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建築家 潤 の『独断と偏見』

日本文化の素晴らしさ その12 ~住まい -6~

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今回は庭について話してみたいが、その前にご報告があります。

当社の才媛、鵜飼慎子が今年の一級建築士試験に合格しました。本人共々私もとても嬉しくて、喜んでいるところです。今年の一級建築士の合格率は8%であり、年々資格取得が難しくなってきている。姉歯事件以来、猫の目の様にころころと変わる建築基準法、設計実務を知らない官僚が作成する法律は、エレベーターの如く厳しくなったり緩めたりで迷惑を被るのは国民ばかりだが、この難しい試験に合格して資格を取得してみても、実は何ら“良いこと”が無いのは実に残念である。

建築士の社会的地位や収入を医師並に上げれば、姉歯のような事件は皆無に近くなると思っているが、国交省はそう考えないで、法律を厳しくする事で建築士を締めつけ、縛る。これは本末転倒な話なのだが、無知な奴等に理解はできない。

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日本文化の素晴らしさ その11 ~住まい -5~

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 日本建築を見て美しいと感じることの一つに瓦屋根がある。
現在は何十種類と多くの瓦が建物に使用されているが、昔は日本瓦(焼き物の瓦)だけであった。瓦は粘土を焼成して作るのだが、焼成温度の違いによって性質の異なる製品が作られる。

山陰や東北の多雪地域地域に使用される瓦と比較的暖かい山陽や九州地方に使用される瓦は性質が基本的に異なるものだ。多雪地域には凍害に強い赤瓦や黒瓦を使用している建物が多く、雪が少ない地域では“いぶし瓦(銀色の瓦)”がよく使用されているのはその為である。その違いは磁器と陶器の違いのようなものだと思って頂ければ良いと思う。

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日本文化の素晴らしさ その10 ~住まい -4の続き~

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 「土間」の話が大学の講義の如く道草を食っちまった。いつもこんな状態の講義になってしまい、学生には迷惑を掛けてしまったのだが、伝えたい事が多くあり過ぎて。私にとっては二コマ(180分)は短すぎたが、学生達にとってはとても退屈で長く感じられていたのではないかと思ったりもしていた。

さて、話を元に戻すとしましょう。

家の中にあって、土足で使用する「土間」は日本人にとってはある意味とても便利で都合の良い「曖昧な空間」であることは皆様にもご理解頂ける事と思います。この「曖昧な空間」は実を言うと日本家屋には沢山あるのです。その一つは「縁側」です。縁側の外部に面する建具を全て開け放てば、そこは仕切られた空間ではなく、外部の庭や自然と一体化になった・・・とまでは言えなくとも、外と繋がった空間に感じられる。

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日本文化の素晴らしさ その9 ~住まい -4~

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 以前、日本人は土足で家に入らないと書いたが、実を言うとその記述は「土間」を除いて、と註訳を付けなければならないもので、一昔前までは「土間」と言う空間が日本の家屋にあった。ここは、家の中で下駄履きの出来る唯一の空間であり、そこには「かまど」や「井戸」が設けられ、炊事などの用途に使用されるのが一般的であった。

かまど たたき
(写真左)「博多・能古乃島の家屋(土間・かまど)」
(写真右)「博多・能古乃島の家屋(土間)」

この土間の床は「三和土(たたき)」と呼ばれ、赤土・真砂・石灰・苦汁に水を加え、表面より叩いて硬くした土のコンクリ-トと言っても良い様なもので、水にも強く、耐久性に優れ、磨耗性も高く、水仕事の多い台所を荒っぽく使用可能としたものだった。土間は勝手口と通じていて、勝手口の外の軒下には炊飯の燃料となる「薪」が積んであり、魚や土の付いた野菜は一旦この土間に運ばれて下ごしらえが行われ、料理が作られてゆくのだ。

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日本文化の素晴らしさ その8 ~住まい -3の続き~

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 日本と大きく異なるところの一つとして、欧米では子供が生まれたら直ぐに個室に入れて育てることだ。母親は授乳の為に子供室に入り乳を飲ませ、時折オムツを替えに行くのだ。つまり子供室へ親が出向いている事になる。個人主義の徹底した民族の生い立ちというか、原点と言うべきか、個人主義人間の出発点である。

生まれてから直ぐにたった一人で広い室の中で過ごし、両親は子供の顔を見に室に入って行くのである。と言う事は、両親の意識の中には自分の子供(乳児)を、子供室の「主」として認識しているのだろう。子供の成長過程では、小学生から他人を言い負かす術を訓練し、身につけ、親は子供を決して甘やかさない。小遣いも親は簡単には子供に与えない。何らかの労働による対価か、能力に依る報酬として小遣いを手に入れさせている。

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