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建築家 潤 の『独断と偏見』

「双龍物語:序章2」

 翌日の朝、比較的穏やかに目を醒ました誠は失った利き腕のことを思うと絶望的な気持ちになりながら、少しずつ戦地に赴くまでのことを思い返していた。

 先に誠の生い立ちについて話せば、明治生まれの父「乙次郎(おとじろう)」と母「トミ」との間でこの世に生を受け、長女「スガ子」を頭に七人兄弟の二番目に生まれ、長男として誕生したこの夫婦唯一の男子であった(後に次男が誕生するも生後直ぐに他界している)。
父の乙次郎は若くして事業に目覚め、製氷業を営むようになってからは比較的裕福な生活環境を持っていて、山口県の瀬戸内海に面した小さな村内ではあったけれども、当時選挙権を持っていた三人の内の一人であったというから田舎の名士の内に入っていたのであろう(他の二人は村長と造り酒屋の主)。
しかし、この乙次郎は背が高く体は屈強な上、随分とやんちゃな性分で、酒は飲むし無類の博打好きとして通っており、広島県の三原市にまで博打を打ちに出かけていたというのだから、当時既に山陽本線が開通(明治三十四年)していたとは言え、相当の好き者であったということだ。
 ある時、三原の博打場でのこと、負けが込んだ遊び人の博打打ちの一人が負け金を払えなくなり、乙次郎にこう話しかけてきたという。
「金の都合がつかんので、わしの妹を差し出すけえ、これで堪えてくれんかのう」面倒臭いことになったと思いながら、乙次郎は仕方なくその妹を連れて帰ったものの、扱いに困り、近所にある「うどん屋」で暫く働かせていたが、後に嫁にしたということなので、何とも・・・といったところか。
 このような夫婦の下で生まれた誠は病弱体質で、心臓が悪い上に肋膜炎を患ったりしたものだから、近所の雀連中からは「まだ生きちょるかねぇ~」と言われるほどであったと言うのだから、よほどの虚弱だったということになろうが、その後戦争で片腕を失いながら八十九歳の天寿を全うしたのだから、人の生き死にだけは神のみぞ知ると言うことになろうか。
そんな誠は女ばかりの姉妹の中で甘く大切に育てられつつ、病弱ながらも海に遊び山野を駆け巡って尋常小学校を卒業・中学校[ 柳井商業学校(現山口県立柳井商工高等学校)]へと進んだ。
中学生[ 現高校生 ]となった誠は学友達と柳井市街をうろついていた時のこと、果物屋の前を通りかかった時に何ともいえない良い香りが漂ってきたので足を止めて香り先を探し始めた。
するとその香りは、どうやら巨大な「松かさ」の形をした物から出ているようで、店主に聞くと、これはパイナップル(パイン・アップル・松りんご)と言い、南洋産の珍しい果物で、とても甘くて美味しいものだと聞かされた誠は思わず衝動買いをしてしまった(当時のことだからかなり高価ではなかったかと想像できるので、やはり裕福であったのだろう)。
悪ガキ一同は早速このパイナップルと言うものを食べてみようと近くの海辺まで行ったものの、どのようにして食べるのか聞くのを忘れていたので、皆で思案を巡らせたけれど判るわけがない。松かさの形をしているので、ウロコ(鱗片)とウロコの間に「松かさ」には種があるから、そこを食べるのだろうということになって、小刀を出してウロコを剥がし、その根元の部分を食べてみたが不味くて食べられない。
皆口々に「あの親父に騙された。今度文句を言ってやる」と不平を口にしながら不満たらたらの中、腹立ただしく思った短気な誠は手にしていたパイナップルを海に放り投げた。
であれば猿の方がまだ知恵があろうというもの・・・ただこのことだけで誠の知能はこの程度であったものか、なかったものかを推し測ることは出来ないが、青春の一齣であった。




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「酔龍の独り言:その002」

 高齢者の自動車事故が多発している。
その原因の殆どは運転操作の間違いや、標識などの確認不足にあるようですが、年を重ねるごとに人は記憶力・体力・判断力・瞬発力が衰えてくるのが自然であり、人によって大きく個人差が生じる分野ではあろうが、これを止める事は出来ない。

 報道各社も何かしら「高齢運転者の事故報道」を多くしているような気がして、気になっていたのですが、つい先日のこと有名芸能人が75歳の運転免許証更新前に返納した映像つき報道があった。
つまり、高齢者は運転免許証を返納しろと煽っていることに他ならない(恐らく政府や警察関連の要請があってのことと想像している)。
誰でも年を取ってまで危険が付きまとう車の運転などしたいと思うはずも無いと想像していますが、車が無くては日常生活が出来ないような社会にしてしまったのは一体誰だ!。

 戦後に日本が国を挙げて目指してきた「便利さ・快適・豊かさ」の追求だが、これに「経済効率」が加わるようになってから、ちょうど日本の東京に官民(経済界)問わず全ての中枢機構が集中する一極集中型都市機能が出現した。
東京に行けば、そこにはすべての機能が集約されているので何でも出来る・・・便利で効率が良い・・・と益々この型は勢いを強めて現在に至り、その流れは今も変わっていない(これまでに何度か地方に省庁分散の動きがあったけれど実現はしていない)。
これを成功だと錯覚した官と経済界は同じことを地方において企てるようになる。
それが、郊外(公害)型の大型スーパーマーケットである。
大店法(大規模小売店舗法:昭和48年に制定・翌年施行)という法がかつてあったけれども、26年後の2000年(平成12年)に廃止されている。
廃止されたこの大店法では「地元の中小小売店を保護する目的」も含まれていたが、アメリカからの圧力もあり、現在は大規模小売店舗立地法に取って代わられている。
大規模小売店舗法に代わって制定された大規模小売店舗立地法だが「立地」が付け加えられただけの法名で、何だか良く判らないけれどもこの法には「地元の中小小売店を保護する目的」は謳われていないので「シャッター街促進法」の方が良かったのでは・・・。
制定時までに至る経緯では「中心市街地の体力が強化されるのを待ってから」と但し書きがあったようですが、その僅か2年後には法を制定させている。
と言うことは僅か2年で地方中心市街地の小売店舗の体力が強化したという事になるが、税法も変えず・補助金の支給も皆無では、出来るわけも無いのに、絵空事を平気で言葉巧みに並べてその場をやり過ごし、国民の意識が薄れた頃を見計らって、ちゃっかりと思い通りの法を成立させる狡猾さは世界中を探してみても皆無に近いと思えるほどの詐欺集団である。

「おれおれ詐欺」は犯罪者の行為で、やっている本人の意識も犯罪であることは承知しているはずだが、これより性質が悪いと思う。
東大出の官僚達が考えるのだから、頭の悪い「おれおれ詐欺」集団では勝負にならず、言葉の巧みさでは到底適うはずも無いのだけれども、犯罪者の意識が無いことが大問題ではないでしょうか(人間の質を比べたら・・・どうだろう?)。

大型店舗は確かに「便利さ・快適さ」においては申し分ない機能と品揃えがしてあるので、誰もがその魅力の虜になり、その陰に隠された悲惨な結果を想像もしないうちに日本全国津々浦々に出店が繰り返され、現在に至っては古くから親しまれてきた人情味溢れる商店街の店舗にはシャッターが下ろされ無人の商店街が出現した(現在地方の小中都市の町中では人が歩いている姿を見ない)。
町に商店と商品が無くなってしまえば、人は品物を求めて町中を歩くことを止めるのも自然な流れである。
このかたちは車社会の先駆者であるアメリカでは早くから顕在化し、地方の個人商店が壊滅的打撃を受けた結果を、まさか外務省まで持っている頭の良い官僚や大型連休には必ず海外へ視察旅行する政治屋達が知らなかったことはあるまい(と言うことは、やはり観光旅行だったのだろうか)。
若し知らなかったと言うのなら、不勉強極まりないし、税金で禄を食んでいる資格があるとは到底思えないと考えるが、如何であろうか。
公害型スーパーマーケットが齎した害は地域の「人情の決如」「学歴型社会」「無人の町並み」に加え「食品添加物」「遺伝子組み換え食品」などであろうか・・・。
便利さと快適さに加え豊かさの感覚は人の心に齎す「快感」ではあるが、これは「形態の快感であり」同時に「質の快感」にはなっていないことの方が多い。
 例えば「銃・車」などがその典型的な道具であろう。
アメリカでは銃による乱射事件が後を絶たず、日本では(一般人は銃が入手できないので)刃物による殺傷事件が同じ様に起こっているし、車による悲惨な事故?を招いていることも元を糺せば同じ質の部分の欠如が垣間見える。
 鋭い牙も爪も持たず、柔らかい皮膚で覆われた体しか持てない人間が、猛獣を相手に大型の獣と戦うことなど出来ようはずも無いことではあるが、知恵と工夫で「槍」を持ち「弓矢」を持つようになり、現在は「銃」を持つまでになった。
「銃」を持つようになった時点で人は恐ろしいほどの力を得たと錯覚し、やがて傲慢の芽が心の中に生じ、やがて見事な傲慢花を咲かせてしまった・・・現代人の心の中身。
「便利さ」が進んだ究極が「銃」になり「快感」を得るようになったわけだが、「銃を持つ」「銃を撃つ」ことは「形態」であり「何故銃を持つ」のか「何ゆえに銃を持たなければならないのか」「何故に銃を撃つ」のかが「質」の問題である。
刃物も車も人の身体能力を遥かに超えた道具なのに、これを手にして簡単に使うことが出来るようになってくると、あたかも自分の身体と同化し、我が体に強大な力が備わったような錯覚に陥るので、自己中心的な考え方になり、排他的になり、攻撃的になる。
「形態」だけで物事を判断し行動すると「気違いに刃物」に等しい行いを人が取るのは一種の性かもしれませんが「質」を同時に持ち合わせることがその抑止力になるのに、欧米人ならいざ知らず、日本でも「効率」や「経済性」を最優先して「質」を疎かにしているから、何をやっても物事が旨く作動しなくなってきている。
 銀行や携帯電話販売会社の窓口では「当の本人」より「必要な書類の提示」の方が大事では、本末転倒な社会が出現しているのに誰も異を唱えず辛抱していること自体が異常な社会だと何故気付かないのだろうか。
これら窓口で「当の本人」が持参した預金通帳と印鑑より「運転免許証や健康保険証」の方が信頼に値するとされる事自体が「形態」と「質」の取り違えなのに、これが罷り通る日本は既に病んでいるとしか言えまい。

子供の教育も然りで、子供に「本質」を学ばせることや「量(形態)」と「質」の区別を解からせ、自分でものを考え、文を作り、価値観を構築することよりも、文科省の教育方針に従った薄っぺらな受験対策の表面的な教育を与えることのみに専念させ、問題を生じさせず事故なきことの書類を作成すること方を大事とするのでは将来の日本を背負って起つ子供達が良き日本人として育つことは無かろう。

戦後七十余年「便利で快適で安全で豊かな」生活を手に入れたようだけれども、失ったものの方が遥かに大きいと思うが、当の大人が目くらましに遭い、そのことに気付かないでは、日本の将来は暗い。
今回より「縦のものを横にした」不思議な物語「双龍物語」も次頁に掲載しています。




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「双龍物語:序章」

 大東亜戦争終戦間際の頃、三田 誠上等兵(二十九歳)は歩兵銃を手に持ち、背嚢を身に付けフィリピンのジャングルを一人で彷徨っていた。
当ても無く歩き続けている中、少し先の木立の隙間から小石が敷き詰められた河原が見えたと感じたとき、突然背後から銃声が聞こえた。
瞬間右手首に焼け火箸を当てられたような感覚を覚え「撃たれた」と思ったので、思わず銃声がした方向を振り返ると、歩兵銃を持った日本兵らしき人物の姿が眼に入ってきたが、そのままジャングルの奥の方へ逃げていった。
恐らく背嚢に食料が入っていると思って撃ったに違いないと想像したものの、もう何日もまともな食べ物を口にしてはいない体は衰弱しきっていて、すでに歩けるような状態ではなかったが、何かに誘われるような感覚で出血する手を庇いながら河原の方へ歩いていった。
 やっとの思いで小石だらけの河原に辿り着いた時には体力も気力も失せてしまい、ばたりと河原に倒れこんでしまった。
まだかろうじて意識はあったが、銃声を聞いたのであろうか現地民が数名近寄ってきて、血だらけになった誠を見ながら「三田、何かして欲しい事は無いか」と声を掛けてきたので、見ると顔見知りのフィリピンの人達であった。
もう数年激戦地フィリピンで米軍と戦って来ていたが、原住民との交流では良い関係ができていたからであろう、正に死に絶えようとしている誠を見て、哀れみと、人としての良心がそうさせようとするのか、末期の水を取ろうとしてくれているのである。

 もう意識も覚束ないほどの状態になっていたが、誠は「それじゃあ、この背嚢の中にコーヒーが入っているので、コーヒーを飲ませてくれ」と伝えると、空き缶を探してきて川の水を汲みコーヒーを入れてくれている気配を感じながら、数分がたっただろうか、大好きなコーヒーの香りが漂ってきた。
これで最後か・・・と覚悟を決めかけようとしていた時のこと、薄れ行く意識の中で、何やら英語の話し声が聞こえたような気がしたのだが、そのまま意識を失ってしまった。
 
 どのくらいの時間が経ったのだろうか・・・意識を取り戻した誠の目に映ったものは建物の天井であったが、瞬時に我に返り、腹の周りに手を当てて、長い戦いの中で一時でも肌から離したことの無い、命より大事と思っていた「さらし」を探したが、その感触が無い。
我を忘れて「さらし」を探そうと周りを見渡せば、どうやら病室にいるようで、右手を動かそうと思えども手が出てこない。
利き腕を失った衝撃と見当たらない「さらし」に気が動転した誠は、大声を上げて騒ぎ始めたところ、悲痛な叫びに近い声を聞きつけた白人の看護婦が病室に入ってきた。
状況がまだよく飲み込めないままに、身振り手振りで腹の周りに手を当てて「さらし」の行方を看護婦に訴えると、寝かされているパイプベッドの頭の部分にかけてあるものだろう・・・と理解してくれ、そこを指差してくれた。
後ろを振り返ると、そこには洗ってきれいになった「さらし」が干すように掛けてあり、それを見た誠は安心したかのようにまた深い眠りに落ちた。




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「酔龍の独り言:その001:序段の1」

 令和最初のブログ更新になりました。
更新期日が迫ってくるので、早く更新を・・・と思っていたのに、このところの朝夕の寒暖差に注意をしてはいたのですが、風邪を引いてしまい発熱→寝込みました。
仕事も依頼が重なってしまって忙しくしていたところなので、気が急くばかりで、更新がギリギリとなりました。

 世間を騒がせる元凶はいつまで経っても、やはり政治屋と官僚達では心が荒んできます。
昨日の新聞に報道されて知ったのだが「公証人役場の公証人の斡旋を、事務次官になれなかった人物を主体に行っていた」とあった。
公証人の年俸は二千万円を上回る高給(官僚の報酬と同等以上)だそうである。
担当省は、公証人については広く一般から公募をしていると嘯いているようだが、実態は新聞記事の通りで間違いなかろう。
しかし、どうして官僚達は自分の身の保全と退職後の安泰を謀ろうと考えるのだろう。
自らが手を挙げて国のため・国民のためと気負って就いた仕事ではなかったのか・・・巧妙に数え切れないほどの天下り先を作り、税金で我が身を養うことばかりを考える輩達の資質を疑いたくなる話ばかりである。

 政治屋の発言で北方4島返還については喧々諤々の様を呈しているが、大東亜戦争の終戦のドサクサに紛れてロシアが占領したいわくつきの島々であり、話し合いで返還できるものなら、とっくに返還されているはずだが、返す気など毛頭ないという事であろう。
ならば戦争でも・・・の気持ちが湧いてきた当たり前なのだが、今の日本では「戦争」と「タバコ」は口にしただけで「犯罪者」扱いですからねぇ。
何処か狂っているとしか思えません。
略奪者に言って聞かせれば改心するなどが通用する甘い世界構造でもあるまい。
ロシアや北朝鮮・アメリカにそう言えば改心するか?する訳が無いことは明らかである。
さて、このような社会情勢で日本が取るべき道は・・・と想うのだが、政治屋と官僚がこの有様ですからねぇ。

さて、急拵えの更新になりましたが、アメリカと中国の核戦争の危機が迫ってきています。最初に核を打つのはアメリカですが、次回からこの辺りのことを小説まがいにしてブログに乗せてみたいと思っていますので、宜しくお願いいたします。 




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「窮屈になった日本~その103」:調和の取れた社会へ  その58

 平成最後のブログ更新になります。
思いとしては、懸案であった鉄骨造3階建て共同住宅の確認申請書が交付されたので、これに関して「くたばれ建築基準法・追録」の続編を書きたかったのですが、平成最後という事で、平成の纏め編にしたいと思います。

 平成年代となって一番印象に残ることは「消費税」ではないかと思います。
平成元年4月1日に導入された(押し付けられた)消費税3%以後、5%になり、現在は8%まで値上げ?されて、令和元年には10%にしようと政府(陰で目論んでいるのは恐らく官僚であろう)はその気になっている中、ある副大臣が「消費税の延期も考えられる」と個人的発言をしたとして、物議をかもしているが、消費税を導入した目的は何であったのか皆が忘れてしまっているのではないか。
「財政再建」が目的であったはずなのに、消費税導入後も国の借金は増え続け、消費税を2度値上げしたにも拘らず、借金はいまだに増え続けている。
1年間に民間が支払う消費税の額は3%でも莫大な金額なのに、5%・8%と恐ろしいほどの金額となっても、一向に財政再建が進まない。
一体この莫大な消費税はどこに消えているのだろうか・・・。
少なくとも私達庶民にとって消費税が上がり続けた結果で日常生活が過ごし易くなったとか、便利になったとか、地方の「シャッター街」が「シャッター開」になったとかの話も聞かないし、高齢者の多い過疎地の交通の便がとても良くなった話など聞いたことがない。
逆に「窮屈になって仕方がない」の声の方が圧倒的に多いのは一体?どうしたことか。
税の仕組みは支払った国民の利益(金銭ではありません)として還元されるのが本筋であるはずだが、どうやらその多くは霞ヶ関関連天下り先ばかりに流れているようだし、国民を犠牲にしてまで行う海外支援とアメリカへのご機嫌取りでしょうかねぇ。
でなければ、どこに消えた消費税でしょう。
以前もありましたが、今回も同じ様に「保育園・幼稚園の無償化」などと目くらまし作戦を行うようだが、お母さんあの約束した「財政再建」は何処に行ったのでしょう。
さすがに財務省は「土地」には消費税を掛けなかったが、殆ど消費が出来ないと思われる貴金属や美術品などにも消費税を課し、消費税を課すなら固定資産税を廃止するべき建築物など二重課税(本来二重課税は禁止のはず)も甚だしい。
政治家や官僚達は先進諸外国にはもっと高い税率が多くあると嘯いているが、その税の使い道については語らない・・・というより比較すれば恥ずかしくて語れないのだ。
形態ばかりを言って誤魔化すのが得意で、決して本質を語ろうとはしない本当に「ずるい輩」である。
この辺りの事は以前このブログに書いた記憶がありますが、平成最後のブログと言うことで、ご容赦いただきたいと思います。
「本質を語ろうとしない」についてはテレビの宣伝で嫌というほどに「嘘」を流され、本質から目や心を遠ざける手法は見事であるが、少し考えれば誰でも判ることなのに、馴らされると感覚まで麻痺するのでしょう。
有名で美人の女優や二枚目男優が車の宣伝に一役買っている姿を多く見かけるが、多分その車を買ったことはないだろうし、乗ってもいないのは明らかであると思われるのに「素晴らしいものだ」と思わせて購買意欲をそそる。
恐らく食べたことなどないと思われる「食材や食品」も同じ様に宣伝する。
今や、宝くじにまでが、その分野を広げ、購入していないことなど判り切っているのに「購入している」と映像を流す。
宣伝の出演者には1等の賞金額は無理だろうが2等か3等の賞金くらいは出演料で支払われているはずだから、確率から言って当たるとは思えない宝くじなど出演者はまず買わないだろう。
少し考えたら判りそうなものだと思うがねぇ。

 それと多くの有名一流と言われる企業が行った(これからもまだまだ表に出てくると思っているが)偽装・不正がある。
マンションの杭偽装に始まり・車・レオパレス・大和ハウスと社会の手本とならなければならない企業ばかりである。
以前から言っているように、TVや新聞に掲載している多額の広告宣伝費は全て該当消費者が支払った対価から支払われているものだから、その対価の中身は如何程のものであるか位はいくら素人さんでも少し考えれば想像がつくはずだ。
また、工事の中で不正をしなければ余分な不当利益(利益と言って良いのか・・・)を生み出せる訳がないことも想像してみれば判ることでもある。
量を見せ付け、形態のみで進めてくる目くらましに馴らされていると、いつの間にか騙されてしまうので、本質を見抜く目を養わなければ、政治家・官僚・大企業にいいように操られてしまう。
現在の日本社会が既にそうなってしまっているが、やはり日本は捨てたものではない。
これらに警鐘を鳴らし続けている人物は沢山いるが、一般人の我々の自覚が足らないことを反省すべきであろう。
 下らない馬鹿馬鹿しい話はさて置いて、最近読んだ本の中に是非とも皆様にも読んで頂きたい本を2冊御紹介したいと思いますので、未曾有の十連休に読んで見て下さい(前段の警鐘を鳴らしている方々の本です)。
一冊は「アメリカの社会主義者が日米戦争を仕組んだ:馬淵 睦夫・KKベストセラーズ」で、もう一冊は「日本が売られる:堤 未果・㈱幻冬舎」です。
お読み頂ければ「ぼーと生きてんじゃねーよ」と感じていただけると思います。


 月が明け、令和になってからは「雑感」を「酔龍の独り言」とブログの題を変えて書き続ける予定です。
題が変わっても、中身は変わりませんが、引き続きお読み頂き、人生の何らかの足しにしていただければと思っています。 





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「復活 くたばれ建築基準法:追録の13」

数年ぶりの「復活くたばれ建築基準法」です。 
何故かと申しますと、近年の「建築確認申請」に於ける「審査内容」が余りにも酷くて、これは審査の域を超え、最早「粗探し・間違い探し」と化しているので、その実態をお伝えしようと思い立ちました。
折しも、元号が「令和」となり、何とも言えない違和感を持っての更新となりました。
この「令」と言う言葉は「令月・令夫人・令嬢」などに使用され、良いという意味だと政府は言っているようだが、現在の日常生活では余り馴染みの無い使い方である。
特に若い人など令夫人と言ってもその意味が判らない人のほうが多いのではないかと思う。
「令」を辞書で引いても、良いと言う意味は出てこず、命ずる・お達しなど全てと言って良いほど行政がらみの言葉であり、何だかお上が下す命「令」に従っていれば、平「和」な生活を保障してやるとの、まるで上から目線の押し付け元号のような気がしてならない。
まぁ別に元号が何と決められようが人の名前と同じだから、文句をつけたいわけではないのだが「名は体を現す」と言われるように、もう少し馴染みがあり心が穏やかに感じられるような元号にして欲しかったと思うばかりである。
 さて、昨年より鉄骨3階建ての共同住宅(賃貸マンション)を設計し、確認申請書を審査機関に提出して2ヶ月近くが経とうとしているが、まだ確認済証の交付を受けていない。
一ヶ月以上の期間を費やして、意匠関係(建築基準を含む他の法令関係)の審査は一応終えたけれど、現在は構造計算適合性判定という構造計算の審査を受けているところです。
姉歯建築士の事件以来、建築確認の厳格化が叫ばれ、審査が厳しくなったと皆さんもお聞きの事と思いますし「厳格化=厳しい審査」と聞けば、詳しく設計内容を審査しているとお思いでしょうが、これはある意味間違いではないけれど、審査内容が全く違った結果と化してしまって、建築主(俗に言う施主)・施工者・特に設計者には余り意味の無い過大な労力と時間に費用を掛けさせられている現状を少しお伝えします。

建築基準法第六条には「建築主は建築物を建築しようとする場合は、工事を着手する前に、建築基準関係規定に適合するものであることについて、確認の申請書を提出して建築主事の確認を受け、確認済証の交付を受けなければならない。(法文がとても長く括弧が沢山あって、一般の方にはとても判り難いので大部分割愛しています)」とあります。
読んでみても別段不思議なこともなく当たり前の法文で、違和感を覚えることなどありませんし、この法文の目的は「建築基準関係規定に適合するもの」であるか否かを審査する。
とありますから、適合しているか否かを審査していると思ったら大間違いなのです。

現実例として面白い話をしてみますと、木造平屋建て専用住宅の建築確認申請を提出した時のこと確認申請書の中に記載する欄に「4 建物等の用途」と言うところがあり、そこに「専用住宅(用途区分:08010)」と記載したら、確認申請の厳格化で「一戸建ての住宅(用途区分08010)」に訂正するように指導を受けた。
確認申請書提出時には、これ以外に「建築計画概要書」「建築工事届」と別な書類を作成して同時に提出するように決められている。
その内の「建築工事届」(第三面)の記載事項の欄には [ (1)専用住宅 ] と記載された項があり、民間が勝手に使用している文言ではないし、この項を見ると一体この様な表現があるのか?と思えるほどに難解な区分がしてあるのですが、文が長くなるので割愛します。
一体「一戸建ての住宅」と[ 専用住宅 ] とは何が違うのか?そして、この記載は何故法令違反となるのか?良く判らない。
確認申請は前にも述べたように「建築基準関係規定に適合するもの」であるか否かを審査する。であるのだから訂正させられると言うことは「法令違反」ということになります。
しかし、誰が考えてもこれが法令違反になるとは思えるはずもない事柄まで「言い掛かり」に等しい訂正が余りにも多く実は閉口している現状なのです。
この木造平屋建て住宅は「4号確認」と称され、確認申請を受理した後7日以内に確認申請済の交付を行わなくてはならないと法令で定められていますが、何か図面内容や記載事項に法令違反があると、その期間は延長される仕組みとなっていて、一度「確認できない旨」の通知を受けると審査期間は延長され、再度指摘を受ければまた審査期間を延長される。という一体何時になれば確認済証の交付が受けられるのか・・・。
と毎回のように時間の浪費と修正する紙の無駄使いには心が痛み面倒臭い手続きを強いられます。
この建物について言えば、まだ他に13項目の修正を要求されましたが、法令違反による訂正など一つもなくて、確認申請書の記載事項に係る事ばかりでした。
指摘事項が余りにも細かいので、その理由を聞いてみたところ、審査機関も行政の監査を受けるそうで、その指摘を回避するためだそうです。
だから最低でも8項目程度の修正を指示するように言われているとの話であった。
つまり、設計者が間違いをしないで設計図書を完成させているはずがない!との立場から考え、言っていることは明白である。
と言う事で、今や確認申請は法令に違反がなくとも、最低8項目の指導を受けることになってしまっています。これが確認申請の「厳格化」の実態ですから、建築主の経済活動を妨げ、設計者には余り意味を感じない指導・修正に多大な労力と時間に紙を浪費させていることが建築基準法第一条に掲げてある「国民の生命、健康、財産の保護を図り、もって公共の福祉疎増進に資する目的とする。」になっているとは到底思えないのですがねぇ。

 木造平屋建て住宅でこの様な実態ですから、階数が多く面積の大きい建物であれば、その審査期間の長さと言い掛かりに等しい訂正内容に想像を巡らせて頂ければと思います。
建築物の設計図書を完成させるには、数百種類の記号と種類別に分けて表現する線に加え、文字と部分的に色づけまでして判り易いように表現します。
文字数など数十万文字・線の合計長さは日本縦断できるほどありそうで、図面枚数も判の大きさにもよりますが木造住宅でもA2判(新聞の閉じた大きさ)30枚・少し大きい建物になると100枚以上は普通に書き上げます。
その図面に記載した文言に不備(今はパソコンで図面を描きますので、入力間違いなどが起こります)があれば、別段法令に違反しているような内容ではなくても訂正を強いられます。
だから、最早確認申請はもう「申請」ではなく「許可」に等しい実態と化してしまいました。
指先に目が付いていれば、この様な間違いは起こさないのでしょうが、手書きでは起こらないような不思議な変換や記載違いが時には生じています。
勿論見直しも行っていますが、なんせパソコンがやった仕事は印刷物(本などと一緒で間違いがないという先入観と錯覚が起こってしまいます)なので、自分で書いた図面中の間違い探しは困難を極めます。
などど、言い訳をしても始まらないのですが、なんだか人間的でない嫌な世の中になったと感じてしまいます。





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「窮屈になった日本~その102」:調和の取れた社会へ  その57

一ヶ月が経つのが早くて、気が付けばブログ更新期限が迫っていました。
1月16日に引越しをしたので、現在はバス通勤になりまして、以前は徒歩5分足らずの通勤でしたが、今はバスで約10分程度かかります。
でもバス路線の便がとても良くて、これまでにバスに乗る待ち時間で5分以上待った経験は無く、とても有難く感じています。
 実は引越しの際に書籍の整理をしていたところ、本にカバーが掛けてあるままのものが2冊出てきまして、気になって中を見たところ、どうも読んだ記憶が無い感じで、本の中の文に黄色のマーカーが一切付いていない。
私は太芯のシャープペンシル・ボールペンと黄色のマーカーを絶えず持ち歩き、本を読んでいる時に読めない漢字や意味の解からないものに出くわすと、そこにマーカーをして、後に調べることにしている習性があります。
ということは、未だ読んでいなかった本で積読をしていたのだと、少し恥じました。
 その内の1冊の題名は「恥と無駄の超大国・日本:落合信彦 著」でした。
その時は読みかけの本があったので、読み終えてから直ぐにこの本を読み始めたところ、何と!本の内容は私のブログ内容と同じで、驚くやら、感心するやらで(隠れ手前味噌になっていますねぇ)、嬉しく感じたような次第です。
しかし、私のように漠然とした記述ではなく、数字に裏付けされた説得力があるもので、本当に「良く調べているものだ」と感心して、この本いつ出版されたのだろう・・・と本の最後頁を見てみると、2000年8月1日小学館とあり、今からだと約20年前に出された本である。
彼が警鐘を鳴らし、議員や官僚について戒めていたにも拘らず、20年が経っても全く良き方向に向かわず、かえって当時より酷くなっている感さえあるのは一体どうしたことか。
やはりこの国の議員や官僚は「恥」「自省」と言う言葉を知らないのだと認識を新たにした。
 話は少し逸れますが、この本のことを親しい友人に話したところ「落合信彦」は作品をゴーストライターが書いていたとかで非難を浴び、今では書籍コーナーも無くなっているとの話を聞いた。
そう言われてみると確かにそうだなぁ~と思ったのだが、彼が国を想い、憂う心に偽りがあったわけではなかろう。
もしかして・・・私のブログと同じで、霞ヶ関や千代田町辺りから何か仕掛けられたかも知れない・・・と頭を過った(真偽のほどは定かではありませんが)。 

 さて、毎回同じ様に議員・官僚について書いても現状はこの有様ですからねぇ。
視点を変えて、その後に気になっているTV編を少しお伝えしてみます。
放映内容の趣旨が悪いと感じているわけではないが、日本人の善意を巧みに擽り(くすぐ)、寄付を募ろうとしている団体がある。
日本における戦後の話に遡りますが、私達団塊の世代が小学生の頃のこと、給食では必ず「脱脂粉乳」をお湯で溶いた飲料が出されていた。
別段美味いとか不味いとかの感覚は無く、出されたものを食する感覚だった様に記憶する。
この「脱脂粉乳」だが、子供の頃の記憶で曖昧ではあるが、アメリカから支援(無償ですよね)して貰っているものだと聞かされていたように感じていた。
しかし、ある本からの知識では、あれはバターなどを生産した残りかすだから、本来アメリカ国内では処分(費用が掛かります)をしなければならないものなのだが、日本に押し付けて買わせていたとあり、一石二鳥を狙ったということだった。
誰の著書の内容であったのかはっきりと思い出せないのだが、確かアメリカの公文書の中には、この件が記載されていると書き添えてあったように思う。

 斜め的な思考をすると「脱脂粉乳」だけが本当に欲しいのであれば、日本の企業がバターなどを製造した残りかす(費用を掛けて処分しているのか、他に有効利用しているのは不明だが)を貰えば済むことであって、日本の国民から寄付を募ることではあるまい。
もしかして戦後日本で行ったことを再び考えているのではないかと疑ってしまう。
恐らく支援に使用される「脱脂粉乳」の購入先はアメリカの企業であろうと想像できる。

TVの放映内容では団塊の世代が子供の頃に感じていた(聞かされていた)そのままの内容で伝え、あたかも子供の頃の恩に感謝し、出来得れば遺産まで寄付して欲しいと訴えている。
飢えで苦しむ子供達を救うことは人道的であり、賞賛に値する事業であることに疑いの余地はないけれども、数日・数週間・数年の延命が出来たところで、その国の物心共に基盤が変わり、整備されない限り延命できた子供達はもっと悲惨な社会の中に放り出されることになりはしないか、の疑問が絶えず脳裏をかすめる。
本当に一時しのぎの対処療法になっているのではないかと思えてならず、複雑な気持ちになってしまう。
確かに「飢えている子供」だけに焦点を当てれば、何とかして救いたい気持ちは良く判るし、誰もがそのようにしたい気持ちになると思われるが、別の角度から見れば、はたしてその行為は良となるのか否かの疑問が払拭できない。
あたかも肉食獣が草食獣を襲って食している場面を見るのと同じようで、それを可哀想と捉え助けるのか、自然の定めと捉えるか・・・人は獣ではないとの意見も出そうだが、人だって多少の理性を持っている生き物(獣)であることに変わりは無いと考えるし、もう一つ人にとって大事な要素は「縁」があるか無いかの問題も大きい。





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「窮屈になった日本~その101」:調和の取れた社会へ  その56

 1月16日に取り敢えず引越しを終え、十数箱のダンボールに詰めた生活用品を取り出して整理収納を終えるまでに2週間程度かかりましたが、何とか通常生活が出来るまでに持ってゆくことが出来ました。
過ぎてしまえば・・・のことになりますが、この年になって、引越しは気力と体力が必要なのだとつくづく思い知らされました。
前回の引越しは60歳の時だったのですが、今回ほどの苦痛?を感じた記憶がありませんから、十年の歳月が体の衰えに加え、気力を削いできていたのだろうと感じた次第です。

 さて、このひと月の間で世間を騒がせた件を先に考えますと、まず一つが千葉県や東京都で防潮堤扉などに描かれた「ねずみ絵の落書き」についてです。
どうやら「バンクシー」と言う世界的に有名で正体不明の画家が描いたのでは・・・と言われながら真偽のほどは定かではないという状況下、扉を外して保管しているとの報道を耳にした。
この人物は以前に作品がオークションで高額落札された時に自動シュレッダーで絵の半分を裁断する仕掛けをしていた人物だということで一気にその映像が世界中に流れ一躍時の人となった経緯があり、世界中を歩き回り壁等に落書きをしているようですから、とても悪戯好きな人物であろうとの想像がつく。
ここで、何に故に行政は扉を外して保管したのだろうとの疑問が湧いてくる。
バンクシーの作品なら高額で売れる?から、世間が騒ぐ種になりそうだからその防止のため?でしょうかねぇ、でも移設費用は税金ですよね。
これがバンクシーを真似て書いた絵の上手い者のいたずらだったらどうする?行政なら誰が描いていようが、落書きは落書きだから消すべきであろう(当然職員の手で)。
如何に著名人が描いたものであっても公共施設に描いたものは落書きであり、著名人が旅館や飲食店を訪れた時などに店主の要望を受けて描かれたものとは訳が違う。
これが古刹の壁や塀に描かれたものであったらどのように扱かっただろうか?同じ外国人観光客が書いた、いたずら書きは「落書き」だが、著名人が描いたものは「芸術的」扱いとなり、許されるのかねぇ、どちらも同じ軽犯罪ですけど。
この風潮こそが今の社会を病ました病巣の部分でもあると思えてならず、著名人を持て囃しすぎで、何をしても許され、賞賛されるような偏った意識を造り出している元凶は報道者にあるのではなかろうか。
「騒ぐ」ことは多くの人の興味対象であることは理解できるが、本質の部分を捉え、見極めてから「騒ぐ」材料を提供するべきで、報道者は「質を見極めた」後でなければ世間に公表するべきではないと思うがねぇ、節操が無く薄っぺらな正義感や人道主義を大上段に振りかざし、報道の自由を盾に世間を混乱させるようでは報道者魂を疑いたくなる。
 続いては誰もが「またか・・・」と思ってしまう厚労省の行った統計詐欺である。
今も盛んに野党が追及していて、厚労大臣の資質を問うだとか、アベノミクスへの忖度だとか、結局のところ総理や大臣・官僚への個人攻撃ばかりを行っているから何が目的なのか訳が解からない。
大臣や総理の首を取ってみたところで、別の首に代わるだけで、同じことの繰り返しだ。
そんなこと解かっているはずなのに、揚げ足取り発言の予算委員会は野党に於いて長年に渡り脈々と受け継がれて、茶番劇として聞いているに於いては面白いが、国を想い、国民のことを想うことが本来の仕事のはずだから的外れも甚だしい。
それに、官僚や役人の不誠実な業務実態を一々大臣の責任にされては大臣も堪ったものではなかろう。
それに加え明石市の市長発言が社会問題にされ、気の毒としか言いようがありません。
これも本質に於いては同じで、役人の不誠実な仕事実態を「叱った」だけであり「叱った内容」には少し問題があったにせよ、それほどまでに怒りがこみ上げてくる役人の業務実態の方を何故大きく責めないのだろうか。
市より用地買収の纏めを依頼されながら、何年も経過しているにも係らず相手方と価格交渉すらしていなかった業務実態は問題視された市長発言より罪が大きいと私は考える。
税金で禄を食みながら、何ら仕事をしていない実態を野放しに出来る役所体質こそが、この社会を窮屈にし、民間を苛める体質の元凶であると言っても過言ではない。
今こそ官僚や役人に於ける公務員法を抜本改正する時期ではなかろうか。
民間では罰が課される内容でも、役人や官僚にはお咎めなしのような甘い体質を厳しく糾弾し免職に出来るような法が必要ではないかと考える。
何か官僚が問題を起す度に聞いてきた総理や大臣の発言は「信頼の回復をすることが急務であり・・・」が常套文句であるが、今だ嘗て信頼が回復されたことは一度も無いのではなかろうか。
だから、心から国を想い国民のことを想うと言うのなら、野党の皆さん公務員法の改正に手をつけなさいよ、そうしなければいつまでもいつまでも今までと同じ予算委員会を繰り返すようになりますよ。
問題の本質は公務員や官僚の不誠実な業務からでしょう、それに端を発した表面事象ばかりを追いかけていたのでは本末転倒、めくらましから抜け出られませんよ。
考えてごらんよ、優秀で聖人君主のような人物が国会議員になろうとするはずも無く、今までどれだけのお粗末な議員を見てきたことか、という事は追求している議員の資質も似たり寄ったりであろう事は容易に想像がつくので、私の提言が叶うことなどないでしょうね。
また報道によると、戦後最大の景気回復が続いているということのようですが、一般の国民には全くその実感が無い・・・と多くの声を取り上げ、市民が節約に節約を重ねて遣り繰りしている話も沢山映像で流れていたので、これも統計詐欺の一種でしょうか。
大企業と役所のみの調査に基づいた調査結果なら頷けなくもないが、何せ(好景気である)根拠を提示しないでの結果発表ですからねぇ、どのような発表だって出来るんですよ。

 では本題の「車は既に時代遅れ」について書きます。
本気で書けば、とても長い文になりそうなので、要点だけ述べてみます。
今テレビの宣伝で流されている映像には食品・衣類・携帯電話・薬・化粧品・住宅・車などがありますが、食品を除けば、依然として車の宣伝は多いと感じる。
十年前あたりから「若者の車離れ」が言われているけれど、若者はある意味時代の先駆者であって、時代の流れを察知するのに敏感であるのかも知れない。
車の便利さを否定するつもりは無いが、既に自家用車に限っては時代遅れと言ってもよい。
戦後好景気の波に乗って3C(車・カラーテレビ・クーラー)を手に収めることが希望であった時代もありました。
当時は自家用車を持つことが憧れで、道路には車も信号機も少なくて、確かに便利さを十分に享受できた時代であったと思う。
その後は車の所有が急激に増え続け、街中は車だらけとなってしまい、運転しながら車の多さを嘆き、不平不満を口にするが、自分が乗っている車も渋滞を引き起こしている車であることを忘れてしまうほど自己中心的な思考に支配されるようになっている。
勿論信号機の多さは昔に比べると何倍いや十倍以上に増えているのではないかと思えるほどの多さであるから、街中において信号機に捉まらずに3分走れる道路など今はなかろう。
つまり、自家用車はもう便利ではなくなってきた乗り物なのですよ。
欲しいものはインターネットや通販で申し込めば、宅配便が自宅の玄関まで届けてくれるので、車を使い遠くまで買い物に行く必要がなくなってきたから、宅配便は急激な伸びを見せた。
アメリカや中国のような広大な国土を有するなら、まだ自家用車の利用価値は大きいと思えなくもないが、車の走行は道路と言う平面上を交差する仕組みだから、数が増えてくれば便利さには必ず限界が来る それが今である。
近年ドローンと言う(まだ乗り物にはなっていないが)機械が急激に普及し始めてきた。
ある意味無限の高さと広がりの空間を行き来できる改良小型ヘリコプターでしょうかね。
現在軽量のものなら運ぶ事が出来るのだから、何れは重いものまで運ぶ事が出来るようになるまでにはそれほどの時間は掛るまい。
ドローンタクシー・ドローンバスは遠い未来のことではなくなっているのではないでしょうか。
飛行機とは違って空中静止が出きる・ヘリと違い大騒音を出さないなど利点も多く考えられ、製作費用や交通整備などまだ課題も多かろうと思うけれど、必ずその日はやってくると信じて止まない。





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「窮屈になった日本~その100」:調和の取れた社会へ  その55

 明けましておめでとうございます。
本年も拙い文ですが、書き続けようと思っていますので宜しくお願いいたします。

 さて、昨年のことになりますが12月21日朝、東京八王子市在住の妹のところに身を寄せ、介護を受けていた母親が95歳で現世を離れました。
突然発生する相続や田舎にある家屋の電気・ガス・水道・造園業者・NHKなどの廃止や変更手続きの対応に加え、相続に関する必要書類の作成を司法書士に依頼し、税理士にも相談しなければならず、慌ただしい年末でした。
ただ相続については生前に「遺言公正証書」を作成し、憂いの無いようにしておいたので、
揉め事はないのだけれど、多くの書類と手続きには悩まされます。
それに12月14日突然の腹痛(20代の頃よりある持病のようなもので、数ヶ月に1・2度、腸閉塞のような激痛が就寝時に起こり、大体小一時間程度で痛みは治まるのだけれども、今回は軽い痛みが一時間おきに続き診療所で診察を受けた)で、その診療所で処方された薬を飲んで二時間が経過した頃に大量下血が始まったので、痛みに加え下血とくれば、これはただ事ではない。
下血をビニール袋に取って再度診療所を尋ねて状況を説明し、内視鏡による腸内検査が直ぐにできる医院の紹介をして貰い受診し、検査をしてもらったところ、大腸内はただれ、おびただしい出血で哀れな姿を呈していた。
病名は「上虚血性腸炎」ということであったが、薬による出血ではないかと疑っている。
この数十年間同じ様な激痛を何十回となく経験しているけれども下血は初めてで、この痛みで診療所を尋ねたこともなく、薬も飲んだことがないからだ。
そんなこともあり、面倒なことが重なるものだ・・・と思っていたのだが、実はまだもう一つ同時に面倒な引越しを抱えていて、この16日に住まいの引越しをします。
昨年の4月に新築分譲マンションの購入契約を済ませていて、この年末頃になって売買の決済や引渡し・入居手続き等など本当に面倒臭いことが重なってしまいました。
引越し先は広島市でも同じ中区なのですが、住まいから会社までの距離は現在が徒歩5分のところなのに、引越しすれば徒歩25分(実際に歩いてみて時間計測してみました)となるので、少し気が滅入っています。
 ここで、建築の設計者が何故分譲マンション?と自問自答したくなるような行為をしてしまったか・・・については、諸説があり詳しいことは割愛させてもらいますが、広島市の中心部に一軒家の自宅を構えることとなれば、ゆうに億を越える金額を必要とするから無理の限度をはるか超えてしまう。
私は若い頃より土地や家など欲しいと思ったことは一度たりとも無いのだが、年を取ってくると若い時とは違って様々ことを一つ一つよく考え、それ相応の答えを出しておかなければならない気持ちが自然と湧いてくるようになった。
それは、死期が遠くにあるものではなく、現実のものとして認識しなければならなくなってきたと言う事以外にない。
しかし、いつかは訪れる死の導きの日が特定できない以上、日々衰えてゆく体の機能と体力で如何にこれからの生活を維持してゆくのかを考えると、気は滅入るが避けては通れず、団塊の世代が今抱える共通の面倒臭い通過点であろう。
田舎には私一人が住むには広すぎる大きな家がありますが、現在の環境では「車」が無くては生活が成り立たないほど近隣には店舗がない(今日本の田舎は殆どこの状況下にある)。
今はまだ車の運手は出来るので、今なら田舎に住むことは可能だ、しかしいくらインターネットが使えるからといっても田舎に戻れば仕事の関係の成立が難しくなるから、今その選択肢は考えられないし、何れそう遠くない日に車の運転が困難となる日も来よう・・・。
そう考えると、年を取って徒歩圏内で自活できる場所(生活必需品の調達・医療など)を求めようとすれば、やはり街中のマンションということになるでしょうかねぇ。
それと、借家で死ねば大家に迷惑が掛かる(独り者だから死んだ後の発見はいつになるやら・・・)ことなどを思えば、苦渋の選択であったことをお伝えしたい。
という事で、年末にブログ更新が出来なかった言い訳と、私がブログの原稿を書き上げても私自身の力(能力)ではインターネット上のブログに掲載する術がないので、仕事始めの日まで待って社員の力を借りなければ掲載できない実態を暴露しまして納めます。

という事で、重ねて本年も宜しくお願い致します。


急遽言い訳のブログに変更しましたが、次回は間違いなく時代遅れの産物「車」について書こうと思っています。







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「窮屈になった日本~その99」:調和の取れた社会へ  その54

 依頼が重なりそうなので、今手懸けている物件の図面を急いで描き上げねば・・と思っていたところ、案の定スポンサー広告を貼り付けられました。
今から書きます。
 久し振りに「養老猛」氏の著書を読み、感動感激の想いに包まれながら、我が身の不勉強を恥じ、勉学を積み上げてきた方と、いい加減な人生をやってきた差は歴然としたものがあるものだと、今回もつくづく思い知らされました。
氏の表現は魔球表現となっていて、普通に読み流すと何だか意味が良く判らないと言う人も多いようですが、本質はど真ん中のストライクなのに一見暴投に近いような表現をするものだから、本質が見え難くなり、はぐらかされた様に感じるのでしょうか。
 しかし、政治家や官僚などの批判は魔球的表現で見事に本質を突いているのに、文字を目で追っているだけでは、批判文に読めないところが凄いところなのでしょう。
私など単純馬鹿で、直球しか投げられないから、彼の書いた文を読むと落ち込んでしまいます。
 まぁ東大卒と工大卒(広島ではこう言うと・広島工業大学を指します)の差は僅か漢字で一文字、平仮名でも一文字しか違わないのに随分と差があるものだと、更に落ち込み溜息が出ます。
尤も生れ落ちた時の能力と弛まぬ努力の結果が現れていると言うことだと思いますが、仮に氏が工大卒(物足らなく思われるはずですが)であったとしても現状と代わらぬ活躍をしているであろうことは容易に想像できるし、私が東大卒(入学すら叶わないことです)であったとしても、やはり現状は変わらなかったでしょう。
でもこうして多くの方にその思考と表現を示していただけることは有難い事で、現代に生まれてよかったと感じる次第です。

 さて、ゴーンと頭を叩かれた日産の最高責任者ですが、就任当時から経営手腕を買われて、2兆円の負債を乗り越え、黒字会社に立て直した功績は見事だと、経済界での評価が高かったようですが「一将功なりて万骨枯る」の諺にもあるように、協力業者(俗に下請け業者)を泣かし、切捨て、惨い仕打ちを行って来た結果であることは容易に想像がつく。
血も涙もない仕打ちが経営で出来るのなら、別にゴーンでなくても誰でも出来る。
日本には古くから商売の原則の部分である「三方良し」がある(今は廃れてしまったかな)。
「店良し」「客良し」「世間良し」で、商売を繁栄・継続させる秘訣のような3文であるが、ここに「社長良し」の言葉は無い。
 戦後日本経済が発展し、経済大国とまで言われてきた頃までは何とかこの3文を掲げていた経営者がいた事であろうと想像しているが、ことここに至って経済が行き詰まり、でも利益を上げなければ・・・と大手企業は「自分だけ良し」を決め込んで、協力業者を苛め、利益の追求を行っている。
でも、誰の為に?利益を出さなければならないのか解かっているのでしょうかね。
彼らの答えは一様に「株主のため」と言うのでしょうし、学校でも社会に出てからもそう教え込まれてきて、ある意味洗脳されているからです。
ここに経済が行き詰まった原因があることに気付いているサラリーマン経営者はまずいないであろう。
金が金を生む社会構造など基本的に間違った社会構成で、これは一昔前に欧米がやっていた奴隷制度と何ら変わりはなく「主人だけ良し」の価値観であるからこのような状態が長く続くわけがない。
 今の法の下で違反せずに経営が出来るのは「役所」と「大企業」だけで、そこには「三方良し」はなく、「自分良し」があるだけである。
さてこれからどのような社会が出現するのか何とも不気味な気がしないでもない。
次回は時代遅れの産物「車」についてにしてみようと思っています。







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