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建築家 潤 の『独断と偏見』

雑感その155 「窮屈になった日本:その44:覚悟の六」

       
 現在、鉄筋コンクリートの住宅の実施設計中で幼稚園の建て替え計画図の作成は一段落しはものの、まだ診療所の開設の準備を抱えていて、とても忙しく・・・更新を早く・・・と思いながら・・・気が付けば広告を貼られていましたので、取り急ぎ更新します。

 NHK朝の連続ドラマ「純と愛」は既に佳境を過ぎて、皆が望んでいるであろう 幸せな結末へと向かっているように思っていますが、このドラマの佳境は一体どの辺りだったのだろう・・・勤め先のホテルが火事に遭遇した辺りか?それとも「愛」の家族が一つになりそうな今の状態なのだろうか?と余計なことを感じている私なのです。

 まあそれはそれとして、職業柄でしょうか・・・一般の視聴者の方が考えてもみない様なことを、更に考えてしまいました。
それは何かと言いますと、主人公の二人が沖縄に開設準備中のホテルについてです。
話の流れでは知り合いになった服装デザイナーが所有している別荘を借り受け、その別荘をホテル[魔法の国]に改築して営業を開始する方向で進んでいる。

 建築基準法では「別荘」は「(個人)住宅」と同じ扱いで「ホテル」は「旅館」の部類に入ります。
同法では「用途を変更(住宅からホテル)」する場合、安全性などを考慮してのことだろうと思っていますが、用途変更の手続き(確認申請)が必要になりますし、消防署長の同意も必要で、更に旅館業法による営業許可もいるのです。
別荘の構造(木造・鉄骨造・鉄筋コンクリート造)や延べ面積によっては開設できないことも想像されるのだが、この様なとても煩わしいことには一切触れないで、いとも簡単にホテルが開業できるような扱をし、不足している開業資金も「もやい」で解決したことになっていて、とてもその程度の金額(渡された封筒の厚みから判断)で改装出来るものではなかろう・・・と魔法の国ならず魔法でも使わなければ出来そうにない現実離れした話の進め方にガッカリしてしまいました。
ドラマだから許されると言うことなのであろうが、いくらドラマとは言え、時代劇や空想科学の世界ではなく時代背景に現代を使っているので問題ありと感じました。

 尤も原作者や脚本家自身が建築基準法やその他の法を知らないのだろうからこのような話の進め方をしているのであろうと想像するが、何事も「簡単に出来る」と思わせるような錯覚を起こさせる現在の風潮は有り難くない。 
 この世で「何かを成す」為には、膨大な知識の集積を持ち、長年に渡る経験を積んだ多くの人達による目に見えない苦労や努力無くしては成らないものです。
現在はその様な人を育てる環境を捨て、薄っぺらな社会を持て囃す傾向が顕著に見られると感じているのは私だけであろうか。
経済効率を優先するあまり、あらゆる技と技能を持つ職人を否定し、工業化へ突き進めた結果が今ここに欧米と同じ軽薄な社会を出現させている。

 機械のラインについている人の仕事内容は数日で覚えられる程度のものと想像しているが、職人はそうは行かない。
一つの仕事で十年以上の「辛抱」をし「努力」を続けながら「経験」を積まなくてはならない世界で、朝早くから夜遅くまでの修行が始まり、失敗を繰り返しながらその間「怒鳴られ」「怒られ」「蹴つり飛ばされたり」は当たり前である。
それを通じて人は自分自身と向き合って「反省し」「考え」「学び」「不足を補い」成長する。

「学問に王道なし」と同じであるが、今の社会は時間をかけて人を育てる環境を奪い、軽薄な社会で良しと政官が先導し、大企業が追随している上、報道者達の無知と品性の不足から世界に誇った日本の文化は後進して行く一歩通行の有様となっている。

 大企業は資金力と知名度に胡坐をかき、実務の殆どを協力業者である中小零細企業に委託しているのが現状である。
だから、大企業には実務が出来る者が殆どいないくせに(悪く言えば自分達だけでは仕事にならない)、手柄や利益は自分達のもので、失敗?は全て協力業者のせいにする。
その上、大企業の勤め人は役人と同じで、あらゆる過保護法で守られているから能力人格共に育たないし、教育は自己防衛の為のマニュアル一辺倒だから、人を育てる環境をも無くしてしまっている。
厳しさを知らないままでは、自己都合の独りよがりを主張するのみで、人が人として社会で関わり合いながらの生活は送れない。

 日本社会の中身はこのような有様なのに、表向きは立派に見せているのだから、あらゆる場所に歪みが出て来て当たり前である。
これを窮屈と言わずして何と言えば良いのか・・・と常々言っているのです。

朝の連ドラについてはもう一つ可笑しな表現をしていますので、ついでに話せば、
愛には「人の本性のようなものが見える」と会話の中で出てくるのですが、これは大きな誤りで状況から言えば「人の本音が見える(聞こえる)」が正しい。
当人の今考えていることが読み取れるのだからこう言わなければおかしいのです。
人の本性は「(絶滅種を含めた)動植物や虫」など人間以外の全ての生き物ですが、見えない方には説明が出来ませんので、詳細の説明は省きます。

 最後に私の六番目の覚悟をお伝えします。

  座右の銘と言った方が良いかも知れませんが「驕らず謙らず」を守っています。
誤解の無きよう「謙らず」は「諂う」の意味です。

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