欲なり、露骨的強盗なり」と唱え、地位や財産を投げ打ち国会議員を辞職してまで、足尾銅山の公害で苦しむ人達と共に政府と企業を相手に戦った人物である。
100年も前に述べられた言葉であるにも拘らず「  」内の言葉は今も歴然と的を射ていると思われ、当時欧米の植民地政策に対抗するためであったとは言え、富国強兵の名の下に行われた多くの政策事業や軍需産業の育成は恐らく今の中国と同じような状況下だったのだろう。
歴史的な事実背景から鑑みると、何が正しいとか誤りであるとかは無いようで、ただ凡人は時代と言う流れに逆らえないが故に、為政者はその舵取りを決して誤ってはならないものなのだ。
以前このブログで紹介した「出光 佐三」や、今回の「田中 正造」氏の先見の明に耳を傾けよ!百年も前に述べられた言葉が今でもピタリと当て嵌まるではないか!目を醒ませよ為政者たち。
 5千万円や8億円の野郎共(まだ表に出ていない奴等がどれほどいるか不明だが)恥ずかしくはないのか!と思うけれど、今の日本で生活していれば、自分の権利の主張が社会的意義や正義感に勝るのだから全くお粗末な国に成り果てたものだ。

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