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建築家 潤 の『独断と偏見』

「酔龍の独り言:その015」

 新型コロナウイルスの感染は中々治まる気配を見せません。
政府は相も変わらず飲食店に対して、酒類の提供は夜7:00までとし、店の営業は夜8:00までにして欲しいと要請をしている(やはり政府はコロナが夜行性と断定している?)。
飲食店に入ると、テーブルの隣席間には高さが50㎝程度のアクリル板が立てられ、カウンター席においても一人一人となるように、その間にアクリル板が立てられている。
これは明かに異様な姿を呈していると私は感じています。
確かに飲食をしながらの会話における飛沫感染防止には効果があろうことは理解が出来るし、事務系の職場に於いても同じ様にアクリル板を各机間に立てている映像をこれまでに何度も見た(飛沫感染に加え空気中に漂うウイルスによる感染予防ということらしい)が、しかし、外部然り室内に於いても空気は温度差や圧力差に加え、人などの動きに連動して循環していることは誰もが知っている事実でありながら、これに関しては何ら対策が講じられていないのが現状である。
これはどういうことなのかといえば、結局根本的な感染防止対策は出来ないからである。
人は何かの対策を講じる場合は限界がある事を知っているから、敢えて触れない、語らずで、適当な措置をもって誤魔化していると言うことであろうか。
つまり、気休め程度の予防にしかなっていないと言うことの証でもある。
以前から言っているようにアルコール・次亜塩素酸消毒などウイルスの不活化に少なからず効果はあるように聞いているが、マスクの着用と同様やはり気休め程度であろう・・・。

 生命体でないウイルスに対しては、まだ人間の浅薄な知識では対処できない相手であるという以外に表現のしようが無い。
熱湯消毒では効果がなく、薬品で持っても細菌と違って殺せないのだから始末が悪い。
では数千度の高熱で焼却すればどうなるのか調べてみたが、高熱焼却についてのはっきりとした解答は出ていなかったけれど、地球上における高温多湿の地域環境下では活性化(流行)し難いとの調査結果はあるようだった。
そうであれば熱湯消毒(正に高温・多湿環境下である)で何故死滅しないのか?が解からないし、何故このような事を言うのかと言えば、新型コロナウルスに感染して亡くなられた方の遺体を焼却すれば体内に残っていたウイルスが死滅するのか否かの疑問が生じているからです。
若し死滅しないのであれば、焼却の煙に混じって大気に放出されることとなるから、それによる感染もあり得る?のではないだろうかとの疑問です。
 まあいずれにせよ、何か得体の知れない未知の何かがいることは100年間前に判っていたようですが、ウイルス自体が電子顕微鏡によって発見されて僅か60年程度ということですから、まだまだ人の手に負えない存在であることに違いはない。
調べてみて解かった事ですが、種類によってはウイルスの発見よりもワクチンの開発の方が早かったのだと言うのですから、人間の英知もあながち捨てたものではありませんねぇ。
天然痘のワクチンが最初のようで、200年も前に開発されていますが、病気の感染者と非感染者の観察による推察からイギリスの医師が見つけ出したと書かれていました。

しかし問題なのは政府の対応である。
新型コロナウイルスに感染したのはある意味不意に交通事故や自然災害に遭遇したような出来事で、自らが十分な注意をしていても、目には見えない、マスクの布を通過する、手指の消毒も完璧ではないのだから、このいう表現以外ないと思いますが、政府は感染者に対して、入院勧告などに従わない場合は刑事罰を課す法律を作ろうとしています。
新型コロナに感染して入院を拒否する者が本当にいるのだろうか?現在でも検査すら受けられず、入院など出来ない状況下でこの法律を作ろうとしている本音の部分は一体何なのかは疑がってかかるべきで、本質を検証しなければならない内容である。
 罪を犯したわけでも無い自国民(自分達の生計の原資を生み出している人達ですよ)に罰を課すとは・・・これでは新型コロナに感染することが罪であるに等しいではないか。
このような事を平気でやろうとする上級国民?に国を任していては日本国が危うい。

 病気と言うことに関しては、井沢元彦氏の逆説の日本史で得た知識ですが、かつて日本国では江戸時代(武士階級に多く将軍までも罹患していたと記載がありました)から「脚気(かっけ)」と言う病が大流行していました(庶民は麦飯を食っていたから病にならず)。
そうです、足を宙ぶらりんにして膝関節の間を小さい木槌のような物で軽く叩くと反応して瞬時に膝が伸びる検査方法がある病です。
現在ではビタミンB1などによる不足が原因で起こる病と判明していますが、当時(明治から大正時代)の陸軍では細菌説にこだわり麦を食せば脚気は治る事実を知りながら、頑として受け入れなかったため、日清戦争・日露戦争における陸軍では戦死者の数より脚気で亡くなった数の方が圧倒的に多かった(その数十万人だったと記載されていたと思います)そうです。
海軍は麦飯を食して脚気を克服したとありましたが、この差は一体何でしょうか?当時の陸軍軍医最高責任者であった森林太郎(森鴎外)の東大閥による権威を守らんが為と記されていたが本当のようで、今から僅か100年前の出来事である。
 今回の新型コロナウイルスによる感染拡大も、もしかすると乳製品を多く食する国と日本でも乳製品を多く食する年代に偏っていることは、事実だと思います。
意外に食生活により、もたらされる体質が感染を引き起こす要因ではないかとの疑問が払拭できませんと言う、かなりしつこい性質を持つ私の異学説を再々度唱えておきます。 
業務が重なり昨年の12月から昨日まで正月を返上して設計を行っていまして更新が遅くなりました。お詫び申し上げます。



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「酔龍の独り言:その014」

社会保険と厚生年金の続きの話です。
社会保険労務士に変更の手続きを依頼して二ヶ月余りが経った11月の中旬に全国健康保険協会(恐らく省益法人に類する組織と思われる)から、書類と一緒に私と社員(家族を含む)の健康保険証が封書で届きまして、見ると保険証の日付は11月1日となっていた。
 保険証が届いたら、国民健康保険証を持って役所に出向き変更の手続きを行うように言われていたので、区役所の年金保険課で変更の手続きを行いました。
手続きそのものは変更届の用紙に住所と名前に生年月日を書く程度の簡単なものであったが、11月分の国民健康保険料は支払ってもらいますと言うので、それはおかしい社会保険料が今月11月から支払いが生じるので二重払いになるのではないかと聞いたところ、保険料は数期に別けて支払ってもらっているもので、その月での支払いが生じているわけではないから、二重払いではありませんと言う。
しかし、11月分の健康保険料は国民健康保険と社会保険と両方に支払いが生じるわけだから、支払う側に於いては同じ月に国民健康保険料と社会保険料を支払うことになるから明らかに二重払いだとおもうがねぇ、行政は何が何でも国民から少しで多く金を徴収したい意図が見え見えである。
そして帰り際に私は窓口の役人に対して「社会保険庁は国民年金と国民保険を破綻さそうと思っているのかね?」と言ってみたら、苦虫をつぶしたような表情を見せたが返事は無かった。
ただ良かったと思えることは、厚生年金に加入したことで、社員の嫁に対しても厚生年金が自動的に掛けられることである。
尤も今まで支払っていた国民年金と比較すれば3.2倍の年金額を支払わなくてはならなくなりましたから、何と言えばよいのか・・・。

 さて、今年も残すところ一週間になりました。
欧米のみならず日本中に新型コロナウイルスが蔓延して、日本国民は大変窮屈な生活を強いられています。
政府や行政の方針を聞いていると、コロナウイルスは午後8時以降に活躍する「夜行性」で、4人までの会食では感染しないが「5人目から感染するんだね」など意味不明のことばかりを垂れ流して国民を混乱させている。
小さい飲食店の経営者は「店を開けているより、休んだら補助金が貰えるんだから、この方がよっぽどええわ」と嘯いている。
この補助金は国会議員や官僚・役人の給与・賞与を減らして支払われている訳ではなくて、全部国債(国民が負担する借金)で賄われている訳だから、いずれ消費税の税率を上げたり、別な名目の税金を作って国民に対して課税してくることは火を見るより明らかである。
当面が大変なことは飲食店に限らず誰も同じだが、手放しで喜んでいる場合ではなかろう。
国からタダで金を貰おうなど・・・そんな甘いことに浸っている場合ではなく、国や省庁はそんな甘いことが通用する組織ではないことを忘れてしまったのかと言いたい。
まあ飲食店の店主の言い分も判らなくも無いけれど、そもそも店が成り立って来たのは、お客さんあってのことで、店を開けたら補助金が少ないから・・・夜8時まででは大した売り上げにならないから・・・と言うようでは、自分の金儲けの為に店を開いている本性が丸見えである、お客さんに喜んで頂き、その笑顔を見て喜べないようでは事業をやる素質が無いと言いたいし、対価はお客さんの笑顔と共に支払われるもので、自分の方から手を出して、ふんだくるものではない事を肝に銘じよ!。

そもそも、新型コロナウイルスは他のウイルスと同じで自然界に存在しているものである。
そういう意味では、大地震や大型台風と何ら変わりは無い自然の脅威の一つなのだ。
地震も台風もそのものの姿は目に見えず、匂いもしないし、その力も見えないが、結果として被害が見えるから恐ろしい自然の脅威を感じているだけである。
近代になってから殆どの病原菌(細菌)による脅威を克服して来たものだから、人は錯覚しているだけなのである。
ウイルスは細菌の類では無いから殺すことが出来ない代物で、人智を超えたところで存在する自然の一部であるから、大地震や大型台風と何ら変わりは無いと言っているのです。
ウイルスの一部は上手くワクチンの開発がなされて事なきを得たものもありますが、全てと言うわけには行かないのでしょう。
自然の脅威とはそういうもので、人間驕ることなかれですよ。
鳥インフルエンザが一羽でも発生すれば、直ちに数十万羽を殺処分する人間だが、人には感染しないし、食しても別に害は無いと言うのなら、これは恐るべき大量殺戮である。
鳥も生き物人間も生き物(者)であり、人間だけが特別な存在ではなかろうと思うが・・・今の時代にこのような事を言う方が可笑しいかも・・・しかし事実である。
天の声「じゃぁ人間も同じ様にして見るか・・・」が今日の新型コロナウイルスかも知れません。
本来、牛の乳は子牛を育てるためにあるものなのに、根こそぎ人間が奪い「牛乳」「バター」「チーズ」「ヨーグルト」などにして食し、食肉牛や和牛は此の世に生まれ出でた時から殺されて人間に食される定めである。
丑年が来る前に牛に代わって擁護をしておきたく思いますし、以前も言いましたように、どのように考えても新型コロナウイルス感染者の多い年代・国・地域を見れば、チーズ・バター・ヨーグルトを日常的に食している人達が感染しやすい体質なのではなかろうかと思えてならないし、人間の傲慢さに自然が報復しているのではないだろうか。

それにしても、新型コロナのお陰で飲食店・交通・宿泊旅行関連業界は大打撃で、倒産した店や企業も多いと聞く中で株価だけが上がり続けているこの不可解さと不思議さは一体何なのでしょうか?ここも狂っているとしか思えません。
不思議で不可解であっても金が欲しいか・・・やはり人は愚かである。

 取り留めの無い話になってしまいましたが、今年は本当に窮屈さを強いられる年でした。
来年の丑年は長年に渡る牛の恨みを買わないで済むような一年になって欲しいものです。
「双龍物語」の続編も更新しますので、休みの間に目を通して頂けると嬉しく思います。
皆様よきお年をお迎え下さい。  






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「酔龍の独り言:その013」

 今回は社会保険と厚生年金の話をします。
私は31歳の時に当てもなく勝算もないまま無鉄砲にも建築設計事務所を開業してしまい、一筋縄では行かぬ多くの経験を積み重ねながら今年で創業40年を迎えました。
開業当時は一人ですから、これまで勤務先で掛けて貰っていた社会保険を国民保険と国民年金に切り替えました。
開業して数年が経った頃には業績も段々と上向いてきて、社員が一人増え又一人増え、経営的に安定してきた頃に税理士からの勧めがあって開業四年目で法人化に踏み切りました。
ここから先は勤め人(サラリーマン・役人)などの方には全く判らない内容になると思われますが、このような話を聞くのも勉強の内と思って読んでみて下さい。

 法人化にしたのは税理士による勧めであって、私の方から望んで行った訳ではありません(法人には株式会社・有限会社・合資会社・など他にも多くの法人格があります)。
当時税理士から「この位の売り上高になると法人にした方が良い」と言われ、大学を卒業して十年間勤め人をしてきた私にとって税法など詳しい内容など判るわけもないものだから、(無知な事を自慢しても仕方の無いことですが、税理士の善意による勧めだと思って)勧められるまま事業を法人化(株式会社)しました。
後に法人化したのが良かったのか悪かったのか・・・については諸刃の剣と同じで良い面と悪い面が表面化してきて、法人にするとこういうことになるのか・・・と言うことが徐々に解かってきました。
法人化するとごく簡単ではありますが絶対条件となるようなものを以下に記します。
1:確定申告の内容が余りにも煩雑なので、税理士又は公認会計士に依頼しなければ決算申告が難しい(税務署に23年勤めれば税理士試験が免除され自動的に税理士資格が取得できて税理士事務所を開設できるから、天下りが出来ない税務署員の退職後の救済が目的?)。
2:利益の如何に拘らず、法人市民税・県民税を支払わなければならない。
  資本金の額によって納税額は変るけれども、つまり会社が赤字であっても支払わなければならない税の負担が生じる。
3:これまで個人事業として購入していた什器備品・電話債券(現在はありませんが)など贈与税なしで法人へ贈与できる(買い取らせることも出来るが、個人所得になる)。
4:社員が一人もいなくても社会保険の加入が義務付けられている(現行法)。
  社長一人の会社でも社会保険に加入させられるのである。
個人事業主との違いを下記に記します。
1:個人事業主は確定申告を青色・白色申告で行える(比較的申告内容が簡単であるから個人で申告が可能)。
2:交際費額の枠が無い(無制限とは言えないにしても制限を受けない)。
  法人であれば年間400万円を超えた分については経費と認められず、課税される。
3:雇用者の人数が5名を超えなければ社会保険の加入の義務付けは無い。
4:法人ではないから法人市県民税を課せられることは無い。

以上簡単に個人事業主と法人との比較を記述して見ましたが、ここで問題になるのが社会保険に関しての事柄です。

 私が事業を法人化した頃のことから始めます。
当時の健康保険は国民保険による診療費の負担は3割で、社会保険の負担は1割であった。
個人事業では社会保険の加入が認められておらず、法人にしたので社員の医療費負担を軽減したいとの思いから社会保険の加入を申し出てみたが、社員が5名以上いなければ加入が認められないとのことで断念した経緯がある。
その後社員が5名以上になったのを機に社会保険に切り替えて十数年間続けていた。
その辺りの事を詳しく述べようとすると膨大な文となるので、別掲載「双龍物語」を読み続けていただければこの辺りの事がいずれ解かって頂けると思いますが、今回はそのような事柄ではなくて、社会保険に関してなので、先に続けます。
 
 そうしているうちに社会保険庁は国民が積み立てていた年金保険料を流用して全国各地に十数か所のグリーンピア(社会保険加入者のため?との謳い文句の福利厚生宿泊施設)を建設して、その結果、加入者が積み立てていた2千億円もの年金を消滅させた。
これに加え公的年金流用の不祥事も起こした経緯があるけれども、これらを主導した官僚を含め政治家全員の内、ただの一人も消滅させた2千億円の補償補填などしてはいない。
法律で決めてやったことだから自分達に非はない、仕方のなかったことの一点張りで頬被りを決め込んだ(感謝の気持ちや相手に喜んで貰う意識がない者達が事業を行っても上手く行くわけなど無かろうと思うが、上級国民と言われる者達の思い上がりが招いた結果で、当然の結果と言えばそれまでですけどね)。
国民は法で決められているからと、義務を果たして年金を支払い続けてきたにも拘らず、当時の官僚はその責任も取らず、高額な退職金を手にして省益法人へと天下り高額給与を貪り、退職後は特別な厚遇処置が施されている役人専用年金を受け取りながら暮らしていることだろう。
このように自分達にとって都合の良い法律を作っては何かを行おうとするのだけれど、必ず失敗してそのツケを国民に負担させる手法を取ることばかりが続いている日本の社会に対して、いつかは是正させなければならないと感じていることの一つである。
 私は不平不満を言っているのではなく、国民の福利厚生を目的として働き活動しているはずの官僚が、やって良いことと悪いことの区別すらつかないのでは日本の将来は真っ暗であるし、このようなことの良し悪しは子供でも判りそうな事柄であるにも拘らずやるのだから、官僚の性根の賎しさには辟易するが、性根の賎しさを治す薬も治療法も無いのだから、もう官僚=新型コロナウイルス役人と呼び名を変えては如何だろうか。

 話が少し横道に逸れましたので元に戻します。
その後、ある事情で社員には辞めてもらうことになったのだけれど、その時に社会保険庁は社員が5名以下となったので社会保険の加入を止めるようにと言ってきた。
それで、私は又国民保険と国民年金に切り替えて事業を継続して今日まで二十数年が経っているところへ年金事務所の委託先だと言うところから電話が掛かってきた。
電話の内容は社会保険に加入しろ!である。
そして「加入しなければ5年間遡って保険料を徴収する」と脅してきたので、私のことだから「やれるものならやってみろ!好きなようにやってみたら良かろう」と言って電話を切ってやった。
まあ、数年前に税理士事務所から「社会保険加入要請の電話が他の会社に掛かってきているけれどまだありませんか」の問い合わせを聞いていたので、その内容も把握していた。
税理士が言うには皆さん「5年間遡って保険料を徴収する」の脅し文句に負けて、嫌々ながらしぶしぶ加入しているのが実情ですと聞いていたので、やっと掛かってきたかの感ではあったが、少々腹の虫が治まらず、当社の社会保険労務士に電話をかけて聞いてみた。

社会保険庁が今までやってきた不始末や消えた年金のこと・都合よく法律を変えて結果的には国民に負担の多くを押し付けている現状を話して「裁判して勝つ見込みはありますか?多少の額なら社会性があるのでやってみたい」と言えば「いやぁ法律で決まっていることですからねぇ法律の論争になるので時間と費用が莫大となり、とても個人で出来るような範疇ではありません」と答えが帰ってきた。
「でも日本全国には同じ様な想いをしている中小零細企業の社長が多くいるのではないかと思うので、週刊誌を巻き込み記事にしてもらっても争えないかなぁ」と言っても空しい返事だけが返ってきたので諦めました。
そこで、こいつらに言われて社会保険に加入するのは何とも癪に障るから、社会保険労務士に依頼して変更の手続きを準備してもらうことにした。

話が前後するけれど、これまでは共に仕事の協力をしてくれている社員には国民保険と国民年金に加入してもらって、社員が支払う支払額の半分は会社の負担として年金と健康保険を支払いながら経営をしてきていたのである。
ところが、調べたわけではないので想像だが十年前位だろうか、法律が変更されて法人は現在社員が一人もいなくても社会保険の加入が義務付けられていているそうである。
社会保険労務士には次のようにも聞いてみた。
1・現在医療費の負担は国民保険も社会保険も同じ3割負担となっているから、保険料の負担多くなる分社員の生活を圧迫するようになるので社員も喜ばないし、伴って会社の負担分も多くなるから経営的にも余分な経費が必要となる。
  喜ぶのは厚労省の年金課だけで、福祉の相手先であるはずの国民は困るだけをどのように考えるか。
  「これに対する回答は:法律で決められているから」であった。
  しかし昔と違って医療費の負担額が同じになったのなら保険料は安いほうが良いのは当たり前である。
2・個人事業主は5人以上の雇用者がいれば社会保険加入の義務付けがあるが、それ以下だと強制力が働かないのは何故か?
  「これに対する回答は:法人は資本金があるからだと言っている」であった。
  資本金と言っても今では資本金が1円の株式会社も認められており、この額で資本金があるから???頭が可笑しくなりそうである。
  と言うことは会社設立時に関する流れも仕組みも理解できてないようなので、数千億円の資本金がある会社と1円の資本金の会社を同列で扱ってしまうほどの世間知らずなのかと言いたいが、いやそれよりこれはもう官僚と役人は無知に近い。
  社員数人の法人と同じ規模の個人事業との差が「資本金があるから」ではこじつけも甚だしいし、何が何でも金をむしり取れ!の姿勢だけはハッキリと見て取れる。
  しかし、実はこれらの事を知っていた上でやっているとしたら明らかな「国民虐め」である。
  学校での子供の「虐め」は許さないが、大人となった国民は「虐めても」許されるのかぁ。
  子供も学生も大人も同じ日本国民ですけど・・・。

厚生年金・医療保険については、まだまだ言いたいことが多くありますが、紙面数が多く
なりますから今回はこれでおきます。
最後に付け加えますが、当社も社員には大企業と同じく「労働災害保険・失業保険」を掛
けています(社長は失業保険には加入できませんけどね)。




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「酔龍の独り言:その012」

 安部総理が辞任して、三人の自民党総裁の候補者がいたけれど、選挙の結果、菅氏に決まり、新しい総理として今日(9月15日)にも菅氏が就任することのようである。
さて、では菅氏が総理になって何かが変わり、少しでも良き方向へ向かうのであれば大歓迎であるが、全く期待は出来ないだろうと思っている。
何より総裁選挙前には「消費税上げ」に言及して報道者達から突き上げられて直ぐに「言い訳」をした経緯があるからねぇ。
しかし、本音のところでは「消費税上げ」に関しては間違いなく腹の中にあると思われる。
そうでなければ新型コロナで景気が低迷しているこのような時世の中で「消費税上げ」など決して口にするはずがない。
しかし、もしそれを承知で口にしたのであれば、全く国民の想いや現在の重税に対しての意識がないという事の表われであろう。
こと日本の政府に関して言えば、これまで財政が窮屈になれば直ぐに「収入(税)を上げようとする」手法以外に採ってきた政策を聞いたことが無い。
もう一つの考え方である「経費の削減」を本気でやった総理を昭和以降今までに知らない。
官僚が省益のためにと、社会で何か事件や事柄が起こるたびに「法改正」を行って「天下り先(公益法人などと称しているが実体は省益法人である)」を作って出来の悪い我が身内や親族の就職先とし、上司や先輩方の定年後の安定収入の確保に奔走する組織に対して野放しで、国民の方へ税負担を押し付ける。
政府や国会議員は今の公益法人と称しているところが本当に公益だと思っているのだろうか・・・そうであれば全くの世間知らず無知であり、知っていて放置しているのなら全くの無能であろう。
口では「広く国民の意見を聞き、ご理解を得た上で・・・」などと言うけれど、70年生きてきた私は今まで意見を聞かれたことなど一度もないし、恐らく聞かれた国民は皆無であろう。
また理解を求められた国民も皆無であろうと思われるから、これは詭弁であり、騙しであるにも拘らず、一向にこういった表現を使いながら国民の首を絞めている政府(国会議員が構成している)に不満を持ちながらも、また同じ様な国会議員を選挙で当選させている私達にも大きな罪と責任があるのだけれど、如何ともし難い現実に腹が立つ。

ある女性曰く「菅さん石破さん岸田さんの中で一番顔が良いのは岸田さんでしょう。外国に行った時などを考えると岸田さんが良いんじゃないかなぁ」
ある男性曰く「だからいつも言っているように、女は好き嫌いと感情で物事を判断するから、ちっとも世の中が良くならないと言っているだろう」
このように本能が優先する自然的生き物に選挙権を与えたものだからどうにもならない社会が出来上がってしまった。尤もそれはGHQ(戦後の米国進駐軍)のマッカーサーが唱えたWGIP(ウオー・ギルト・インフォメーション・プログラム:日本を如何にしてダメな国するか作戦)が功を奏し、当時の話によると「なに、日本の女に自由と平等と選挙権を与えたら30年も経てば日本はダメな国になる」とマッカーサーが言っていたというのだから、正しくその通りとなってしまい、取り返しがつかないほどに日本が堕落してしまったことは事実である。

と切り返したら「でも石破さんの目つき怖くない!普通の人の目つきじゃないよ」と言うので「確かに目つきは悪いし顔も良いとは言えないが、口にしていることは三人の中では一番まともで良い内容だと思えるがねぇ」
「でもやはり外国に行ってあまりにも顔が悪いと・・・」と言うのでこの話の先を続けても意味を成さなくなると判断したある人は話題を変えたようであるが、では米国のトランプと中国の習の顔は良いのか?と問われれば何と答えたのかなぁとの疑問が残ったのだが、そんなことどうでもよいことですから、敢て聞くほどのことでもあるまい。
顔の良し悪しで外交や内政の良し悪しが決まるわけではないし、国の代表とは世界の平和・国益・国民の安全・国民を良き方向へ導くこと等であり、顔の良し悪しで出来る内容ではない。
往々にして女性が錯覚して陥り易い部分であるが、当の本人にその自覚が無いのは残念なことである。
顔の良し悪しは「形態」であり、考えている内容は「質」であるから、いつも言っているように「形態に惑わされず、質を見極めて対処する」が出来なければ、良き国造りは出来ないだろう。
「形態」は「形態」の良し悪しで捉え「質」は「質」の良し悪しで捉えて、飽くまでも「質」を基本軸に置いて物事には対処すべきであろうと考えているけれど、これは女性が最も苦手とする分野であろう。

 さて、新型コロナに関して引き続き言わせてもらえれば、今まで飲食店の営業時間は大阪が20時で東京が22時までの要請をしていたけれど、今後は時間帯を緩める方針であると、十日ばかり前だっただろうか、そのような報道を聞いた。
これまでに夜間営業の時間を制限する方針を行政が出した時に不思議に思ったことがある。
それは、新型コロナウイルスは「夜行性」なのか?と言う疑問である。
夜間営業しているホストクラブやカラオケ店での感染が目立って多く発生したことによるせいだと考えることを否定するつもりはないけれど、ウイルスは生命体ではないから「昼行性」も「夜行性」もなく、24時間365日感染する危険性を持っているものだと認識すれば、夜の営業時間帯を制限すれば感染が治まるのかと言われれば否であろう。
少し感染拡大に減少傾向が見られるからと言って夜間の営業時間自粛を緩めることは明らかに医学会が最も嫌う「対処療法」と同じで根本的な対策にはなっていない。
新型コロナウイルスは自然界が産んだ産物(人為的な遺伝子操作が行われた形跡もあるようだと言われているが真偽のほどは定かではない)の内の一つであり、この他にも此の世には多くのウイルスが存在している。
ただこれまでに人間の英知でワクチンを作って克服してきたウイルスも多くあるけれど、この新型コロナウイルスは中々手強い相手だという以外に表現のしようが無い。
自然界で発生する台風や地震などと同じで小中規模程度のものでは科学と化学の力で克服できるようにはなったけれど、超大型台風や巨大地震に至っては人の英知は及ばず、ただただ過ぎ去るのを待つ以外に方法は無い。
ワクチンの開発が急がれているようであるが、各国共に手こずっていて“これだ"というものが中々出来てこないほど厄介な相手のようです。
尤もワクチン自体は人為的に作られるものだから人体にとっては異物である。
異物が人体に入り込めば体が拒否反応を示し、その病気に罹った方が良かったと言うほどの副作用に見舞われて辛い思いをする人がこれまでにも多く出ている現状をも見過ごしてはならないことを念頭に於いて、一人ひとりが自己の信念に基づいて、どのように対処するかを考える以外に方法は無かろうと思う。

そのために小中学校で最低ではあるが文字と自然科学を習得し、その知識で持ってこれ以上の知識と見識を積み重ね学んで行きながら自己能力を向上させて行くことが人生を歩むということでなくてはならないはずだと思っているのに、ある府知事がコロナ対策では、うがい薬が有効であるなどと口にすると店頭からうがい薬が消えてしまう。
コロナ対策ではマスクが有効であると言われればマスクを買い占める。
アルコールでの消毒が・・・と言うと何処の店頭にもアルコール消毒薬が設置され、手を消毒しなければ店内に入れないとまで強制しているところがある始末だし、店頭からアルコールタオルが姿を消しているのが今の日本である。
ウイルスの大きさは確か10万分の1mm単位の大きさだからマスクでは感染の予防に大して役に立たないこと位は誰でも判るはずだ。
新型コロナウイルス感染に対して全く防ぐ効果なしを0として完全に防げる効果を100とすればマスクの効果は恐らく5以下ではなかろうか。
アルコール消毒に関しては虚弱な大腸菌やカビ筋なら死滅させること出来るかも知れないが、新型コロナウイルス感染に対しての効果は恐らく1以下だろうと思う。
アルコールが新型コロナウイルスの外殻をある程度弱体化させるらしい?と言うことからアルコール消毒が広がったようであるが、効果が期待できることは殆どあるまい。
医師などはこれらの事を理解しているにもかかわらず、やらないよりはやったほうが・・・
程度の意識であると思えるが、別段反論などしない。
その理由の「本質」は何でしょうかねぇ?それとも本気で感染が予防できると思っている・・・?いやぁ幾らなんでもそれは無かろう。
一時期的ではあったがマスクが店頭から無くなり、アルコールタオルが店頭から消えて半年以上が経つし、よく考えもしないで店先のアルコールで手を消毒している姿を見ると何ともやりきれない気持ちになる。
はっきりとせず、大した根拠も無い事柄でも行政が言うと直ぐ飛びつく姿を見ていると、自分自身で基本的な知識の積み上げと組み立てが出来なくなっているから、結局著名人や行政に振り回されてしまう。
日本人ってこんなに節操が無く愚かだったのか・・・いや、なったのかと溜め息が出る。



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「復活 くたばれ建築基準法:追録の14」

 先月から仕事が重なってしまい、図面を描き、仕上げ、完了検査に立会い、新しい依頼の企画・計画図の作成対応に追われていましてブログの更新がままならず、やっと少し落ち着きましたので、早年末近くになってしまいましたが更新します。
近い内に「双龍物語」も必ず更新する予定ですが、その前にどうしてもお伝えしたいことがあって今日はその内容にいたします。 

また建築基準法が改正と改悪?(と思われます)が行われました。
まず改正の方からお伝えしますと、建築基準法施行令第112条(防火区画)12項13項には(俗に・異種用途区画)と呼ばれる規定があるが、その一部が削除されました。
法文が削除されるのは異例なことですが、今回それが行われ、前記載の12項には次のような法文がありまして、法文のまま記載しますと [ 建築物の一部が法第二十四条の各号のいずれかに該当する場合においては、その部分とその他の部分とを準耐火構造とした壁又は法第二条第九号の二ロに規定する防火設備で区画しなければならない。] ですが、一般の方にはこれが何を意味するのかも判らないと思いますので、その一例を砕いて説明すると、一般の住宅であれ床面積が50㎡を超える自動車車庫を設けようとすれば、その車庫から住宅内部に出入りできる扉や開口部(窓など)は金属製の扉にして、壁の部分は一定の防火性能を有する仕様にしなけければならないと言う規定です。
尤も金属性の扉であればどのような物でも良いと言う訳ではなくて、国交省が規定した性能評価試験に合格した物でなくてはなりませんし、壁の防火性能に関しても細かな規定があり、その両方を満足しなければ50㎡を超える駐車場付きの建物は建てられません。
これ以外にも「倉庫」に関する規定もあったのですが、この法文には少し首を傾げたくなる内容で、2階建ての建物に限ってその中に「倉庫(収納物品の可燃・不燃の種類を問いません)」があり、その床面積が200㎡を超えていれば、前文と同様に扉と壁に規制が掛っていました。
3階建て以上の建物であればこの規定は適用されませんので、この意味する内容は一体何なのだろう防火?・避難?の疑問が解けないでいましたが、削除されたので国民にとっては良き方向と言ってもよいのではないかと思っています。

 これ以外にも建築物の新築工事においては建築確認申請の交付(都市計画区域外で除外の建物もあります)を受けなければ建築物を建築してはならないこととされていますが、学校・映画館・保育園などの特殊建築物と称される用途であれば、現在建っている建物の内部を改築して使用する場合も床面積が100㎡を超えれば建築確認申請(用途変更)が必要とされていました。
しかし、この法文中の「100㎡を超える→200㎡を超える」に改正されたのです。
100㎡とは10m×10mの大きさで、坪数にして約30坪の面積です。
ビルの中に企業型の保育園を設けようとすれば、100㎡の面積では十分に余裕を持たせた企画が出来ず手を焼いていましたが、今回改正されましたので少し良き方向へ舵が切られたかと感じています。
これで、200㎡以下の面積であれば建築確認申請(用途変更)の交付を受ける必要はなくなりましたが、届出は必要なので、確認申請から届出に変わったという事になります。
この建築確認申請(用途変更)から届出への変わりは大変に大きく、私達設計者の業務の内の大部分を占める設計内容に変わりはありませんが、建築主が負担を強いられる「審査手数料・完了検査手数料」が必要でなくなり、審査機関が行うグズグズと言い掛かりにも等しい「いちゃもん」に付き合わなくて良くなりましたので、時間が有効に使えるようになりました。
でも充分に余裕を持たせて100㎡を超える広い面積で企画を行い、同確認申請(用途変更)を提出すれば良いではないかと言われそうですが、費用と時間がもったいないのです。
10万円に近い費用に加え、1ヶ月以上の審査期間を必要とされるのであれば、出来れば避けたい と思うのが設計者の良心であろうと考えてしまうからで、特に期限が決まっている場合(補助金申請)などではとても助かります。
保育園などでは工事が終わらなければ、補助金は疎か開園まで出来なくなる憂き目に会うからです(認定保育園などでは他に所轄保育課の検査に消防の検査もありますのでねぇ)。
建築確認審査機関は建築主の都合に合わせて残業をしてくれたり、建築確認検査済証の交付を早くしてくれることはまず皆無に近く、相手任せの世界なので、こちらの努力も誠意も全く通用しない情けない形態なので、少し気持ちが楽になりました。
 
 さてと、改悪と言わなければならないようなこともありまして、その法文が削除された時期と前後して、ある企業の不良工事の発覚が世間を騒がしました。
その法文とは建築基準法施行令第114条1項1号2号に規定されている共同住宅・長屋の住戸間「界壁」と言われている部分のことです。
住戸間「界壁」とはマンション・アパート・長屋など、入居者同士を境にしている壁の事を指します。
「界壁」と呼ばれるこの壁の仕様は防火に関する仕様よりも厳しい対応が求められていて、施工業者泣かせの面倒臭い工事ではありましたが、入居者にとってはとても良い構造のものだと捉えていました(遮音・防音が主たる目的で作られた法です)。
この法律が削除されたころ、友人でもあるシステムエンジニアの方が当社のパソコンの不具合を修理に来てくれていた時のことです。
「いやぁ以前長期の出張でRパレスの一部屋を借りていた時のことです。玄関の呼び鈴が鳴ったので玄関に出てみると、隣の住人の所でした。でも自分のところが鳴ったほどに大きく聞こえたので、それが理由でしたか・・・納得できました。」と話していました。
そうです、この「界壁」の手抜き工事で日本全国に何万戸もの不良物件を造って稼いでいたあの会社のことです。
恐らく信じられないほどの巨額の差額金を手にしたはずで、これは明らかにアパートの建て主に対する詐欺行為です。
通常であれば、倒産しても不思議ではないほどの補償と改修工事費になるはずであったが、倒産の話を聞かないし、糞蝿報道者達も何ら報道すらしなくなった。
それもそのはず、確か報道各社がこの違法工事を報道し始めて暫くたってからのことだと思いますが、この「界壁」の部分の法文が削除されたのですから、それまで違法であったものが、少し手を加えるだけでその日を境に合法に変化してしまいました。
これでRパレスの建物は僅かな改修工事の費用で済むようになったと思います・・・一体何なのでしょうか、この時期にこの法文の削除です。
国交省の天下りを数名でも受けているのではないかと勘繰りたくもなるし、仮にそれはなくても他の大手プレハブ各社も同じ様なことをしていて、それの目隠しに利用されたのではなかろうかと思わざるを得ない私は、やはりひねくれていますかねぇ。
しかし、燐家の声や音がまる聞えの部屋で、男女間の睦み声まで響き渡るのでは、性犯罪の増長にまでなり兼ねないことなどお構い無し!で、これは不眠症大量増産政策ですか。
企業を助けて国民を殺すようなことを平気でやる霞ヶ関ではねぇ・・・令和の信長早く出てきて何とかしてくれえ~。



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