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建築家 潤 の『独断と偏見』

「酔龍の独り言:その020」

 どのように考えても新型コロナウイルスが収束している状況は不思議で仕方がない。
医療関係者もその原因は良く解からないと言っているようですが、喜ばしい不可思議な現象が続いています。
一説ではワクチンによる効果ではなかろうか、いや日本人のほぼ全員が几帳面にマスクを着用し、手指の消毒を行っているからであると言われているようだが、ことワクチンの接種に関して言えば日本は他国に比べて出遅れていたし、現在でも2回目を終えた接種率は75%程度だと聞き及んでいるにも拘らず、ここ最近では日本国の半数以上の県が感染者ゼロの状況を呈している。
ワクチン効果だとするなら、他国など早くからワクチン接種を行っていて、接種率も日本より高いにも拘らず感染者は増加しているし、減少していても日本に及ばないのは何故かの疑問が残る。
 コロナ感染は「飛沫感染」「空気感染」「接触感染」などが主な感染経路であると考えられているが、マスクの着用や手指の消毒だけで起こる減少とはとてもではないが考え難い。
世界中を見ても日本だけが特異な現象を呈しているようで、同じ東洋人でありながら、最も日本に近い国の韓国では国民のワクチン接種率が高いにも拘らず感染者は増加している。

 早く収束したその原因は数千年に及ぶ食生活(習慣)が育んで作られてきた体質ではなかろうかと私は思っています(医学知識の無い者が何を言うか!と言われそうだがねぇ)。
肉食を主とした国の感染が未だに収まらず、菜食を主として来た日本人のみが早く収束したこと以外に考えられない。
一時的には感染が拡大したけれども、それは欧米の食生活が大東亜戦争後に日本に普及し始めて現在に至っているからであって、初期の段階では感染拡大を呈したけれど、日本人の持つ深いところの体質をコロナウイルスが好きになれなかったのではないかと考えていますが、 まぁこれはただの戯言と聞き流して下さい。 

しかし、振り返れば菅前総理はとても気の毒である。
もう少し総理の椅子にしがみ付いていれば、コロナ感染の数は激減したのだから、その成果?を喧伝することが出来て、困ったような顔をしなくても済んだのではなかろうか。
その反面、棚から落ちてきたボタ餅を食べることが出来たのは岸田現総理である。
先の衆議院選挙では予想に反して単独過半数を確保して自信満々といったところだろうが、こと広島での評判はすこぶる悪い。
その理由は忘れもしない世間を騒がせた河井案里前議員に関する選挙の顚末による。
当時の選挙に於いて広島には古参の議員(名前は書きません)が立候補を表明していたにも拘らず河井案里が割って名乗りを上げた。
広島の自民党県連は票が割れて共倒れになるのではないかと心配して、蜂の巣を突いた様な騒ぎとなって何とか調整を図ろうとしている中で河井案里立候補の件を岸田議員に頼み込んだところ「わしに任せ!総理と話をつけてくる」と安部元総理の下に行ったそうだが、安部元総理から「君、そんな事を言うようだったら次(総理)は無いよ」と言われ、すごすごと引き下がって来たのだと言われているのです。
見た目だけは菅元総理より見栄えは良さそう(菅さんごめんね)だが、この経緯から推し測ると中身(人としての質)は如何なものかと思ってしまう。
いくら常に総理の鞄を持ちのイエスマンであった案里の夫から甘言を持って頼まれたとは言え、自民党では永年功績があった人物を差し置いての選挙資金の額などを考えると、例え総理が嫌いな相手であったとしても、それとこれとは別な次元で捉えなければならないことと思うが、権力を手に収めると思い上がりが一層強くなるものなのでしょうかねぇ。
そして、選挙違反と多額の選挙資金提供で大問題を起して河井夫婦共に議員辞職となって今では元の選挙区を歩けないほどに評判を落としてしまった。
全て世間を舐めて己の欲が引き起こした結果であろうと言う以外にないのだが、その陰の張本人は未だに花見の宴も森蕎麦と加計蕎麦事件の件もうやむやにしたままで、明治維新の際に大役を成し遂げた長州人の姿勢とはとても思えないので、ただゝ残念でならない。
とは言いながら、戊辰戦争に於いては薩摩・長州が会津を攻める際に起こした非道なる強奪・強姦・殺戮(金目の物は全て奪い尽くし、婦女子は老婆を除いて処女は一人もいないと言われた)を起こしていて、新政府となった後も井上馨は民間の尾去沢銅山を権力で略奪するなどの悪行を重ねている(共に歴史教科書には記載はありません)ので、先ほどの長州人と言ったのは取り消し、前文の長州であれば花見の宴や森・加計蕎麦事件など人が一人亡くなっているのに・・と思えども、気にもされないことなのであろうか。

 私は選挙に関して言えば支援は好きではないけれど(数年前に亡くなった元山口県知事・山本繁太郎氏の支援を最後に止めようと思っていた)、今回の衆議院選挙では柳井高等学校同級生の息子が立候補したので進んで支援を引き受けた。
奇しくも元河井案里議員の選挙区なので、さて自民党に対する風当たりが強いからどうしたものか・・・と思案している中、暫くすると中国ブロックの比例代表での出馬となった報道を聞いて安堵し、それなら幾らでも票を集められる自信があるから仕事を半分に減らして尽力した。
しかし、初めての立候補だから比例代表では一番下位となるのでは・・・の心配を他所に比例一位での報道があったために安堵して、本人を呼び10名ほど集めて「叱咤の会」と称してこれからの議員活動に於いて真(誠)の国民の声を聞く会を開いた。
その一週間後に見事当選したので、本人にメールで次のような文章を送っておいた(原文のまま)。
林ちゃんへ当選おめでとう。
比例区1番目だから100%当選だったけれど、昨日の選挙速報と今日の新聞の写真を見て嬉しくなりました。
後は、今まで以上に「先生!先生!」と言われるでしょうが「驕ることなく」先輩議員達に「諂うことなく」国民の代表として「国」と「国民」の為に力を注いで下さい。
それから千代田町に行ったら「ヤマオー事務機の社長・大山和典」さんが訪ねて行くと思います。
お母さんの淑子さんと柳井高校同級生でとても親しい間柄です。
今回の当選をとても喜んでいて、喜びのメールが入ってきました。

それでは、今後のご活躍を期待しています。



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「双龍物語:第六章・思春期の四」

 この頃には中学三年生になっていた潤は志望校を県立柳井高等学校普通科に的を絞り高校受験を控えていたから、それなりに気ぜわしい日々を送っていた。
勉強(学問)が好きでなかった潤の成績は同学年生徒百八十名中十五番前後であったように記憶しているが(定かではない)、担任の先生は親に「今のままでは柳高(りゅうこう・柳井高等学校の略称)の合格は難しいと思われるので、もう少し頑張ってもらわないと・・・」と話をしていたようなので、親からはもっと勉強しろとハッパを掛けられるのだが、この中学校における過去の記録では大体三十名程度が柳井高校に合格しているようなので合格が難しいと言うことはなかろうと高を括りながらも不安を払拭できるほどの自信もなかった。
それなりに勉強をしながら、いよいよ受験の時期が迫って来た頃になると親が「潤坊どこか滑り止めを受けちょかんでええんか?」と聞いてきたので「どうしようかのぉ~(柳井高校が)通らんとは思うちょらんのじゃが、一応高水(南岩国にある私立・高水高等学校のこと)を受けちょこうか・・・」と返事をして、そこを受験したように思うのだが、はっきりした記憶は無い。
 柳井・岩国地区では進学校として県立柳井高等学校と岩国高等学校が肩を並べていて、県立の商業高等学校や工業高等学校を除けば、その次が高水高等学校と続き、他は柳井学園高等学校と徳山地区にある桜ヶ丘高等学校があった(共に私学である)。
潤自身は学校に優劣をつけていることに少し抵抗があったけれども、世間の共通認識として浸透していたようで、確かに眉をひそめるような生徒が多くいたことも事実であった(今は偏差値と言う尺度で優劣を判断しているようですが、私は未だに偏差値の意味が良く判っていません)。
 そのようなことがありながら、潤は柳井高等学校を受験して合格した。
親や親戚・近所の人達も喜んでくれたので、取り敢えず一安心と思っていたところへ誠が「潤坊お前蓄膿症(慢性副鼻腔炎)の手術をしとけ。蓄膿症だと勉強の集中力を欠くと言うからのう。
春休みの間に手術をしといたらええんじゃないか、岩国にええ医者がおる言うて聞いちょるけぇそこで手術せえ」と言い出した。
子供に選択肢は与えられていないのだから、仕方なく納得したところ数日後には岩国市にある耳鼻咽喉科の診療所に連れて行かれて診察を受け、その日に手術の日取りまで決められてしまった。
診察を受けた時に医師が「膿の色が白いので通常より悪性と思われるから、悪いところの骨を一部削り取るような手術になりますが、局所麻酔をかけるのでそれほど痛くはないでしょう」と言うのだが、骨を削ると言うのだから痛くないことはなかろう・・・と思ったけれど今更どうしようもない。
手術前日の夕刻から入院させられ診療所二階にある病室で術前術後の注意事項など一通りの説明を受けたが、まだ中学三年生の潤にはよくわからなかった。
その日は不安ながらも良く眠れたように記憶しているけれど、翌朝早くに若い看護婦見習いが病室にやって来て「今から手術を行いますので一階に下りて下さい」と呼びに来た。
時間を考えると一般診察の前に手術を行う予定を組んでいたようで、もうまな板の上の鯉状態である。
手術室に案内され、手術台に寝かされて鼻と口の部分に穴が開いている白い布を顔に掛けられてから手術開始となった。
医師からは「麻酔を打つからそのうち眠くなるよ」と言われ、看護婦から「口を開けて下さい。今から麻酔しますね」と言われたので、口を大きく開けると上顎から鼻の方へ向けてかなり太い注射針を差し込まれたので、それは相当に痛かったけれど上顎の骨を突き抜けるほどの注射針を何箇所も差し込まれる内に麻酔が効いてきたのだろう、段々と痛みを感じなくなった頃に上唇と歯茎の間を切開し、上唇を引っ張るようにして大きい手術用の開口部を作ったようであった。
その後暫くは炎症を起こしている副鼻腔内の膿を取り除き、消毒している様子が伺われたけれど、突然ノミを叩くような音と共に激痛が鼻の奥に走った(炎症を起こしている部分の骨にノミを当てハンマーで叩きながら削っている)。
最初は我慢が出来たが繰り返し々削られると、もう我慢の限界を超えて思わず「痛~い!」と削られる度に何度も悲鳴を上げた。
余りにも潤が喚くので医者が「少し静かにせぇ、手術にならん」と小言を言ったが「痛いもんは痛いんじゃ!」と潤が叫ぶと「もう一寸じゃけぇ我慢せぇ」と相手にもしてもらえず手術は潤の叫び声と共に続行され「よし、これで終わりだ」の声で切開した口の中を縫合して一時間程の手術は終了した。
看護婦に体を支えられながら二階の病室に戻りベッドで横になったが顔の中がズキズキと痛んで中々寝付けなかった(それはそうだろう、朝起きて直ぐの出来事である眠れるわけはない)。
それでも痛みを我慢しながら夜には眠ってしまったが、朝起きて洗面所で鏡を見ると顔全体が倍近くに腫上がっていて、とても自分の顔とは思えないほどになっていた。
病室へ戻ったところへ看護婦が朝食を持ってきてくれ「口の中を切っているから二,三日は流動食ですよ」と言いながら重湯に近いおかゆを机の上に置き「ゆっくり食べて下さいね」と言いながら病室を出る間際に「昨日は痛かったんじゃぁ、大分喚いていたからね」と言うので「痛いなんてもんじゃなかった。本当に痛かった」と不自由な口でモゴモゴ言うと「まあ骨を削るんじゃけぇ痛かったんじゃろうねぇ~、でも直ぐに治るから」と言って病室の扉を閉めた。
術後の診察では経過は良好だと言われ、痛みは三日ほどで治まって食事も普通食となったけれど、今度は退屈の虫が騒ぎ始めて、本を読んだりしながら時間をつぶしていたのだが、外出を禁止されているので、やはり時間を持て余していた(折角鼻の中がきれいになったのだから、外に出て汚れた空気の埃などで菌を貰うと又再発しかねないと外出禁止の釘を刺されていた)。
診療所の傍にはドブ川よりは少しきれいで小鮒が泳いでいる水路があったから、退屈しのぎにこの辺りを散策すれば気も紛れるのに・・・と思えたが断念せざるを得なかった。
時間を持て余しながらの入院生活もあと数日となった頃に看護学校に通っている看護婦見習いと看護婦さんが「潤ちゃん(この頃には名前で呼んでもらえるほど親しくなっていた)今度の土曜日の午後岩国城へ行ったことがないんなら一緒に行く?」と誘ってくれたから二言返事で「うん行く行く連れてって」と言ったのだが誘ってくれた看護婦の方が「先生から外出はダメだと言われているからどうかなぁ~」と言いながらも「もう退院が真近だから大丈夫か・・・じゃぁ行こう」となって、土曜日の午後診療所の玄関扉を閉めた後に初めて岩国城への細い登山道を歩いて登った(ロープウエーもあるのだが、出来るだけ人との接触を避けようと徒歩登山となったのである)。
そこからは瀬戸内海と岩国市内が一望でき、米軍岩国基地の中までも手に取るように見える見晴らしの良い場所だったから、歩いて登ってきた甲斐があったというものである。
そして城の中に入って展示してある刀剣や火縄銃と歴史的な遺物を見ながら初めての岩国城見学を終え、帰り道も登山道を歩いて下り、平場にある吉川公園を散策して帰途に着いた。
翌日は日曜日だから診察はないし、何もすることが無いので退屈であるが、月曜日は退院の日なので待ち遠しいばかりの一日となった。
待ちに待った月曜日になって朝一番の診察を受け、いよいよ退院となったが、支払いについては何も言われなかったので、手術代と入院・診療費用は誠が会社の帰りに支払う予定になっていたのであろうと思われる。
看護婦さん達にお礼を言った後、診療所を後にして岩国駅まで徒歩で向かい、国鉄山陽本線下り線に乗り大畠に向けての家路に着いた。
と言う事で、中学校の卒業式には出席できなかったけれど、家に帰ると同級生が卒業証書と記念品を家に届けてくれていた。

 退院をしてから早々に柳井市にある学校の指定店に行き、制服と校章のついた制帽を買って貰ったのが何だか嬉しくて、まだ正式には高校生ではないのだけれど外出する時には制帽を被って出かけたものである(少し誇らしい気持ちがそうさせたのであろう・・・可愛いものである)。
高校の入学式までにはまだ少し日にちがあったので、やっと志望校に合格できた嬉しさと何とも言えないような安堵感を感じながら、これから始まる高校生活の不安と希望が入り混じった複雑な心境の中、仲の良かった同級生達とよく集まっては下らない話をしていた。



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「双龍物語:第六章・思春期の三」

「中学二年生で起きた災難」
 
 僅か一年で再び地元へ戻され、大畠中学校へ通うことになった潤は、懐かしい顔を見るに連れ嬉しく感じていたのだが、中学生になったせいなのか小学生の時に良く一緒に遊んでいた悪ガキ仲間達の雰囲気が少し変わっているなと感じ、漁師町に住む十数人は近寄りがたく以前と違って何となく大人びているようにも感じたけれど、それなりに仲良く学校生活を送っていた。
そうしている内のこと、ある時ホームルームの時間に担任の先生が「机の前後ろで相手のことについて何でもいいから何か書くように」と言われて用紙を渡された。
潤の席の前に座っている同級生は漁師町の子で、まだ小学生気分が抜けないのか毎日学校へおもちゃを持ってきて遊んでいた。
日頃それを見ていた潤は「やれやれ、中学生になってもまだおもちゃから離れられないのか・・・」と思っていたこともあり、渡された紙に「もう中学生なんだから学校へおもちゃを持ってこない方がいいよ」と他愛なく書いた。
これが災難の切っ掛けになろうとは思ってもなかったのだけれど、数日経ってからその子が「三田、お前のせいでわしは先生から怒られた」と言ってきたのだが、潤には何のことかさっぱり判らないので「わしが何かしたか?」と聞いてみると「お前が学校へおもちゃを持ってこない方がええと書いたけぇ先生に呼び出されて怒られたんじゃ」と言うのだ。
潤は「何だそんなことか、別に告げ口のつもりで言うたんじゃないんで、気にせんでもええじゃないか」と言ったのだが、相手の気持ちは治まらなかったようで、それからが壮絶な虐めが始まったのである。
休み時間に廊下に連れ出されて殴られ、時には便所に連れ込まれて殴られる日々が始まった。
一対一の喧嘩なら負ける気などしなかったけれど、いつも五、六人の仲間と一緒にやってくるのだから始末が悪い。
その他の者はただ黙って見ているだけで、手を出してくるようなことは無かったが、こちらが手を出せば、黙ってはいないだろうと我慢をする以外なかった。
恐らく日常生活で感じる不満のはけ口にされたのだろうと想像をしていたが、毎日のように続くので、気が滅入ってしまい死にたい気分にもなったことも何度かある。
学校の先生達は漁師町の子供の背景にいる者達を恐れて萎縮し、手や足はおろか口も出せない気持ちになっていたようである。
と言うのも、その後一年近く経った頃に朝礼で校長が「警察とも相談し、もう私達は恐れません。今後ちゃんとした指導と教育を行いますから」ときつい口調で挨拶をした時に、そうだったのか、あいつ達を恐れていたのか・・・と感じたのがその理由である。
それほどまでに学校内は乱れ荒れていたことの証で、漁師町の生徒は授業中でも教室後ろにある作り付け収納棚の上に寝そべって漫画を読んでいたり、勝手気ままに教室を出入りし、数人が寄って雑談をしている姿が日常的な光景であったにも拘らず、その生徒達に注意をすることなど無かったのだから、そう言うことだったのであろう。
殴られる潤にしてみれば別段痛くは無かったのだが、痛いようなフリをしておかなければ、気が収まらないのだろうと思って「ウッ」と小さい声でうめき声を上げておいたのだが、潤の心の中は屈辱的で耐えられなかった。
 ある時に思い余って誠にこの状況を伝えたところ何と言ったか・・・信じられない返事が返ってきて、それは「お前ら、腕力でなくて勉強で来い!と言うたらええ」である。
もう目眩がするような気分になり「この親はダメだ何も判っていない」と心で呟き第一回目の親を見捨てたような気持ちが生じたと思う(この後も形を変えて何度も同じようなことが起こります)。
子が曲がりなりにも困っているからと相談をしたというのに解決方法を深く考え模索するわけでもなく、対処方法が環境の悪い漁師町で育ち、心の中は恐らく己の境遇に不満だらけで勉強など全くする気もない相手に「勉強で来い!」とは的外れも限度があろうというものである。
結局潤はこのような状況に対してどのように心の中で折り合いを付けたのかと言うと「なに、このような状況は何十年も続くわけではないのだから、もう少しの間辛抱していれば何てことはないわ」である。
この考え方の転換が功を奏したのか、もう別段気にすることもなく、学校に通っていたところ、ある日この悪ガキ共が一目置いていた比較的体格が良く悪ガキで名が通っていた一年年下の朝鮮人(当時は社会がそう呼んでいたのでそのように表記します)を何かの弾みで顔を殴って怪我(前歯を折った)をさせてしまった。
殴った相手とは好意的な間柄で別段仲が悪かったわけではなかったから、今から思えば何が原因だったかはっきりしないのだけれど、恐らく何かをからかわれたのではなかったかと思う。
しかしどうあれ、相手に怪我をさせてしまったのだから親御さんにお詫びをしなければと思い夕刻になるのを待ってから家を訪ね、母親に「今日息子さんを殴って怪我をさせてしまいました。ごめんなさい」と話したところ「どうせ家の息子がまた悪さでもしたんじゃろう。潤ちゃん気にせんでもええよ」と言って貰ったのだが「でも前歯を折ってしまって・・・」と治療費のことあろうと思い神妙な顔つきで言葉を返すも「でも潤ちゃん気にせずにこれからも仲良くしてやってよね」と言われて「わかりました。申し訳なかったです」と言葉にして家を出たのだが、帰りの道すがら、大した原因ではなかったと思われるのに思わず手が出てしまったのは、自分にも何らかの鬱憤が溜まっていたのではなかろうかとも感じた。
しかし、怪我をしたのは相手だけではなく潤も握りこぶしに傷を負い、歯による雑菌で化膿して腫上がり二週間ほど包帯の世話になってしまった(今でもその時に付いた傷の痕跡は微かに残っている)。
その事があったせいか、潤を虐めていた悪ガキ達の見る目が少し変わったように思えたけれど、虐めが止んだわけではなかった。
当時一世を風靡した舟木一夫が唄う「高校三年生」や三田明の「美しい十代」の歌謡曲が日本中に流れていた一年後で丁度東京オリンピックが開催されていた時のことである。



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「酔龍の独り言:その019」

 新型コロナウイルスの影響で飲食店は軒並み時短営業・休業要請を強いられて、効果が期待できないアルコール消毒設備にマスク・アクリル板設置を強要され、設備費は即出てゆくし、家賃と社員の給与は毎月支払わなければならないのに保証金は一向に入金とならない状況であると飲食関連の方々のボヤキが聞こえています。
これらの設備を設置しなければ保証金を支払わないと言うのだから飲食店に関連する業種は悲鳴を上げている現状であるにも関わらず、根本的な救済・解決策を見出せない無能な政府はもう救いようが無いと国民は思っているだろうから、きっと今度の選挙では自民党は惨敗するのでは・・・との予感がする。

 私の業種は飲食店ほど直接的な影響を受けているわけではないけれど、そのお陰で家に篭もり、テレビでも見ようと朝刊のテレビ番組欄を調べるのだけれど一向に見てみたい番組が見当たらない。
この状態はもう何年も続いていて、仕方がないからBS番組欄から昔に放映された勧善懲悪と人情を主題とした時代劇を録画してみているのだけれど、これが結構面白いのである。
若い人に言わせれば、最後は決まった展開だからつまらないと言われそうであるが、しかし「鬼平犯科帳」「盤嶽の一生」「御家人斬九郎」「江戸の旋風」「八百八町夢日記」などなど多くの作品を見ていて思うことは、権力の座にある者がその地位立場を利用しての悪事不正を主人公が正す中においての人情裁きを見ていて、人とはかくあるべきとの想いがいつも湧いてくる。
作られた時代劇と比較しても仕方がないことだけれど、現在は「何と窮屈な社会になったものだ」と溜息が出る。

 話が横道に逸れました。
主題としたかったのはBSテレビでは必ずと言ってよいほど健康に関する宣伝が多く流されていて、その宣伝内容が目に余るほど詐欺的なものとなっているのではないかと言うことです。
時代劇を見ているのは恐らく高齢者ばかりであろう・・・との認識を持っている薬品会社などは流石に目の付け所が違うものだと感心するが、その殆どが髪・(顔の)皺・目・肩・腰・腰・足など健康に関するものばかりである。
へそ曲がりで疑り深い私が問題だと思っているのが次のような一節である。
○○○の症状は△△が不足してくることが原因かも知れません・・・そこで×××は□□が有効である(効果がある)と報告されている。
そして成分については「承認基準の最大量を使用しています」とも言うのである。
このような言葉と共に小さな文字で書かれた注意書きのようなものが数秒間画面に映し出されるが一行すら読めたものではない。
ここで、何が問題なのかと言うことになりますが、その不都合な症状の原因はあくまで「△△かも知れない」と言っているのであって、これは「△△ではないかもしれない」を含んだ言葉であることの認識を持たなければいけないと思うのだが、そのような雰囲気に聞こえるような話し方など決してせずに、すぐさま「□□が有効であることが報告されている」
と、あたかも権威がある学術誌などの報告であるかのように想像させて「承認基準の最大量を使用している」と効果が絶大であるかのような事を言いながら、更に間髪を入れず商品の大幅値引きを謳って締めくくり「今すぐお電話を!今から30分間オペレーターを増員してお待ちしています」と購買意欲を掻き立てるのである。
そして昔売れていた芸能人を引っ張り出して「私も愛用している・・・」などと言わせて効果の信用性を高めようとするほどの念の入れようである。
売らんが為の宣伝内容を纏め、荒筋を組み立てると次のようになる。
(  )には裏の言葉であると認識して下さい
「現状の辛い状態を少し大げさに表現して不安を煽る(年を取れば誰でもそのような症状が大なり小なり出てくる)。
続いて、あたかもこの商品は良いもので、辛さが緩和されますよ(薬事法により治るとは絶対に言わず、効果には個人差があると必ず書かれているそうですから、当てにはならない)と、あたかも治るが如くのように話し、この商品は有効であることが報告されている(誰が何処に報告して、どの程度有効であるかを言わないので、もしかすると薬の開発担当者が家に帰って女房にでも報告したのかな?それとも会社の上司に報告したのか?)と安心感を植え付ける。
そして、早く電話すれば大きな値引きがあるから得だよ!送料も不要だよ!とたたみ掛けた後に「この商品は売り上げNO,1」だと言うところもあれば「これまでに数十万の方に愛用されています」と売り込みをかける(売れている=良い製品であることは限らないのだけれどね)。
最後に「承認基準の最大量を使用している」は承認基準の基は恐らく厚労省であろうと思われるが「承認基準」があるということは使用量を定めていることなので「発がん性物質・毒性がある有害物質」に近いものであると認識した方が良いはずだが、言葉をうまく掏り替えていて、人の良心的心理を巧に突いた宣伝となっている(承認基準があるものは出来る限りその使用量が少ないほど人体に悪影響を及ぼさないことは子供でも判る)。
 と言うのも昭和の三十年代だったと記憶しているが、○ッカレモンと言う商品が爆発的売れていた(これが売り上げNO,1であり、多くの人に愛用されている)ということで、天然果汁100%との謳い文句であったが、どこかの組織がその成分を調べたのであろう、何と「天然果汁は一滴も入っていなかった」と新聞記事にされてしまい、その会社は倒産寸前まで追い込まれたけれど、これを機に販売姿勢を反省したのか組織改革を行ったのかについては判りませんが、現在も継続営業をしているようである。
その後も同じような事件を大手の食品会社などが起こしてきたが、倒産もせずに相変わらず継続営業が出来ているところをみると、日本人は本当に良き人ばかりなのか、それとも危機感がとても希薄なのか、いや若しかすると単なるお馬鹿さんなのかもしれないと思ってしまう。

 余計な事を話してしまいましたが、次のように言い換えれば誰でも解かる事なので、如何思われますかね。
・髪の毛が抜け始めたから「よし!では人の髪の毛を食べればきっと髪は生えてくる」。
・骨が弱くなってきたと言われたので「それなら人の骨を食べればきっと骨が強くなるはずだから人の骨を食べよう・・・しかし人の骨を食べることは出来ないから牛や馬の骨を食べることにしよう」。
・歯が抜けたので「歯を食べれば必ず歯が生えてくる・・・いやそれは出来ないから歯と同じ成分を補えばきっと歯が生えてくるはずだ・・・まさか」。
・筋肉が衰えてきたから人の筋肉を食べる???それは出来ないから牛や羊・馬の筋肉を食べると必ず衰えた筋肉が復活する・・・まさかねぇ」。
でもこれと同じような内容の宣伝ばかりですよ、少しご理解いただけましたでしょうか。



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「酔龍の独り言:その018」

 依頼されている業務を上手く纏め上げるのに手間取ってしまい、若い時ほどに根気が続かず、気力も衰えたようにも感じながら、思うように時間が取れずブログの更新が気になりながらも、何とも申し訳ない気持が心を憔悴させてしまっています。
またもや急ごしらえの更新です。

 新型コロナの感染拡大が止まらない。
新型コロナの発症が確認されてから早2年になるが、新型コロナウイルス対しては世界中の科学者や化学者・医療関係に関わっている優秀な人達が知識を駆使し、持てる限りの知恵を出してみても根本的な解決策を見出せないまま今日まで来てしまっている。
また先進国と言われている日本での医療体制というものは開けてみると実はとても脆弱である事も露呈してしまいました。
何度も言うようだけれど、ウイルスは「生命体」ではない不思議な存在で、現在地球上を席巻しながら大活躍している。
 「生命体」でないとは一体どのようなことになるのかと言うと、学者で無い私でも次のようなことくらいは判る。
まずウイルスは「殺せない」と言うことなので、これは人間にとって致命的なことがらですからね、新型コロナだけでなく人間がウイルスと戦をしようにも相手が「殺せない」のでは最初から戦の体をなしていないことになるから戦いようが無いのである。
ただ、これまでに天然痘や麻疹・肝炎・インフルエンザなど多くのウイルスをある程度克服してきた経緯はあるが、天然痘は牛の世話をしている人達の感染が非常に少ないことに着目した医師が牛を使って開発したワクチンのような物から、癌の治療薬として開発されたインターフェロンは、たまたまC型ウイルス肝炎を併発していた癌患者の治療中に肝炎の症状が改善されたことによるものであって、ある意味いずれも偶然に発見できたようなワクチンの類ということになろうか。
今回の新型ウイルス(細菌兵器用にと人為的に開発されたとも言われているが)に対しては全く打つ手が無い状況のようである。
その根拠はアメリカではワクチンの接種率が70%を越えているというのに感染者の減少に繋がっていないし、その傾向は世界中でも同じように起こっている。
 日本では新型コロナの感染者が入院して治療が受けられないことなどに報道者が騒いでいるようであるが、よく考えてもらいたいのは入院治療の内容である。
「殺せない」ウイルスに治療方など最初から無いのだから、治療とは言えないはずである。
そして、重症化した後のワクチンは効かないのだから、やはり治療にはならない。
報道陣が治療と言っているのは、せいぜい呼吸困難な状況を軽くする為の酸素吸入とエクモと呼ばれている高度の呼吸困難症状に対しての補助装置であって、これも治療とは言えない。
 本来「治療」とは細菌に感染した後に薬で細菌を殺す事を意味し、大量の出血を止め、骨折などを適切に処置することは治療ではなく「施術」と言うのではなかろうかと思うが、いまは両方とも治療と言っているようだから、少し違和感を覚えるのだが、では新型コロナウイルス感染により重症化した後に生還した人達は何が巧を奏したのかといえば、肺炎となり呼吸困難の症状を機械によって少し軽くした後に本人の体力と生命力が勝った結果であり、医師・看護師はその補助装置を提供しただけであると捉えるのが本質である。
このように言うと身も蓋もない話になってしまいますが、実際のところ本質はこのようなものなのだから他に表現のしようが無いのです。
 やっと今頃になって政治屋達が「新型コロナは自然災害です」と言い始めたが、それまでこの輩達はきっと「(細菌による病に近い)病気」とでも思っていたに違いない。
厳密に言えば、洪水も大地震も火山の爆発も細菌やウイルスによる災厄は全て自然災害である。
ただ僅かばかりの細菌類を科学や化学の知識と力で克服してきたことで人類は巨大な力を持ったので安心安全な社会を手に入れたと錯覚しているだけである(ほんの一部ではあるが、部分的にその力が認められることの否定はしない)。
地震の予知も台風や竜巻の進路変更も叶わず、降雨も思い通りに扱えず、大気の気温や湿度すら自由に上げ下げできないのだから、これを無力と言わずに何と言うのか。
今世界中が「火」と「水」による自然災害に見舞われている。
欧州では「大規模な山火事」と「洪水」の両方から攻められている映像を報道番組で見た。
「火」と「水」はこの世の二大元素であって、生命の維持に欠かすことの出来ないものであるが、更にこの両方の「調和」が取れていなければならない原則がある。
人間の命の存続も「体温」と「水分」とその「調和」が不可欠であり、他の生きとし生けるもの全てが同じ要素で生命を維持していて、この三つの内のどれが欠けても、生命の維持は出来ないことが自然なのである。
さてここでもう一つ本質の話をしようと思う。
これも何度か同じ事を言うようだが、政治屋も医療関係者も金科玉条のように声高く叫んでいるのが「マスクの着用」「手指の消毒」「アクリル板の設置」「密を避ける」である。
これを殆どの国民はこの二年間守ってきたにも拘らず、コロナ感染の拡大は止まらなかったのだから、意味を成さない予防であることはこれではっきりしたはずである。
「密」については人との距離の関係であるから個人的な感覚に差が出ようというものだが、人が社会生活を営む上で「密」を全て避けていたら社会生活は出来まい。
 大きさ十万分の一ミリのウイルスには「マスク」は役に立たない。
 目の前のアクリル板など室内の空気は絶えず対流を起こしているからこれも無策。
 手指のアルコール消毒も生命体でないウイルスには何ら効果を発揮しない。
ただ「密」を避ければ確かに感染を避ける効果はあると考えるけれど、感染者は外見で判断が付かないのだから、四人以上の会食の制限(五人目からがコロナに感染すると言う意味かな?)やアルコールを午後七時以降提供しない(生命体ではないコロナウイルスがアルコールを好み、夜行性と言う事になるから、これは全く意味が判らない)などの中途半端な「密」を避けるのではなくて完全「密」を行う以外にない。
前文( )内は行政が余りにも無策なので嫌味で書いているだけです。
とすれば、外国への出入り・外国人の入国を止め「完全に自宅から一歩も外に出ない」を行い「感染者が出れば直ちに隔離する」を同時に行えば一ヶ月でコロナウイルスは日本からは消滅するはずだが、出来ないよねぇ。
という事だから、打つ手は無いと言うことになるのです。
自然界に生かされている自然な生命体である人間は生かされるも殺されるも定め(運命)に従っているに過ぎないと言うことがお解かり頂けましたら、必要以上にじたばたしないことが良策であろうと思います。
ただ、この二年間の新型コロナによる死者数は一万六千人余りで、一年に換算すると八千人になります。
近年に於ける日本の自殺者数は一年で一万5千人を超えているのですよ。
自殺者より少ない新型コロナ感染ばかりを騒いでいて、よいものでしょうか。

  双龍物語は少しずつですが書き進めているので近い内に掲載予定です。



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「双龍物語:第六章・思春期のニ」

 式が終わり、振り分けられた教室に入ると席にはそれぞれの苗字が書かれた紙が机の上に貼ってあったので、その席に着いて周りを見渡と、別々な小学校から来ている生徒達であろうと思われる数人のかたまりがいくつか出来上がっていて、ワイワイガヤガヤと話している声が聞こえていた。
その光景を眺めているところへ担任の先生が教室に入ってきたので、皆が席に着き先生の挨拶の後の話に耳を傾けた。
数校の小学校から来ている生徒がいるので、まずお互いを知るための自己紹介から始まり、次は学級委員の選定となったのだが、まだ生徒同士のことがよく分からないだろうという事で先生の推薦の通りにそれぞれの委員が決まったように記憶している。
そして、教科書と時間割が配られた後に学校生活の諸注意を言い渡されて始業式の全ては終わり、朝家を出る時に従兄弟と話しを合わせて、帰りは一緒に帰ろうと約束をしていた場所に向かい家路についた。

 こうして潤は遠く故郷を離れた中学一年生の生活が始まったのである。
日常の生活はと言えば、朝一番にすることは顔を洗ってから鶏小屋に行き卵を採取して、鶏に餌をやり、朝食を済ませて学校へ通う毎日であった(鶏は白色レグホンと茶色い色をした鶏が混ざり合っていたが五十羽以上いたようである)。

大隅家での事を少し触れれば、誠に感化された「スガ子」も大本信者となっていたが、神棚は祭っていなかったから誠のように朝夕の礼拝は行っていなかったように思うが、時折夕食に出されるカレーに牛肉は用いず、代わりに鶏肉が入っていた(しかしカレーは牛肉の方が美味しい)。
「大本」の教えの中には「牛・豚」は食べないというのがあるそうで、神棚は無くとも教えを忠実に守っていたということであろうか・・・。
しかし一方の「三田家」ではカレーに牛肉を入れていたけれども、朝夕の礼拝は欠かさず行い、月に一度の「月次祭」も欠かさず行っていたから、形態重視と本質重視の差が現れていたような現象が起こっていた。

内気な性分を持ちながらも屈託がなく比較的明るい性格の潤は、近所に住んでいた一学年上の先輩と気が合って直ぐに仲良くなると、お互い釣りが大好きであることがわかり、釣に連れて行ってもらう約束をした。
釣竿や釣り糸・釣針は予備があるから道具は買わなくていいと言ってくれたので安心して釣に行く日を楽しみに待った。
いよいよ釣に行く日がやって来て、連れて行かれた先は海ではなく山の方へ向かうから「何を釣るん?」と聞くと「行けば判る」と言いながら、途中で餌のミミズを掘るというから、どうやら鯉か鮒だと確信した。
着いた先は小高い山の裾より少し高いところにある池で、どうやら灌漑用水の溜め池と思われ、いかにも鯉や鮒が居そうな感じがするのである。
ワクワクしながら釣り支度を整え水深を測って底を決め、針にミミズを付けて糸を垂れてみるが暫く経っても浮きが沈まないので「ここには魚がいないんじゃないの」と言うと「直ぐには釣れんよ。餌の匂いを辿って寄ってこなければ釣れるもんじゃない」と言われて、それはそうかと納得していたところに浮きがすぅ~と沈んだ。
間髪容れずに竿をしゃくると、ぐぐっと来る手応えがあり竿がしなる。
水面より覗いている倒木の方へ逃げられないように慎重に魚との攻防戦を行った後に釣り上げたのは15センチほどの鮒であった。
それからは頻繁にあたりがあり、鮒を釣り上げたり餌を取られたりを繰り返している内に段々と周囲が薄暗くなってきたので先輩が「もう帰ろうか」というので「うん分かった」と返事をしてニ十数匹の鮒を釣り上げていたけれど、持って帰っても入れるところが無いのでバケツに入れておいた鮒を池に放して帰途に着いた。
その帰り道で周囲を見渡すとあちらこちらに灌漑用水池が目に入るから「この辺りは池が多いんだなぁ余り雨が降らないのだろうか・・・」と感じたものだが、水辺が大好きな潤にはとても良い所だと思えた。
 その後も何度か鮒釣に出かけたけれど、灌漑用水池では鮒しか釣れないので、少し不満だった潤は海釣に挑戦したが、ここは本当に釣れそうだな・・・と思うところを捜しては糸を垂らしてみたけれど釣れないのである。
釣に親しんだ故郷の海辺とは勝手が違ったように感じたけれど、何度も挑戦してみたが、余りにも釣れないので釣り大好き潤も牛窓での釣を諦めてしまった。
 
 学校生活では次第に気の合いそうな友達も増えてきて親しくなり、お互いの家に遊びと勉強で行き来するようになっていたが、潤は勉強が楽しいとは思えず、また好きにもなれなかったけれど、何とか普通に付いて行けていたようで、成績は中の上程度であったように記憶する。
また時折ではあったけれど、大畠の両親が手紙を添えた小包を送ってくれた。
中を開けるとお菓子などが沢山入っていて、手紙を読みながらその菓子を口に入れると有難い想いの感情なのか、子を想う親の気持ちが伝わってきたのか自然と涙がこぼれ落ちてきた。
 それなりに楽しく牛窓の学校生活を送っていたのだが、好奇心旺盛で、とても悪戯好きな性分を持っていたために、少しやんちゃと悪戯が過ぎたのであろう、一年目で大畠に還されることになってしまったのである。
しかしこれがその後大変な目に遭う序章になるとは夢にも思っていなかった潤であった。

 余談を少し話せば、それから数十年後、仕事で岡山に行くことが多くなり、久し振りに訪れる岡山で感じたことは、やはり本当に灌漑用水池が多くて、現在市街化となっている地域にまで用水路がいたるところに張り巡らされているのを見ると、中学生の時に感じた記憶が再現してきた思い出がある。



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「双龍物語:第六章・思春期」

 小学校六年生の終わりが近づいた頃に両親が「潤坊お前は岡山の牛窓へ行って向こうの中学校へ行け。あそこはお前と同じ年の巌夫(いわお・従兄弟)がおるけぇ丁度よかろう。」と言い出したのである。
突然そう言われた潤は、全く友達がいない所へ行くのか・・・と戸惑う気持ちと、従兄弟達がいる牛窓かぁ行ってみたいような・・・との気持ちが交錯する中「なんで?」と聞いてみると、漁師町の地域が荒れに荒れていて悪い連中が沢山いるから・・・と言うようなことであった。
確かにこの地域はこの近郊でも悪名高い評判の漁師町で、まだ子供の潤にとってはそのような話は風評程度で耳に入ってくるだけだから、大して気になることではなかったけれど、両親の心配は極度に達していたようである。
どうやら教諭をしている滋子が他校を含めての地域の会合で聞いた話であろう、暴力団の構成員や準構成員が多くいて、それに従っている若い者と子供達が一緒になって暴れているので、学校は荒れ放題となり、先生方が恐れてしまって何もできない状態になっていると言うことのようであった。
まだ小学生の潤には両親が心配する状況の的確な把握が出来ないままではあったが、余りにも親が強く勧めるものだから、段々とその気にさせられてしまい、潤が牛窓行きに納得すると、すぐさま潤の必要な荷物を纏めて牛窓に送り、転校の手続きをしている間に春休みに入っていった。
この休みを利用して大隅家の長女・喜美子(大学生)が潤を迎えに大畠まで来てくれたのである。
喜美子と共に山陽本線上りに乗車し、広島駅で乗り換えて岡山駅に到着したが、今と違って蒸気機関車が引っ張る列車は遅くて、力が不足しているからであろう、西条駅の手前にある坂が上れなくて何度か止まり、その度にレールに砂を撒いて動かしていた。

岡山駅から天満屋(デパート)に併設しているバス発着場まで徒歩で向かったように記憶しているが、十五分近くかかっただろうか・・・そこは田舎者の潤にとって始めて見る大きなバス発着場で十台以上のバスが停車していたように記憶している。
終点牛窓行きのバスに乗り車窓を眺めていると岡山市内の大きな建物は徐々に目に入らなくなり、段々と田園風景が続いて行くので「なんだあこれじゃあ大畠と変わらない田舎じゃあないか」と思いながら終点牛窓に近づくに連れてその思いは一層強くなった。
バスが牛窓に到着して従姉に連れられ叔母の家に向かったが、そこは平地から小高い丘を越えて十分ほど歩いた所にある瀬戸内海に面した小さな町であった。

牛窓町には郵便局員をしている「大隅 田次郎」のもとへ誠の姉(長女 スガ子)が嫁いでいて、大隅家は家の近くに小規模な養鶏場を持ち、食品販売と鶏卵販売の店を自宅の玄関先で営んで生計を立てていたようであった。
大隅家の家族構成は長男が東京農業大学・長女(喜美子)は京都女子大に在学中でそれぞれ東京と京都で下宿生活を送っており、ここには高校生の次女(米子)・三女(喜代子)と次男「巌夫(同じ年)」が同居していた。
大隅家の家族は潤が来た事を歓迎してくれ、この日の夕食は賑やかでとても楽しい時間であった。
入学式までにはまだ少し日にちの余裕があったこともあり、伯父は郵便局で払い下げになった自転車を二台従兄弟と潤の通学用にと購入してきてくれて、赤色の自転車に黒色のペンキを塗って
くれたのだが、正直言ってカッコ悪い自転車で、気乗りはしなかったがしかし、そのような事を言ってもいられず、この自転車に乗って近くの商店街や海水浴場などを回って近隣の地形を頭の中に書き入れた。
最終の転校手続きで一度牛窓中学校へ出向いて、担任となる先生と主任に挨拶を終えて、いよいよ入学式を迎えることになった。



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「双龍物語:第五章・幼少期の六・可愛くなかった幼少の潤」

 他に幼い頃の記憶と言えば、誠は朝の出社前と就寝前には必ず神棚の前に座って祝詞を唱えていたが、滋子の方はそこまで熱心ではなかった。
共に宗教「大本」の縁で結ばれた二人ではあったけれども「教へ」の捉え方と考え方には大きく差があったようで、その差は日々の生活の中において顕著に現れていて、まだ子供であった潤にもはっきりと判るほどであった。
誠の方は生真面目でお祈りは毎日欠かさず行っていたので、形態と形式を重んじる型であったのであろうと思われるが、滋子の方は教えの中身を自分なりに都合よく解釈して「聖師さんの教えを守って生活している」と自負していたけれども、余りにも自分に都合が良すぎる解釈をするので潤はまだ子供あったが、少なからず疑問を感じていた。
 
 誠の考え方(価値観)には一貫性がなく調和を欠いていた証としてはこのようなことがあった。
ある日の朝のこと、弟が小学生の二年生の頃だったと思うが、朝全員が出かける支度の準備をしていたときのこと、弟がまだ布団の中に潜ったままで何やらぐずっている様子の中、傍に立っていた両親が口論を始めたのである。
口論している両親の話の内容を理解した潤は呆れてしまうほどの言葉の遣り取りに驚いて、耳も目も疑った。
誠「崇が菓子を食べんと学校へ行かん言いよるんじゃけぇ菓子を買うてきちゃれぇ」滋子「何を言いよるんね。さっさと起こして学校へ行かせたらええじゃないか」誠「そう言うても、泣きながら言いよるんじゃけぇ買うてきちゃれぇ」と子供の躾にはとても厳しいはずの誠の言葉とは思えぬような遣り取りが始まっていたのである。
まだ早朝であるから思わず潤も「そうは言うても菓子を売っている店はまだ開いてないじゃろう」と口を挟むと誠は「ええけぇ兎に角菓子を買うてきちゃれぇ」と怒り出す始末である。
滋子は早朝からこのような不毛でつまらない言い争いをすることに嫌気が差したのであろう、無言のまま菓子を求めて家を出ていった。
潤は「この親はダメだ。こんな事をさせていたら子供がダメになる」と感じながらも家を出て小学校へと足を向けたが、恐らく今頃は商店の玄関戸を叩いているのであろう滋子の姿を想像して情けなくなった。
その後、崇に菓子を食べさせてから学校へ行かせたか否かについては定かでないが、困った親だとの印象だけは深く心に刻まれた。
しかし、これと同じようなことがこれから先まだ数十年も続いたのだからねぇ、やれやれではあったけれども、しょうもない不出来な親子がやることなので、途中何度も親の方を諌めて見たが、いつも都合のよい言訳ばかりが返って来て、過保護は一向に治まらないまま如何ともし難く、結局どうにか出来ることにはならなかった。
だから自分勝手で不可解な誠の持論はこれからもまだまだ続いて行くのである。 

小学生最後の思い出としては、科学図鑑を見ている内に顕微鏡で見た写真が掲載されているのに興味を持った潤は駄目元で顕微鏡を買ってくれとせがんでみたところ、比較的ケチだと思っていた誠があっさりと承知してくれてオリンパス製で百倍・二百倍・三百倍のレンズが三つ付いた顕微鏡を買ってくれたのである。
顕微鏡のレンズを通して見る世界、それは今まで見たこともない神秘的で美しいものに思えた潤はすっかり顕微鏡の虜になり昆虫の複眼・触角・魚の鱗や鰭(ひれ)・蝶や蛾の鱗粉・ミジンコ・川藻・海草などを覗き、肉眼では見えない世界に魅了されていった。 
丁度その頃に誠が子供新聞(確か毎日新聞であったように記憶している)を取ってくれていて、
潤は毎日子供新聞に目を通していたところ小学生最後の夏休み前の頃に顕微鏡観察コンクールの記事が出ていたので、これに応募してみたいと誠に言うと「そりゃあええことじゃ、やってみたらええ」と言うので、夏休みの間に顕微鏡を抱え込むようにして色々なものを顕微鏡で捉えて画用紙に書き写した。
コンクールに提出した作品は描いた画用紙数点の内のモンシロチョウの鱗粉を同じ円内に倍率を変えて描いたものが評価されたのであろう佳作となり応募作品名「モンシロチョウの鱗粉ほか」と子供新聞に名前と共に掲載され、賞状を貰ったのである。
学校の担任にこの新聞を見せたところ、先生の方が驚くほどに喜んでくれ、すぐさま校長に報告して新聞を学校の廊下にある掲示板に貼り付け一ヶ月ほど掲示された。
佳作の賞を貰った潤は然程嬉しくもなく大した感激も感じてはいなかったのだが、誠がこのことについて何と言ったかというと「大した内容とは思えんかったんじゃが、まぁ倍率を変えて描いたところが珍しくて、評価されたんじゃろうて」とそっけなく言うのである。
それは確かにその通りだと感じてはいたけれど、全国から募集したコンクールで佳作とは言え自分の息子が賞をもらったのだから少し位は誉めても良かろうと思った記憶である。



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「酔龍の独り言:その017」

 依頼されている業務が終わらない内に次々と新しい依頼や相談事が重なってしまい、頭の中と老体が少し悲鳴を上げそうな状況下になって、思うように時間が取れないままでブログの更新が儘ならず、双龍物語の続編を書きたいのですが、如何ともし難く重ねてお詫び申し上げ、急ごしらえの更新です。

 令和3年4月25日・先週の日曜日のことです。
北海道・長野県・広島県で衆参議員の補欠選挙が行われましたが、いずれも過去最低に近い投票率で、自民党が惨敗した。
私が住んでいる広島市では選挙の結果を待たなくとも、恐らく自民党は当選しないであろう・・・との予測はついていたが、だからと言って、以前民主党に政権を委ねた時の比類無きお粗末さを忘れるわけにもゆかず、広島県の選挙民は苦悩したであろうと想像する。
勿論、河井案里と夫の克行(共に元議員)が選挙買収で日本中を騒がした事件も間違いなく大きな要素だと思われるけれども、既に選挙民の心の中では官僚の姿勢と政治に対して何とも言いようのない不満が溜まりに溜まって不透明感を拭えないまま今日まで来ていることの理解と自覚が政権与党に無いことこそ思い上がりと言わざるを得ない。
尤もこのような議員を選挙で選んだ選挙民に大きな責任があることは言うまでもないことではあるけれど、見た目の容姿の良し悪しや印象による好き嫌いで選んでみたり、人との付き合いの中で依頼を断れ切れず、また所属している党のしがらみ等によるものであったりするものだから、人物の質を見極めて投票しているわけではない結果であることに疑いの余地はない(質の悪い議員が多すぎて目に余る)。
候補者の学歴や経歴で選んでみても、このような事柄など全く選定の対象にならない事くらい人生の経験値から十分判断が付こうと言うものであるが、その人物と親交がなければ判断の材料すら持てないのが現状である。
候補者を推薦している各党は党利の為に推薦しているのであって、決して日本国や国民(選挙民)のことを慮って推薦しているわけではないことは明らかであり、官僚は国益など省みもせずに、省益最優先と公益法人とは名ばかりの省益法人作りに血道を上げて、定年退職後の安定を図ろうとし、税金は我が物だと錯覚して、使いたい放題で巨額の税金をドブに捨ててもその責任を取ろうともしない。
予算が不足すると言いながら財務省は消費税を上げ、厚労省は厚生年金・社会保険料などを値上げする為に法まで作る有様である。
法とは国民の安全・財産の保護・福利厚生を十分に得られようにと定められているはずだし、税は国民の為に使い道を定めるべきものなのに、法文はそのままで官僚の為にと巧みに本質が掏り替えられているから、これではまるで詐欺にあっているような気分である。
その上で、年金は毎年のように少しずつ減額され、取りはぐれの無い様にと介護保険料まで年金の支給額から徴収するのだから、これではまるで暴力装置である。
その暴挙を政治家が止められないのでは何のための国民の代表なのかと言いたい。
今の政治家は勉強不足の上に資質が悪くお粗末極まりないとの表現以外に何かあろうか?。

 このような時節の中、ある意味で気の毒に貧乏くじを引いてしまったのが菅総理だろう。
新型コロナの渦中にあり、打つ手が全て上手く作動せず、全てが裏目々に出てしまい、国民の信頼を失っている中で、選挙の惨敗だからねぇ。

前総理が国民に食べさせた「もり(森友)そば」に「かけ(加計・賭け)そば」に加えて「桜(見る会)餅」は不味くて不快感が残る味のまま心の隅でくすぶっているところへ新型コロナだから、菅総理が気の毒で仕方がないけれど、引き受けたからには英断して解決していただかなくてはならないが、解決する問題の本質が判っていないのだろうから期待など出来るはずもないか。
 しかし、新型コロナの発症があってから1年が経とうとしているが、一向に感染者は減少せず増加している状況下となっている。
これだけ化学や科学に医学が進歩している(愚かな人類がそう錯覚しているに過ぎない?)にも拘らず、この有様である。
本当にワクチンは効くのか?についても疑問が残るし、世界中がこのウイルスを持て余している状況を見ていると、原発事故と同じようにも思える。
便利優先・効率優先・経済最優先など目先のことばかりに心を奪われてきた結果の付けが回ってきたのだろう。
為政者が真にやらなければならないことは「将来を見据えた現在ではまだ目には見えない危機察知能力」と「総合的(偏らない)な洞察力」「学問以外で解決できる方策・施策」「学歴・経歴などに惑わされない人事」「前例の無い事象が起こったときに対処・解決できる能力」などであろうか、日本は単一民族で千年以上の歴史と高度な文化を有する世界一誇れる国であるから、何も質の低い欧米と比較して優劣を論じる必要など無いのである。
永田町にいる数百人の高給取りさん達にこの意味わかるかなぁ。



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「酔龍の独り言:その016」

 現在依頼されている業務の処理と仕事の依頼が重なっている中、次年度への準備に加え、年度末の決算処理(税務対策)に追われ、思うように時間が取れず更新が出来なかったことお詫び申し上げます。

 さて、日々の生活の中で私が読書に当てる時間は乗り物乗っているときです。
新幹線・電車・バスなどに乗車した時を唯一の読書帯にしていまして、時間にして十数分から一時間前後を毎日の習慣として当てています。
しかし最近の車内を見渡すと乗客の八割方は手にスマホを持って俯き、指で操作をしています。
読書をしている人を見るのは稀で、手に本を持って広げている人は私のような老人か資格取得の問題集に取り組んでいる人や受験生と思われる人達です。
問題集や受験生が開いている本を読書と言うのは少し抵抗を感じないでもないけれど、僅かな時間をも無駄にせず自分の知識を深め、能力を高める行為に繋がって行くのですから読書で良いのではないかと思います。
 手にスマホを持って何かを検索している人達の殆どは「遊び」に分類してもよい内容と思われるもので、これを毎日積み上げてゆくのですから、年を重ねる間には知識や能力に大きな差が開いてくることは歴然としている。
最近話題になっているSNSとかラインと言うアプリ(私は未だにこの横文字とカタカナを日本語に訳した意味が判っていません)を使っている人達の情報が閲覧できる状態になっていたとかで、これらを運営している日本法人の社長が陳謝している映像が流れていた。
以前からこれらのアプリは朝鮮(現在では韓国と言いますが、朝鮮の国名はかつて中国から門まで造営して拝礼を行い朝鮮という国名を授けてもらった歴史がありますので朝鮮でよいのではと思っていますし、北朝鮮はそのままその名を使っています。そして地理上ではあの半島は朝鮮半島と言っていますからねぇ何処か可笑しくないですか)に運営本社があり(現在は中国に売却されたのですかね?)自分を含め繋がっている人達全ての情報が漏れる危険があると言われてきたにも拘らず、スマホ保有者の殆どがこのアプリを使っているようです。
便利とか楽だとかの裏側に潜んでいる危険に蓋をしてまでしなければならないものではなかろうと思うので、今からでも遅くありませんから、よく考えてそのアプリ削除されたほうが良いと思います(きっと余計なお世話と言われるでしょうが、スマホが使えない年寄りの僻みではありませんよ)。

 話を変えます。
購入していた本を全て読み切ったので新しい本を買いに行きまして、少し悩んだ末に「佐藤 優」氏のマルクスの著書を基にした講演の記録で、いま生きる「資本論」と言う本を手に取り購入した。
少し悩んだ訳は、私の頭の中ではマルクス→社会主義→共産主義と言う概念しかなかったものですから、このような本を読んで意味があろうか・・・との悩みです。
しかし、氏の本は今までに何冊か読んでいて、書かれている内容に納得はすれども違和感などなかったので「まあいいか、一つ読んでみよう・・・今までこのような内容の本を読む機会もなかったし、何かしらの勉強にもなろうと言うもの、無駄にはなるまい・・・」と脳が購入の指令を出した。

 佐藤 優氏についてはご存知の方も多かろうと思いますが、同志社大学を卒業して外務省の職員となるも、背任と偽計業務妨害の有罪判決(執行猶予)を受けた方です。
私は仕事柄、経済・資本論などとは無縁の生活を送ってきたものだから、読み始めてからマルクスが書いている文の難しさに閉口した。
このような文字の羅列が理解できる人の脳の構造は一体どのようなものなのであろうかと己の無学さ勉強不足を置いといて唖然としてしまった。 
この本は講演をした記録を纏めたもので、文中に「宇野 弘蔵(今まで知らなかった名前)」などマルクス以外にも多くの日本人学者?の名前が出てきて、彼らの言葉や記録を文にしていたけれど、いずれの文も主語・述語が無い訳ではないけれど、一つの文がとても長く、
悪いことに文の途中で抽象的な装飾語?が余りにも多く挿入されているものだから、何が言いたいのかさっぱり解からない。
この本を読みながら主だった所はマーカーで印を付けておいたので、読み終えて付けておいた印の周りを再度読み返してみたが、やはり良く解からない。
このような文章が脳の中で処理できて理解が出来る人は素晴らしいと感じ、文の読解力においても人はこの世に生まれで出でた時、既に備わっているのであろうと思わざるを得なかった。
しかしだ、私のような読解力が劣った人間の為に、もう少し解かり易い文にてもらえればどれほど嬉しいか・・・そういう意味では学者さんは独りよがりである。
自分が解かっていることは人も解かっているはずだ・・・という思い込みから物事を始めるので、勉強不足の者にとっては、磨かざる宝石の原石を貰ったようなものなので残念であるが、仕事を持っている身では今更の勉強が追いつかない。
生まれつき大した努力などせずとも字の上手な人と同じようなもので、ある程度の努力をすれば下手くそ字も何とか上手くはなるようであるが、やはりどうにもならない域はある。



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