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建築家 潤 の『独断と偏見』

「酔龍の独り言:その017」

 依頼されている業務が終わらない内に次々と新しい依頼や相談事が重なってしまい、頭の中と老体が少し悲鳴を上げそうな状況下になって、思うように時間が取れないままでブログの更新が儘ならず、双龍物語の続編を書きたいのですが、如何ともし難く重ねてお詫び申し上げ、急ごしらえの更新です。

 令和3年4月25日・先週の日曜日のことです。
北海道・長野県・広島県で衆参議員の補欠選挙が行われましたが、いずれも過去最低に近い投票率で、自民党が惨敗した。
私が住んでいる広島市では選挙の結果を待たなくとも、恐らく自民党は当選しないであろう・・・との予測はついていたが、だからと言って、以前民主党に政権を委ねた時の比類無きお粗末さを忘れるわけにもゆかず、広島県の選挙民は苦悩したであろうと想像する。
勿論、河井案里と夫の克行(共に元議員)が選挙買収で日本中を騒がした事件も間違いなく大きな要素だと思われるけれども、既に選挙民の心の中では官僚の姿勢と政治に対して何とも言いようのない不満が溜まりに溜まって不透明感を拭えないまま今日まで来ていることの理解と自覚が政権与党に無いことこそ思い上がりと言わざるを得ない。
尤もこのような議員を選挙で選んだ選挙民に大きな責任があることは言うまでもないことではあるけれど、見た目の容姿の良し悪しや印象による好き嫌いで選んでみたり、人との付き合いの中で依頼を断れ切れず、また所属している党のしがらみ等によるものであったりするものだから、人物の質を見極めて投票しているわけではない結果であることに疑いの余地はない(質の悪い議員が多すぎて目に余る)。
候補者の学歴や経歴で選んでみても、このような事柄など全く選定の対象にならない事くらい人生の経験値から十分判断が付こうと言うものであるが、その人物と親交がなければ判断の材料すら持てないのが現状である。
候補者を推薦している各党は党利の為に推薦しているのであって、決して日本国や国民(選挙民)のことを慮って推薦しているわけではないことは明らかであり、官僚は国益など省みもせずに、省益最優先と公益法人とは名ばかりの省益法人作りに血道を上げて、定年退職後の安定を図ろうとし、税金は我が物だと錯覚して、使いたい放題で巨額の税金をドブに捨ててもその責任を取ろうともしない。
予算が不足すると言いながら財務省は消費税を上げ、厚労省は厚生年金・社会保険料などを値上げする為に法まで作る有様である。
法とは国民の安全・財産の保護・福利厚生を十分に得られようにと定められているはずだし、税は国民の為に使い道を定めるべきものなのに、法文はそのままで官僚の為にと巧みに本質が掏り替えられているから、これではまるで詐欺にあっているような気分である。
その上で、年金は毎年のように少しずつ減額され、取りはぐれの無い様にと介護保険料まで年金の支給額から徴収するのだから、これではまるで暴力装置である。
その暴挙を政治家が止められないのでは何のための国民の代表なのかと言いたい。
今の政治家は勉強不足の上に資質が悪くお粗末極まりないとの表現以外に何かあろうか?。

 このような時節の中、ある意味で気の毒に貧乏くじを引いてしまったのが菅総理だろう。
新型コロナの渦中にあり、打つ手が全て上手く作動せず、全てが裏目々に出てしまい、国民の信頼を失っている中で、選挙の惨敗だからねぇ。

前総理が国民に食べさせた「もり(森友)そば」に「かけ(加計・賭け)そば」に加えて「桜(見る会)餅」は不味くて不快感が残る味のまま心の隅でくすぶっているところへ新型コロナだから、菅総理が気の毒で仕方がないけれど、引き受けたからには英断して解決していただかなくてはならないが、解決する問題の本質が判っていないのだろうから期待など出来るはずもないか。
 しかし、新型コロナの発症があってから1年が経とうとしているが、一向に感染者は減少せず増加している状況下となっている。
これだけ化学や科学に医学が進歩している(愚かな人類がそう錯覚しているに過ぎない?)にも拘らず、この有様である。
本当にワクチンは効くのか?についても疑問が残るし、世界中がこのウイルスを持て余している状況を見ていると、原発事故と同じようにも思える。
便利優先・効率優先・経済最優先など目先のことばかりに心を奪われてきた結果の付けが回ってきたのだろう。
為政者が真にやらなければならないことは「将来を見据えた現在ではまだ目には見えない危機察知能力」と「総合的(偏らない)な洞察力」「学問以外で解決できる方策・施策」「学歴・経歴などに惑わされない人事」「前例の無い事象が起こったときに対処・解決できる能力」などであろうか、日本は単一民族で千年以上の歴史と高度な文化を有する世界一誇れる国であるから、何も質の低い欧米と比較して優劣を論じる必要など無いのである。
永田町にいる数百人の高給取りさん達にこの意味わかるかなぁ。



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「酔龍の独り言:その016」

 現在依頼されている業務の処理と仕事の依頼が重なっている中、次年度への準備に加え、年度末の決算処理(税務対策)に追われ、思うように時間が取れず更新が出来なかったことお詫び申し上げます。

 さて、日々の生活の中で私が読書に当てる時間は乗り物乗っているときです。
新幹線・電車・バスなどに乗車した時を唯一の読書帯にしていまして、時間にして十数分から一時間前後を毎日の習慣として当てています。
しかし最近の車内を見渡すと乗客の八割方は手にスマホを持って俯き、指で操作をしています。
読書をしている人を見るのは稀で、手に本を持って広げている人は私のような老人か資格取得の問題集に取り組んでいる人や受験生と思われる人達です。
問題集や受験生が開いている本を読書と言うのは少し抵抗を感じないでもないけれど、僅かな時間をも無駄にせず自分の知識を深め、能力を高める行為に繋がって行くのですから読書で良いのではないかと思います。
 手にスマホを持って何かを検索している人達の殆どは「遊び」に分類してもよい内容と思われるもので、これを毎日積み上げてゆくのですから、年を重ねる間には知識や能力に大きな差が開いてくることは歴然としている。
最近話題になっているSNSとかラインと言うアプリ(私は未だにこの横文字とカタカナを日本語に訳した意味が判っていません)を使っている人達の情報が閲覧できる状態になっていたとかで、これらを運営している日本法人の社長が陳謝している映像が流れていた。
以前からこれらのアプリは朝鮮(現在では韓国と言いますが、朝鮮の国名はかつて中国から門まで造営して拝礼を行い朝鮮という国名を授けてもらった歴史がありますので朝鮮でよいのではと思っていますし、北朝鮮はそのままその名を使っています。そして地理上ではあの半島は朝鮮半島と言っていますからねぇ何処か可笑しくないですか)に運営本社があり(現在は中国に売却されたのですかね?)自分を含め繋がっている人達全ての情報が漏れる危険があると言われてきたにも拘らず、スマホ保有者の殆どがこのアプリを使っているようです。
便利とか楽だとかの裏側に潜んでいる危険に蓋をしてまでしなければならないものではなかろうと思うので、今からでも遅くありませんから、よく考えてそのアプリ削除されたほうが良いと思います(きっと余計なお世話と言われるでしょうが、スマホが使えない年寄りの僻みではありませんよ)。

 話を変えます。
購入していた本を全て読み切ったので新しい本を買いに行きまして、少し悩んだ末に「佐藤 優」氏のマルクスの著書を基にした講演の記録で、いま生きる「資本論」と言う本を手に取り購入した。
少し悩んだ訳は、私の頭の中ではマルクス→社会主義→共産主義と言う概念しかなかったものですから、このような本を読んで意味があろうか・・・との悩みです。
しかし、氏の本は今までに何冊か読んでいて、書かれている内容に納得はすれども違和感などなかったので「まあいいか、一つ読んでみよう・・・今までこのような内容の本を読む機会もなかったし、何かしらの勉強にもなろうと言うもの、無駄にはなるまい・・・」と脳が購入の指令を出した。

 佐藤 優氏についてはご存知の方も多かろうと思いますが、同志社大学を卒業して外務省の職員となるも、背任と偽計業務妨害の有罪判決(執行猶予)を受けた方です。
私は仕事柄、経済・資本論などとは無縁の生活を送ってきたものだから、読み始めてからマルクスが書いている文の難しさに閉口した。
このような文字の羅列が理解できる人の脳の構造は一体どのようなものなのであろうかと己の無学さ勉強不足を置いといて唖然としてしまった。 
この本は講演をした記録を纏めたもので、文中に「宇野 弘蔵(今まで知らなかった名前)」などマルクス以外にも多くの日本人学者?の名前が出てきて、彼らの言葉や記録を文にしていたけれど、いずれの文も主語・述語が無い訳ではないけれど、一つの文がとても長く、
悪いことに文の途中で抽象的な装飾語?が余りにも多く挿入されているものだから、何が言いたいのかさっぱり解からない。
この本を読みながら主だった所はマーカーで印を付けておいたので、読み終えて付けておいた印の周りを再度読み返してみたが、やはり良く解からない。
このような文章が脳の中で処理できて理解が出来る人は素晴らしいと感じ、文の読解力においても人はこの世に生まれで出でた時、既に備わっているのであろうと思わざるを得なかった。
しかしだ、私のような読解力が劣った人間の為に、もう少し解かり易い文にてもらえればどれほど嬉しいか・・・そういう意味では学者さんは独りよがりである。
自分が解かっていることは人も解かっているはずだ・・・という思い込みから物事を始めるので、勉強不足の者にとっては、磨かざる宝石の原石を貰ったようなものなので残念であるが、仕事を持っている身では今更の勉強が追いつかない。
生まれつき大した努力などせずとも字の上手な人と同じようなもので、ある程度の努力をすれば下手くそ字も何とか上手くはなるようであるが、やはりどうにもならない域はある。



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「酔龍の独り言:その015」

 新型コロナウイルスの感染は中々治まる気配を見せません。
政府は相も変わらず飲食店に対して、酒類の提供は夜7:00までとし、店の営業は夜8:00までにして欲しいと要請をしている(やはり政府はコロナが夜行性と断定している?)。
飲食店に入ると、テーブルの隣席間には高さが50㎝程度のアクリル板が立てられ、カウンター席においても一人一人となるように、その間にアクリル板が立てられている。
これは明かに異様な姿を呈していると私は感じています。
確かに飲食をしながらの会話における飛沫感染防止には効果があろうことは理解が出来るし、事務系の職場に於いても同じ様にアクリル板を各机間に立てている映像をこれまでに何度も見た(飛沫感染に加え空気中に漂うウイルスによる感染予防ということらしい)が、しかし、外部然り室内に於いても空気は温度差や圧力差に加え、人などの動きに連動して循環していることは誰もが知っている事実でありながら、これに関しては何ら対策が講じられていないのが現状である。
これはどういうことなのかといえば、結局根本的な感染防止対策は出来ないからである。
人は何かの対策を講じる場合は限界がある事を知っているから、敢えて触れない、語らずで、適当な措置をもって誤魔化していると言うことであろうか。
つまり、気休め程度の予防にしかなっていないと言うことの証でもある。
以前から言っているようにアルコール・次亜塩素酸消毒などウイルスの不活化に少なからず効果はあるように聞いているが、マスクの着用と同様やはり気休め程度であろう・・・。

 生命体でないウイルスに対しては、まだ人間の浅薄な知識では対処できない相手であるという以外に表現のしようが無い。
熱湯消毒では効果がなく、薬品で持っても細菌と違って殺せないのだから始末が悪い。
では数千度の高熱で焼却すればどうなるのか調べてみたが、高熱焼却についてのはっきりとした解答は出ていなかったけれど、地球上における高温多湿の地域環境下では活性化(流行)し難いとの調査結果はあるようだった。
そうであれば熱湯消毒(正に高温・多湿環境下である)で何故死滅しないのか?が解からないし、何故このような事を言うのかと言えば、新型コロナウルスに感染して亡くなられた方の遺体を焼却すれば体内に残っていたウイルスが死滅するのか否かの疑問が生じているからです。
若し死滅しないのであれば、焼却の煙に混じって大気に放出されることとなるから、それによる感染もあり得る?のではないだろうかとの疑問です。
 まあいずれにせよ、何か得体の知れない未知の何かがいることは100年間前に判っていたようですが、ウイルス自体が電子顕微鏡によって発見されて僅か60年程度ということですから、まだまだ人の手に負えない存在であることに違いはない。
調べてみて解かった事ですが、種類によってはウイルスの発見よりもワクチンの開発の方が早かったのだと言うのですから、人間の英知もあながち捨てたものではありませんねぇ。
天然痘のワクチンが最初のようで、200年も前に開発されていますが、病気の感染者と非感染者の観察による推察からイギリスの医師が見つけ出したと書かれていました。

しかし問題なのは政府の対応である。
新型コロナウイルスに感染したのはある意味不意に交通事故や自然災害に遭遇したような出来事で、自らが十分な注意をしていても、目には見えない、マスクの布を通過する、手指の消毒も完璧ではないのだから、このいう表現以外ないと思いますが、政府は感染者に対して、入院勧告などに従わない場合は刑事罰を課す法律を作ろうとしています。
新型コロナに感染して入院を拒否する者が本当にいるのだろうか?現在でも検査すら受けられず、入院など出来ない状況下でこの法律を作ろうとしている本音の部分は一体何なのかは疑がってかかるべきで、本質を検証しなければならない内容である。
 罪を犯したわけでも無い自国民(自分達の生計の原資を生み出している人達ですよ)に罰を課すとは・・・これでは新型コロナに感染することが罪であるに等しいではないか。
このような事を平気でやろうとする上級国民?に国を任していては日本国が危うい。

 病気と言うことに関しては、井沢元彦氏の逆説の日本史で得た知識ですが、かつて日本国では江戸時代(武士階級に多く将軍までも罹患していたと記載がありました)から「脚気(かっけ)」と言う病が大流行していました(庶民は麦飯を食っていたから病にならず)。
そうです、足を宙ぶらりんにして膝関節の間を小さい木槌のような物で軽く叩くと反応して瞬時に膝が伸びる検査方法がある病です。
現在ではビタミンB1などによる不足が原因で起こる病と判明していますが、当時(明治から大正時代)の陸軍では細菌説にこだわり麦を食せば脚気は治る事実を知りながら、頑として受け入れなかったため、日清戦争・日露戦争における陸軍では戦死者の数より脚気で亡くなった数の方が圧倒的に多かった(その数十万人だったと記載されていたと思います)そうです。
海軍は麦飯を食して脚気を克服したとありましたが、この差は一体何でしょうか?当時の陸軍軍医最高責任者であった森林太郎(森鴎外)の東大閥による権威を守らんが為と記されていたが本当のようで、今から僅か100年前の出来事である。
 今回の新型コロナウイルスによる感染拡大も、もしかすると乳製品を多く食する国と日本でも乳製品を多く食する年代に偏っていることは、事実だと思います。
意外に食生活により、もたらされる体質が感染を引き起こす要因ではないかとの疑問が払拭できませんと言う、かなりしつこい性質を持つ私の異学説を再々度唱えておきます。 
業務が重なり昨年の12月から昨日まで正月を返上して設計を行っていまして更新が遅くなりました。お詫び申し上げます。



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「酔龍の独り言:その014」

社会保険と厚生年金の続きの話です。
社会保険労務士に変更の手続きを依頼して二ヶ月余りが経った11月の中旬に全国健康保険協会(恐らく省益法人に類する組織と思われる)から、書類と一緒に私と社員(家族を含む)の健康保険証が封書で届きまして、見ると保険証の日付は11月1日となっていた。
 保険証が届いたら、国民健康保険証を持って役所に出向き変更の手続きを行うように言われていたので、区役所の年金保険課で変更の手続きを行いました。
手続きそのものは変更届の用紙に住所と名前に生年月日を書く程度の簡単なものであったが、11月分の国民健康保険料は支払ってもらいますと言うので、それはおかしい社会保険料が今月11月から支払いが生じるので二重払いになるのではないかと聞いたところ、保険料は数期に別けて支払ってもらっているもので、その月での支払いが生じているわけではないから、二重払いではありませんと言う。
しかし、11月分の健康保険料は国民健康保険と社会保険と両方に支払いが生じるわけだから、支払う側に於いては同じ月に国民健康保険料と社会保険料を支払うことになるから明らかに二重払いだとおもうがねぇ、行政は何が何でも国民から少しで多く金を徴収したい意図が見え見えである。
そして帰り際に私は窓口の役人に対して「社会保険庁は国民年金と国民保険を破綻さそうと思っているのかね?」と言ってみたら、苦虫をつぶしたような表情を見せたが返事は無かった。
ただ良かったと思えることは、厚生年金に加入したことで、社員の嫁に対しても厚生年金が自動的に掛けられることである。
尤も今まで支払っていた国民年金と比較すれば3.2倍の年金額を支払わなくてはならなくなりましたから、何と言えばよいのか・・・。

 さて、今年も残すところ一週間になりました。
欧米のみならず日本中に新型コロナウイルスが蔓延して、日本国民は大変窮屈な生活を強いられています。
政府や行政の方針を聞いていると、コロナウイルスは午後8時以降に活躍する「夜行性」で、4人までの会食では感染しないが「5人目から感染するんだね」など意味不明のことばかりを垂れ流して国民を混乱させている。
小さい飲食店の経営者は「店を開けているより、休んだら補助金が貰えるんだから、この方がよっぽどええわ」と嘯いている。
この補助金は国会議員や官僚・役人の給与・賞与を減らして支払われている訳ではなくて、全部国債(国民が負担する借金)で賄われている訳だから、いずれ消費税の税率を上げたり、別な名目の税金を作って国民に対して課税してくることは火を見るより明らかである。
当面が大変なことは飲食店に限らず誰も同じだが、手放しで喜んでいる場合ではなかろう。
国からタダで金を貰おうなど・・・そんな甘いことに浸っている場合ではなく、国や省庁はそんな甘いことが通用する組織ではないことを忘れてしまったのかと言いたい。
まあ飲食店の店主の言い分も判らなくも無いけれど、そもそも店が成り立って来たのは、お客さんあってのことで、店を開けたら補助金が少ないから・・・夜8時まででは大した売り上げにならないから・・・と言うようでは、自分の金儲けの為に店を開いている本性が丸見えである、お客さんに喜んで頂き、その笑顔を見て喜べないようでは事業をやる素質が無いと言いたいし、対価はお客さんの笑顔と共に支払われるもので、自分の方から手を出して、ふんだくるものではない事を肝に銘じよ!。

そもそも、新型コロナウイルスは他のウイルスと同じで自然界に存在しているものである。
そういう意味では、大地震や大型台風と何ら変わりは無い自然の脅威の一つなのだ。
地震も台風もそのものの姿は目に見えず、匂いもしないし、その力も見えないが、結果として被害が見えるから恐ろしい自然の脅威を感じているだけである。
近代になってから殆どの病原菌(細菌)による脅威を克服して来たものだから、人は錯覚しているだけなのである。
ウイルスは細菌の類では無いから殺すことが出来ない代物で、人智を超えたところで存在する自然の一部であるから、大地震や大型台風と何ら変わりは無いと言っているのです。
ウイルスの一部は上手くワクチンの開発がなされて事なきを得たものもありますが、全てと言うわけには行かないのでしょう。
自然の脅威とはそういうもので、人間驕ることなかれですよ。
鳥インフルエンザが一羽でも発生すれば、直ちに数十万羽を殺処分する人間だが、人には感染しないし、食しても別に害は無いと言うのなら、これは恐るべき大量殺戮である。
鳥も生き物人間も生き物(者)であり、人間だけが特別な存在ではなかろうと思うが・・・今の時代にこのような事を言う方が可笑しいかも・・・しかし事実である。
天の声「じゃぁ人間も同じ様にして見るか・・・」が今日の新型コロナウイルスかも知れません。
本来、牛の乳は子牛を育てるためにあるものなのに、根こそぎ人間が奪い「牛乳」「バター」「チーズ」「ヨーグルト」などにして食し、食肉牛や和牛は此の世に生まれ出でた時から殺されて人間に食される定めである。
丑年が来る前に牛に代わって擁護をしておきたく思いますし、以前も言いましたように、どのように考えても新型コロナウイルス感染者の多い年代・国・地域を見れば、チーズ・バター・ヨーグルトを日常的に食している人達が感染しやすい体質なのではなかろうかと思えてならないし、人間の傲慢さに自然が報復しているのではないだろうか。

それにしても、新型コロナのお陰で飲食店・交通・宿泊旅行関連業界は大打撃で、倒産した店や企業も多いと聞く中で株価だけが上がり続けているこの不可解さと不思議さは一体何なのでしょうか?ここも狂っているとしか思えません。
不思議で不可解であっても金が欲しいか・・・やはり人は愚かである。

 取り留めの無い話になってしまいましたが、今年は本当に窮屈さを強いられる年でした。
来年の丑年は長年に渡る牛の恨みを買わないで済むような一年になって欲しいものです。
「双龍物語」の続編も更新しますので、休みの間に目を通して頂けると嬉しく思います。
皆様よきお年をお迎え下さい。  






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「酔龍の独り言:その013」

 今回は社会保険と厚生年金の話をします。
私は31歳の時に当てもなく勝算もないまま無鉄砲にも建築設計事務所を開業してしまい、一筋縄では行かぬ多くの経験を積み重ねながら今年で創業40年を迎えました。
開業当時は一人ですから、これまで勤務先で掛けて貰っていた社会保険を国民保険と国民年金に切り替えました。
開業して数年が経った頃には業績も段々と上向いてきて、社員が一人増え又一人増え、経営的に安定してきた頃に税理士からの勧めがあって開業四年目で法人化に踏み切りました。
ここから先は勤め人(サラリーマン・役人)などの方には全く判らない内容になると思われますが、このような話を聞くのも勉強の内と思って読んでみて下さい。

 法人化にしたのは税理士による勧めであって、私の方から望んで行った訳ではありません(法人には株式会社・有限会社・合資会社・など他にも多くの法人格があります)。
当時税理士から「この位の売り上高になると法人にした方が良い」と言われ、大学を卒業して十年間勤め人をしてきた私にとって税法など詳しい内容など判るわけもないものだから、(無知な事を自慢しても仕方の無いことですが、税理士の善意による勧めだと思って)勧められるまま事業を法人化(株式会社)しました。
後に法人化したのが良かったのか悪かったのか・・・については諸刃の剣と同じで良い面と悪い面が表面化してきて、法人にするとこういうことになるのか・・・と言うことが徐々に解かってきました。
法人化するとごく簡単ではありますが絶対条件となるようなものを以下に記します。
1:確定申告の内容が余りにも煩雑なので、税理士又は公認会計士に依頼しなければ決算申告が難しい(税務署に23年勤めれば税理士試験が免除され自動的に税理士資格が取得できて税理士事務所を開設できるから、天下りが出来ない税務署員の退職後の救済が目的?)。
2:利益の如何に拘らず、法人市民税・県民税を支払わなければならない。
  資本金の額によって納税額は変るけれども、つまり会社が赤字であっても支払わなければならない税の負担が生じる。
3:これまで個人事業として購入していた什器備品・電話債券(現在はありませんが)など贈与税なしで法人へ贈与できる(買い取らせることも出来るが、個人所得になる)。
4:社員が一人もいなくても社会保険の加入が義務付けられている(現行法)。
  社長一人の会社でも社会保険に加入させられるのである。
個人事業主との違いを下記に記します。
1:個人事業主は確定申告を青色・白色申告で行える(比較的申告内容が簡単であるから個人で申告が可能)。
2:交際費額の枠が無い(無制限とは言えないにしても制限を受けない)。
  法人であれば年間400万円を超えた分については経費と認められず、課税される。
3:雇用者の人数が5名を超えなければ社会保険の加入の義務付けは無い。
4:法人ではないから法人市県民税を課せられることは無い。

以上簡単に個人事業主と法人との比較を記述して見ましたが、ここで問題になるのが社会保険に関しての事柄です。

 私が事業を法人化した頃のことから始めます。
当時の健康保険は国民保険による診療費の負担は3割で、社会保険の負担は1割であった。
個人事業では社会保険の加入が認められておらず、法人にしたので社員の医療費負担を軽減したいとの思いから社会保険の加入を申し出てみたが、社員が5名以上いなければ加入が認められないとのことで断念した経緯がある。
その後社員が5名以上になったのを機に社会保険に切り替えて十数年間続けていた。
その辺りの事を詳しく述べようとすると膨大な文となるので、別掲載「双龍物語」を読み続けていただければこの辺りの事がいずれ解かって頂けると思いますが、今回はそのような事柄ではなくて、社会保険に関してなので、先に続けます。
 
 そうしているうちに社会保険庁は国民が積み立てていた年金保険料を流用して全国各地に十数か所のグリーンピア(社会保険加入者のため?との謳い文句の福利厚生宿泊施設)を建設して、その結果、加入者が積み立てていた2千億円もの年金を消滅させた。
これに加え公的年金流用の不祥事も起こした経緯があるけれども、これらを主導した官僚を含め政治家全員の内、ただの一人も消滅させた2千億円の補償補填などしてはいない。
法律で決めてやったことだから自分達に非はない、仕方のなかったことの一点張りで頬被りを決め込んだ(感謝の気持ちや相手に喜んで貰う意識がない者達が事業を行っても上手く行くわけなど無かろうと思うが、上級国民と言われる者達の思い上がりが招いた結果で、当然の結果と言えばそれまでですけどね)。
国民は法で決められているからと、義務を果たして年金を支払い続けてきたにも拘らず、当時の官僚はその責任も取らず、高額な退職金を手にして省益法人へと天下り高額給与を貪り、退職後は特別な厚遇処置が施されている役人専用年金を受け取りながら暮らしていることだろう。
このように自分達にとって都合の良い法律を作っては何かを行おうとするのだけれど、必ず失敗してそのツケを国民に負担させる手法を取ることばかりが続いている日本の社会に対して、いつかは是正させなければならないと感じていることの一つである。
 私は不平不満を言っているのではなく、国民の福利厚生を目的として働き活動しているはずの官僚が、やって良いことと悪いことの区別すらつかないのでは日本の将来は真っ暗であるし、このようなことの良し悪しは子供でも判りそうな事柄であるにも拘らずやるのだから、官僚の性根の賎しさには辟易するが、性根の賎しさを治す薬も治療法も無いのだから、もう官僚=新型コロナウイルス役人と呼び名を変えては如何だろうか。

 話が少し横道に逸れましたので元に戻します。
その後、ある事情で社員には辞めてもらうことになったのだけれど、その時に社会保険庁は社員が5名以下となったので社会保険の加入を止めるようにと言ってきた。
それで、私は又国民保険と国民年金に切り替えて事業を継続して今日まで二十数年が経っているところへ年金事務所の委託先だと言うところから電話が掛かってきた。
電話の内容は社会保険に加入しろ!である。
そして「加入しなければ5年間遡って保険料を徴収する」と脅してきたので、私のことだから「やれるものならやってみろ!好きなようにやってみたら良かろう」と言って電話を切ってやった。
まあ、数年前に税理士事務所から「社会保険加入要請の電話が他の会社に掛かってきているけれどまだありませんか」の問い合わせを聞いていたので、その内容も把握していた。
税理士が言うには皆さん「5年間遡って保険料を徴収する」の脅し文句に負けて、嫌々ながらしぶしぶ加入しているのが実情ですと聞いていたので、やっと掛かってきたかの感ではあったが、少々腹の虫が治まらず、当社の社会保険労務士に電話をかけて聞いてみた。

社会保険庁が今までやってきた不始末や消えた年金のこと・都合よく法律を変えて結果的には国民に負担の多くを押し付けている現状を話して「裁判して勝つ見込みはありますか?多少の額なら社会性があるのでやってみたい」と言えば「いやぁ法律で決まっていることですからねぇ法律の論争になるので時間と費用が莫大となり、とても個人で出来るような範疇ではありません」と答えが帰ってきた。
「でも日本全国には同じ様な想いをしている中小零細企業の社長が多くいるのではないかと思うので、週刊誌を巻き込み記事にしてもらっても争えないかなぁ」と言っても空しい返事だけが返ってきたので諦めました。
そこで、こいつらに言われて社会保険に加入するのは何とも癪に障るから、社会保険労務士に依頼して変更の手続きを準備してもらうことにした。

話が前後するけれど、これまでは共に仕事の協力をしてくれている社員には国民保険と国民年金に加入してもらって、社員が支払う支払額の半分は会社の負担として年金と健康保険を支払いながら経営をしてきていたのである。
ところが、調べたわけではないので想像だが十年前位だろうか、法律が変更されて法人は現在社員が一人もいなくても社会保険の加入が義務付けられていているそうである。
社会保険労務士には次のようにも聞いてみた。
1・現在医療費の負担は国民保険も社会保険も同じ3割負担となっているから、保険料の負担多くなる分社員の生活を圧迫するようになるので社員も喜ばないし、伴って会社の負担分も多くなるから経営的にも余分な経費が必要となる。
  喜ぶのは厚労省の年金課だけで、福祉の相手先であるはずの国民は困るだけをどのように考えるか。
  「これに対する回答は:法律で決められているから」であった。
  しかし昔と違って医療費の負担額が同じになったのなら保険料は安いほうが良いのは当たり前である。
2・個人事業主は5人以上の雇用者がいれば社会保険加入の義務付けがあるが、それ以下だと強制力が働かないのは何故か?
  「これに対する回答は:法人は資本金があるからだと言っている」であった。
  資本金と言っても今では資本金が1円の株式会社も認められており、この額で資本金があるから???頭が可笑しくなりそうである。
  と言うことは会社設立時に関する流れも仕組みも理解できてないようなので、数千億円の資本金がある会社と1円の資本金の会社を同列で扱ってしまうほどの世間知らずなのかと言いたいが、いやそれよりこれはもう官僚と役人は無知に近い。
  社員数人の法人と同じ規模の個人事業との差が「資本金があるから」ではこじつけも甚だしいし、何が何でも金をむしり取れ!の姿勢だけはハッキリと見て取れる。
  しかし、実はこれらの事を知っていた上でやっているとしたら明らかな「国民虐め」である。
  学校での子供の「虐め」は許さないが、大人となった国民は「虐めても」許されるのかぁ。
  子供も学生も大人も同じ日本国民ですけど・・・。

厚生年金・医療保険については、まだまだ言いたいことが多くありますが、紙面数が多く
なりますから今回はこれでおきます。
最後に付け加えますが、当社も社員には大企業と同じく「労働災害保険・失業保険」を掛
けています(社長は失業保険には加入できませんけどね)。




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