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建築家 潤 の『独断と偏見』

「復活 くたばれ建築基準法:追録の12」

 4月14日に起きた地震は10日余りで震度1以上の地震回数が900回を越え1千回に迫ろうとしていて、一向に治まる兆しを見せないまま九州を揺らし続けている。
このような中において、被災者の方々は十分な支援も受けられず、苦痛の日々がまだまだ続く様子なので本当に気の毒でならない。
 ここでちょっと思い出して頂きたい事があります。
本ブログの 雑感その176「窮屈になった日本~その66」今年の1月12日に更新した時のもので血液製剤の不正を起した化血研究所の事を書きましたが、その時の内容を一部抜粋します「・・・熊本県を今までに起きた事がないような大地震が襲わない保障は無いし、・・・」この施設でなければ製造することができない命に係る薬が八種類もあるそうだが、この研究所に被害は無かったのであろうか?命に係る薬の製造は震災後も続けられているのだろうか。
また報道者達は何故この件を報道しないのだろう・・・僅か数ヶ月前にあれほど社会を騒がせた事柄である。
もし薬品の製造が中断しているようであれば政治家と官僚の不明に対して、先見の明の無さと危機管理能力の低さを徹底的に責任追及しなければならないことだと思うが・・・。
私のような一介の貧乏で無能な上、何ら権限のない建築士が思いつく事柄(日本で一箇所しか製造できない命に係る薬製造の代替が出来ない恐ろしさ)なのだから、高学歴を誇り、高給を貪っている彼等が出来ないのは可笑しいだろう。

 また道路や橋に加え鉄道までもが壊れて交通網がズタズタにされた震災直後に於いて、被災者の緊急支援に役立ったのは、やはり空飛ぶ乗り物で滑走路が不要なヘリコプターであったが、今回在日米軍は岩国基地からオスプレイを出動させて支援の一環を担ったとか・・・以前にあれほど日本中を騒がした上、毛嫌いした乗り物なのに、それに関して詫びや感謝の報道を聞いていない。
人が造る物に完璧なものは無いのが当たり前である。
人間だって完璧でないし、人間を創ったとされている神までもが完璧ではない。
何故なら若し神が全知全能であるならば、このような不完全な「人」を創るわけがない。
この森羅万象の一部であるこの世の中は程度差こそあれ、全て良き部分(長所)と悪しき部分(短所)の両方を持った人間を含む動物や物質で構成されているものだから、少し位短所を持っているからといって毛嫌いするものではない。
若し、今回の震災でオスプレイが運んできた救援物資を受け取った人の中に、オスプレイ配備反対の旗を振っていた人がいたら・・・もうこれはイソップ物語だね。

 政府は特別補正予算を組んで復興支援に向けた準備をしているとか・・・。
これほど地震や津波に拠る災害が頻発する日本において特別補正予算を今から組むんだと!平時から予算くらい組んでおくべきじゃないですかねぇ~。
国家予算は家庭で言えば家計簿の予算組みと一緒である。
壊れた道路や橋などを復旧するだけでも莫大な財源が必要になるというに、有事に間に合わないような国の仕組みは、いち早く法を改正するべきではないでしょうか。
尤も官僚の天下り先である特殊法人などを一掃すれば、特別な予算組など必要なかろうと思うし、消費税の値上げも必要ないのでは・・・。
しかし、本半壊した建物は六千棟にも及ぶと言うから、建設会社と建材会社はまた特需が生まれることになろうが、基本的に家を建替えても地震に強い建物を建築基準法以上の感性で設計できる者が行わなければ同じ事の繰り返しが起こるであろうし、なにより人が驕った心を捨てて、自然の中に生かされていると言う自覚を持つ事であろう。
そうなれば、不平や不満を口にすることなく感謝の気持ちが生じてきて、高層や超高層の建築物を造らなくすむようになる。
人の小賢しい英知など自然に力に対しては何ら役に立つものではない。


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「復活 くたばれ建築基準法:追録の11」

 ブログの更新はもう少し後にして・・・と思っていたところ、熊本に大震災が起きた。
今回何故熊本をやったのかについては私も良く判らないところで、やるのなら鹿児島か宮崎だろうと思っていた(地球も生命体で地震や火山を司る火の龍の仕業である。尤も人の目には見えない別世界の事だから証明することはできませんが・・・)。
 さて、次元の違う世界の事は置いておいて、14日熊本に震度7の地震が起きたので、非常に大きな被害が出ていると想像していたけれど、TVのニュース映像を見る限りでは震度7であった割には大きな被害だとは思えなかった。
阪神淡路大震災の教訓(この時に基準法が大きく改正された訳ではないのだが)を踏まえて建築基準法を少し見直しかけていたところ、16日に震度6強の揺れが再び熊本を襲って甚大な被害を生じていた。
14日に起きた震度7の地震では携帯電話の緊急地震速報メールは来なかったけれど、16日の震度6強の地震では真夜中にメールがけたたましく鳴って目が覚め、直ぐにTVの速報を見たのだが、深夜の事なので被害の状況が詳しく伝えられず、翌朝になって判明した被害は目を覆いたくなる状況であった。
震度7の方が被害の大きさから考えると甚大であるはずなのに地震緊急速報メールは届かず、震度6強で地震緊急速報メールが届き、被害は震度7より大きい結果を呈していた。
数値だけから判断すれば何か不思議な気がするので、どこかに震度だけでは判別できない何かがあるのだろう(地震の縦波・横波・地質などの違いに拠る複雑で人智では解明できないような揺れを生じるのだろうと想像している)。
後出しじゃんけんのような言い方をするなら、震度7で建物内部に重大な欠陥が生じ、追い討ちをかけるように来た震度6強で一気に被害が拡大したと言うことで説明が付きそうだが、現実はそう単純な内容ではあるまいと考えている。
 都市部(都市計画区域内)においてはマンションの被害が重大で、山村部(都市計画区域外)では古い木造民家に加え比較的新しい住宅(新耐震基準後の建物)までもが倒壊していた。
マンションの怖さについては今まで何度もその理由を述べてきたし、都市計画区域外では木造住宅のような比較的面積の少ない建物を建設する際に確認申請手続きが不要な為、地方の工務店・大工さんによる設計施工で工事が進められる事が多い。
工務店は自分の会社の利益を優先するし、大工さんは木を扱う技術は優れていても建物全体の耐震や安全性の調和を見極めることについては不得手であろうから、このような結果が生じてきても不思議ではないし、また建築士による設計が行われていたとしても、工務店や大工さんから依頼されての設計では、建築士の立場上、お客さんは建築主ではなく工務店や大工さんになるから顔を向ける方向が違ってしまう。
建築士の地位や権限が与えられていれば、幾ら工務店や大工さんからの依頼であったとしてもこのようなことを生じさせなくて済むのだが、現実はそうはなっていない。
また建築基準法通りに耐震設計を行ったからと言って、決して建物は安全ではないと言う事はこれまでの地震で何度も証明?されているはずで、でなければ建築基準法通りの耐震設計を行い、その通りに建築されてさえいれば建物が倒壊する事などあってはならないことになろう。

 被害を受けた方達が避難所にて救援物資を受け取り、不安な日々を送っている状況を見ると気の毒でならないけれど、震災の度にいつも「水が不足し」「電気・ガスが通じない」「便所が使えない」などの声が起こっている。
この3つが欠ければマンション住まいの人にとっては致命的な出来事となり、生活の基盤が総崩れである。
しかし、一戸建ての住宅で、倒壊や甚大な被害さえ生じていなければ、この3つが欠けたところで何ら不自由は生じないはずなのだが、お節介な行政がこれを阻んできた。
その冴えたるものが消防による規制で「庭で火を焚かさない」ことであろう。
平時においては火災予防のために良いことのように思われるが、非常時に役立つ事が大きく損なわれてしまう。
人にとって扱いを間違えれば危険なものではあるが、日常生活に欠かす事ができない火を扱う事に慣れ、上手になっていれば竈(かまど)や七輪などの道具を使うことが出来るので、ガスが止まろうが電気が止まろうが別に不自由など感じないものとなろう。
また庭に井戸が掘ってあれば水道が止まっても何ら不自由は生じまい(手押しポンプならなお更良い)。
このような生活形態は僅か六十年前までは日本で一般的だったから、流行病には弱かったが、国や自治体の支援を受けず、甘えず、自己責任に於いて自分の身を守る気風があったので災害後の復興には強かったと言って良いのではなかろうか。
人体に危険な重金属さえ含んでいなければ、多少の大腸菌などの細菌類を含んでいても煮沸による殺菌を行い濾過すれば飲料用として使用可能で、下水道が壊れていなければそのままの井戸水を水洗便所の水として使用し流すことができる。
仮に下水道が壊れていても、一戸建て庭付き住宅なら庭に穴を掘れば直ぐに便所になるし、便はいずれ地中のバクテリアが分解し肥料として土に返してくれる。
このような自然循環の仕組みを否定して、ほんの僅かだけれど便利な世の中を目指し、主導してきた行政の罪は大きい。
 まだまだ続きを書きたいのですが、長くなるので今回はここで終えますが、熊本の地震が治まる様子が無いので必ず早い内に更新します。


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「復活 くたばれ建築基準法:追録の10」

 新聞の記事に「大人になったらなりたいもの」の集計記事が出ていた。
男子の第1位から順に記載すると①サッカー選手②野球選手③警察官・刑事④電車バス等の運転手⑤大工さん⑥医師⑦食べ物屋さん⑧学者・博士⑨宇宙飛行士⑨消防士・救急隊で、女子は①食べ物屋さん②保育士③看護師④医師⑤学校の先生⑥芸能人⑦ペット屋・調教師⑧デザイナー⑨お店屋さん⑩ピアノ等の先生の結果であったそうだ。

 これらの職業をよく見てみると、男の子の上位人気であるスポーツ選手はTVの宣伝によく出てくるし、警察官・刑事・医師などもTVドラマの主人公として扱われているから、総合的に見て「かっこいい」が心の中を大きく占めていると感じられ、女子の場合は比較的身近に感じる「美味しい・憧れ・綺麗」と言った言葉で表現されるものに対して興味を引かれているのではないかと考えられる。

 一昔前なら熱血教師を題材にした学園ものである「金八先生」「GTO」「ごくせん」や時代劇「東山の金さん」「鬼平犯科帳」「水戸黄門」が主流であったが、最近のTVや映画の中で活躍するカッコイイ主人公の職業で思い付くものを挙げてみれば、やはり最も多いのが刑事かな、そして次が弁護士に医師であろうか・・・その他の職業が取り上げられていない訳ではないけれども、極端に少ないのが現実である。
それは何故かと言えば「事件性」が大きく絡む職業なので、話の内容が幾らでも面白く創れるし、日本人好みである「勧善懲悪」の表現が何とか上手く表現できるということではなかろうかと思っている(学園ものも時代劇も基本は勧善懲悪で成立している)。
刑事と弁護士は「法」を盾にお互いが持っている「権限」で戦い、医師は「命」を盾に「権限」を最大限活用できる中で面白い話を作ることなど、作家にとっては題材に不自由はしないし、刑事を除けば現実的に医師・弁護士は金銭的にも恵まれているから、かっこ良さも視聴者が心地良いと感じるほど面白く表現できるからであろう。

男の子の「なりたいもの」の第五位には建築関連の「大工さん」が上がっているが、残念ながら「建築士・建築家」は男女のどちらも憧れの職業の対象とはならないようだ。
これまでに私の記憶する限りで「建築家」がTVの主人公となり、かっこよく描かれた例は二度だけではないかと思う。
一つは数十年前のことだから今や題名すらおぼつかないが確か主演は田村正和で、話しの内容は大きな作品競技に参加して受賞することに加えて、恋愛ごとを絡めたものであった。
他の一つは内容の記憶もなく、もう一つあったように記憶しているだけだが、その時「へぇ~建築家が主材になったか!」と驚き、これからどんどん建築家を主人公にしたドラマや映画が増えて、社会に馴染みのある職業としての認識の向上に加え、建築家本来の職業的かっこ良さが広まって、少しでも建築家の地位向上や権限が付与されるようになればよいが・・・と思ったものだが、数十年後の今日に至っては当時より悪くなった気がしている。

 なにせ子供にとっては「大工さん」以下の認識ですからね。
職業的には建築家とお互いに密接な協調関係にあるもので、別に大工という職業を卑下するつもりも貶める気持ちもなく、その逆で大工道具を見事に使いこなす匠には頭が下がり尊敬の念を持っているのだけれども、この社会的認識の低さには情けなくなってしまう。
子供たちの憧れの職業の下位にすら上がってこない建築家という職業に就いた我が身を恨めしく思って数十年が経つけれど、建築家を目指すこれからの若い人が気の毒でならない。
私は若い頃に良き方々に巡り合い、良き仕事に恵まれ、金銭的にも大きく恵まれた経緯があるけれど、それは今から振り返っても本当に稀で特殊な例であったと感じている。

建築家(建築士)の職業は別な意味で3Kである「権限無く」「きつく」「厳しい」のです。
権限の無い建築士のままで建築業界が進むのであれば、これからも杭偽装事件などに代表されるような事故は増える事はあっても決して減る事など望める事はないだろう。
その犠牲にされるのは一般の方々なので、何とも表現のしようが無い虚無感だけが残る。


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「復活 くたばれ建築基準法:追録の9」

 またもやですが、4年後の2020年に建築基準法が更に改悪されようとしています。
ここまでやるのか!お節介もやり過ぎだ!やるのならちゃんと検証してからにしろ!とまで言いたくなるような内容のものなのです。

 その内容とは2020年には「省エネ法」に定められている内容が「全ての住宅」に対して「基準」であったものが「義務化(法的強制力となる)」されようとしています。
その「義務化内容」を聞くとチャンチャラ可笑しいと建築専門外の方でも思えるほどで、呆れたものです。
明らかに建材メーカーと官僚がグルになって仕組んだものであろう・・・以外に考えられないほど幼稚な思考で始まっています(やはり新規天下り先の開発目的なのかなぁ~?)。

 大まかに言えば、全ての住宅の「外壁断熱性能を上げろ」と言っているのです。
外壁(開口部のガラスを含む)の断熱性能を上げること事体は別段悪いこととは思えないけれど「義務化」となれば話は別次元であるし、何故義務化なのか?何故外壁なのか?についての理由は、子供が聞いても笑ってしまうようなことで、その解決なら外壁断熱性能を上げなくても他に幾らでも方法が見出せるようなものだから、明らかに両者がグルになってまた国民虐めを始めたと言われても仕方がなかろう。

 基本的には建築材料の熱貫流率を事細かに計算した上で一定の基準値を定め、住宅内部の温度を上げようと言う事が目的となっているのだが、その理由とは「ヒートショック」による住宅内の死亡事故を防ぐ事にあるらしい。
「ヒートショック」とは急激な温度差による死亡事故を言うそうで、その可能性がある部屋は一般住宅では「浴室・脱衣室・便所」又は「着替えをする部屋」が考えられるけれど、ここからが何とも良く判らない理論が展開されている。
暖房器具メーカーや断熱材製造会社などが広告で「交通事故死は年間4,600人だが、ヒートショックによる浴室での死亡者は17,000人に上る」と煽っているけれど、厚労省の調査では住宅内での死亡者数は年間13,240人(2008年の調査)とあり、そのうち浴槽内での死亡者数は3,000~4,000人の溺死とあるから、急激な温度変化による心臓麻痺や脳溢血との因果関係が立証されている訳ではないし、これでは死亡者数の数値偽装まで疑われる。
その上、消防関係による記録では死亡原因まではよく判っていないらしい(他殺を疑われない限り解剖してまで死因の解明などしないからであろう)し、住宅内での段差のつまずきなどに拠る死亡は冬季が多く、餅を喉に詰まらせての死亡も当然のことながら冬が多い。
これらの事をひっくるめた死亡者数なのに、それを無視して「ヒートショックによる浴室での死亡者は17,000人に上る」と煽るのは明らかな自社製品販売増強の為の誘導であろう。
「ヒートショックによる浴室や脱衣場での死亡」を防ぎたいと住人が願うのであれば、浴室や脱衣場にそれぞれ住人が自主的に暖房機器を設置すればよい事であって、因果関係すらはっきりしていない状況下において、何を根拠に行政が強制的に外壁の断熱性能を向上させようとしているのか理解が出来ないし、お節介が過ぎる上、本当に死亡事故防止に繋がるのかと言いたくもなる。
先ほど子供が聞いても笑ってしまうと書きましたが、その通りでしょう。
しかも、住宅内の「ヒートショック」に拠る死亡事故を防ぐ為だと法律で強制的に外壁の断熱性能を向上させたり、エアコンを取り付けさせるとはねぇ日本の官僚の頭の中は一体どのような構造になっているのでしょうか。

また長文になってしまいますが、本文内容で重要な部分は熊本市に在住の建築家「古川 保」氏による記述を要約したものです。
日本国内に於いて建築士(一級・二級・木造)が入会している組織に「(公益社団法人)日本建築士会連合会」と言うのがありまして、日本医師会のようなものだと思っていただければよいと思いますが、力と権限は横綱と小学生ほどの差がある情けない団体です。
その上(公益社団法人)とは名ばかりで次を読めば(省益社団法人)と名称を改めた方が良いのではと思われても仕方がないような中身だと感じていただけることと思います。
実は建築家「古川 保」氏を知ったのは「(公益社団法人)日本建築士会連合会」が発刊している月刊誌「建築士(昨年の11月号だったと思います)」に掲載されていた記事を読んで、感激し、素晴らしい記事内容でしたからその時は(公益社団法人)だと納得できましたが、行政寄りの雑誌「建築士」によくこのような記事を掲載できましたね、とこの感激を伝えたくてインターネットで彼の事務所を探して突然メールをしてみました。
数日後に彼より返信があり、雑誌を検閲する方に理解があって実現したとの事でしたので、少しは「(公益社団法人)日本建築士会連合会」も変わってきたのかな・・・と淡い希望を抱いていたところ、年が明け1月になって彼からメールが届きました。
その内容とは「(雑誌)建築士にふさわしくない」と言う理由で掲載が打ち切りになったとのことでした。
やはりねぇ~(省益社団法人)だわ 納得・納得。
建築士として今まで学んできた知識や力を公益(国民に対して)に役立てようと仕事を続けている中で、記事を依頼されたから書いたけれど、公益とは省益だと思っている組織に対しては無力だったようです。
残念で悔しくて仕方がないけれど、これが実態なのです。
私が建築士は余り好きになれないと言う意味が少しお判りいただけるでしょうか。

古川 保氏による没にされた掲載記事を読んでみたい方がいらっしゃれば彼の了解が得られれば、メールにてお届けいたします。
専門的な記述部分が多くて理解が辛いかも知れませんが、実に素晴らしい検証の内容で私のような不勉強・不真面目な建築家としては頭が下がる程のものです。

 また重ねて言及するなら、このように国民虐めの法ばかり作り続けられては、最早日本の伝統的な良き建築工法を使った建物などこの世から姿を消し行くのではないかの危惧もあるし、良き家を都市計画区域内にて建築することなど不可能に近い時代が来ている。
もう建築確認申請の提出が不要である都市計画区域外に建設する建物に活路を見出す以外に生きる道は残されていないのかも知れません。


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「復活 くたばれ建築基準法:追録の8」

 もう一つの建築基準法改正?は前回お伝えした内容と同様の「延べ面積」の扱いである。
これは平成二十六年九月二十日に施行されたもので2年ほど前のことになりますが、趣旨と内容は次のようなものです。
 災害時に於いて必要と思われる品物「懐中電灯・ラジオ・非常用食品・防災用具など」を収納する室や災害時に必要となる「蓄電池設備・自家発電設備など」を設置する室の「床面積」については「一定の割合以下において延べ面積に算入しなくて良い」と言うもので、一定の割合は2種類あり「1/50と1/100」です。
つまり上記のような目的の部屋を作るのであれば、1%と2%ほど建物を大きく作っても良いという改正です。
官僚がやる事だから一応の検証は済ませているのだろうが、床面積の1%とか2%程度で本当に「防災備蓄品の収納」や「防災用設備の設置」が可能なのだろうか?。
とても収納に十分な面積が確保できるとも思えないので、なんとなく何かしなければ行政の失策と言われそうだから・・・のような気がしてならない。
 改正内容が悪いとは思えないのだが、十分余裕を持った緩和とも思えない。
これは建築だけに言える事ではなく、どうしてこんなに細かいのだろうと思ってしまう。
衛生上の観点から言わせてもらえれば、旧厚生省のお陰で昔に比べれば多くの伝染病を日本から除去し、国民の衛生観念の向上を図った結果は良好な住環境が形成されていると言ってよいので、飲み水を始めとして世界一安全で衛生的な食品を手にし、不潔な場所は街中で見かけなくなっている。
この様な国は世界探してみたってあるものか!すごい国になったものだと思う。
しかしここまでくればもう十分過ぎるほどであり、これ以上はやり過ぎなのだと思う。
食の安全は大事であるが、やり過ぎもまた問題であると言う観念が官僚にないのだろう。
 国民に於ける(目前の)健康と衛生を謳い文句に、多くの種類の食品添加物の使用を許可し、食べさせているが(長期に渡る)健康と安全についての検証ができているか否かは疑問である。
 因果関係がはっきりしないので何ともいえないことではあるが、我々が子供の頃の事を思い返してみての話になるけれど、多くのアレルギー症状や症状は軽いが病名が付け難い病のようなものは無かったように思うのだが・・・まさか食品添加物のせいではないよね。
どの分野であれ、人の住む世界では幾ら良い事ではあっても、ある所で歯止めをかけなければ窮屈でしかたのない社会が出来上がってしまう。
丁度今の日本がもうその状況下にあるのだが、その事に気付いていないのは政治家と官僚だけなのであろう。

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